@toasdm
「お前さん、案外こういうのも好きなんだな」
「へ、変な言い方しないでください!!」
真っ赤になった彼女の向かいで、雨彦はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。二人の間にあるのはテーブルではなく、ちろちろと、ゆっくり燃える炭火の囲炉裏だ。
「お前さんが勝手に勘違いしてるだけだろう」
「葛之葉さんが変な言い方するからです!」
含みがないならにやにやしないでください、とぴしゃりと言い放つ彼女は五徳の上に乗せられた網で、魚の干物を焼いている。天井から吊るされた自在鉤の鉄瓶では徳利が温められていて、魚の焼ける香ばしい匂いと、温もった日本酒の吟醸香とか漂っている。
「いい店じゃないか」
「隠れ家みたいなものなんですけど、別に隠れなくても誰も探さないですし」
好きにやらせてもらってるんです、と彼女は慣れた手つきで自在鉤の横木を倒して中の徳利を取り出した。どうぞ、と胡坐をかいて座る雨彦に徳利を掲げて、彼女はとくとくと、雨彦のお猪口に熱燗を注いだ。
囲炉裏の炉端で調理しながらのんびり過ごせる隠れ家居酒屋、といった雰囲気だろうか。いただくよ、と微笑む雨彦は熱燗を一口やって、ふぅ、とあたりを見回した。
「本当は、誰にも教えたくなかったんですけどね」
「はは、そいつはすまなかったな」
あまり悪びれた様子のない雨彦は、彼女がこの店に入るところを偶然発見しただけだった。こんなところにこんな店があったなんてな、という台詞は、彼女に続いて暖簾を潜った時にも雨彦が言った台詞だった。
「葛之葉さんは特に大変でしょう?」
「ん? 何がだい?」
顔なじみの店主に先ほどからかわれたことかと思ったが、どうやら違うらしい。焼けた魚を丁寧にほぐして小皿に取り分けて、彼女は天井を指差した。
「リノベ古民家なので、寸法が基本的に日本人向けじゃないですか」
「……なるほどな」
暖簾を潜って囲炉裏端に通されるまでに、雨彦は何度か腰を屈めていた。俺は日本人離れしてるからな、と頭の上で手をひらひらさせて、雨彦はニッと歯を見せて笑った。
「まぁ、昔からぶつけやすいのには慣れちまったからな。普段潜らなくていいところでもたまに腰を屈めたりしてるさ」
「ああ……だからなんですね」
ほぐして骨まで綺麗に除いた魚の小皿を差し出す彼女は、納得した様子で雨彦を見る。
「額に向こう傷のあるアイドルって路線で売り出すわけにもいかないからな」
「っふふ、それはそれで一定の需要がありそうですけどね」
いただきます、と手を合わせて、雨彦は干物を一口食べる。ん、と味わってすぐに熱燗を呷って、最高だな、と満足気な雨彦の前で、彼女は今度はおにぎりを焼き始めた。
「ああ……いいな、焼きおにぎりかい?」
「味噌とタレとどちらがいいですか?」
お前さん本当に手馴れてるな、とくつくつ笑う雨彦は、お前さんに合わせるさ、と上機嫌で酒と魚とを行き来する。芳醇な酒と魚の香りに混ざる、香ばしく焦げた焼きおにぎりとしょうゆの香りに、雨彦は目を細めて彼女をじっと見つめる。
「見られてるとやりづらいですよ……」
「そうかい? その割にはお前さん、ここの住人みたいに手馴れてるじゃねぇか」
やっぱりこういうのが好きなのかい?とまたからかう雨彦に、好きですよ、と自棄気味に答えて、彼女は焦げ目のついた焼きおにぎりを雨彦に差し出す。
「お前さんは」
それを受け取り一口かじる雨彦のおいしそうな顔にほっとして、彼女も酒と魚と焼きおにぎりを堪能する。もぐもぐと口を動かして飲み込み、雨彦はニヤリと笑って言った。
「お嫁さん、ってよりは、女房って雰囲気があるな」
げほげほとむせた彼女は涙目になり、何言ってるんですか、と真っ赤になって抗議する。見たままの印象をそのまま言っただけだぜ、と雨彦の方はいつもどおり飄々とした態度で炉端料理を堪能している。
「俺は好きだぜ、こういうの」
「い、囲炉裏のことですよね?」
「ははは、さて、な」
そのタイミングでそういう事を言うと誤解を生みますよ、と彼女は黙々と次の食材を焼き始める。胡坐の上に肘をついてそこに顎を乗せたまま、雨彦は彼女をにんまりと見つめている。
囲炉裏の炭火の遠赤外線が、じんわりと、網の上の味噌漬けの肉と二人の頬を焼いていた。