@toasdm
「嫌がってるのがわからないんですか」
「あん?」
凛とした強い口調が、彼女に言い寄る男の背後から真っ直ぐ響く。見た目からして大きく、粗野で乱暴な印象のナンパ男の肩を掴んで、旬は一歩も引かずにギリ、と男を睨みつけてすかさず言葉を浴びせる。
「離してください、僕の相手です」
言葉も発せないほどに怯えた彼女をちらりと横目で確認すると、旬は再び男を睨んだ。それは彼女が知る限り、最も力強い瞳を持った旬の激昂だった。
「離せって言ってるんですよ!!」
「うるせぇよガキが!!」
「旬君っ!!」
三つの声が同時に発せられて、ジャラジャラと、ゴツい安物の指輪をいくつも嵌めた男の拳が旬の顔をめがけて飛ぶ。叫んだ彼女は反射的に顔を背けて、ゴッ、という衝撃音に怯えながら身も心も縮こまる。
しかし。
恐る恐る二人を確認した彼女の目の前には、地面に転がって悶絶する男と頭をさすりながら少しだけ涙目になっている旬が立っていた。
「こちらへ!!」
「う、あ、はいっ!」
手を差し出す旬の方へ駆け寄ると、旬は彼女をかばうように自身の背後に彼女を隠して、立ち上がろうとする男を睨みつけている。
「格好悪い大人は帰ってください」
「…………っ!」
立ち上がりざま唾を吐き捨てて逃げ去る男の背中をまだ睨みながら、旬の肩は小刻みに震えている。怒りのせいだろうか、心なしか逆立っているように見える髪の毛を自分で撫で付けて、旬は特大の溜め息と共に緊張感を吐き出した。
「あの……」
「正当防衛ですよね?」
振り返り尋ねる旬に、見てなかったのでわかりません、と彼女が素直に答えると、旬はあからさまに複雑そうな顔をする。説明しないのも問題か、と思ったのか、旬は今度は体ごと彼女に向き直り、あのですね、と話を切り出した。
「殴られそうになったので、咄嗟にしゃがんだんです」
「……え?」
背が低くて助かりました、と恥ずかしそうに呟いて、旬は続ける。
「そうすると、バランスを崩しますよね?」
「そう、ですね」
「なので」
自分の頭をちょんちょんと突いて、旬は照れくさそうに笑う。
「今度は勢いよく、飛び上がるように立ちました」
あれは顎に当たってましたね、とまだヒリヒリと痛む頭を撫でさすって、旬はダンスレッスンの成果ですよ、と通学鞄を持ち直す。
「ああいうのは相手にしないでいいんですよ」
「すみません……」
これではどちらが大人だかわかったものではない、としょげる彼女の手を引いて、旬はすたすたと歩き出す。
「あのっ!?」
「こんなところに長居は無用です」
力強く彼女の手をしっかりと引く旬の手がまだ震えていることに、彼女ははっと息をのんだ。決して体格がいいとは言えない彼が、どんな思いで自分を助けてくれたのか、大人に立ち向かう勇気はどこから湧いてきたのだろうか、勝算はあったのだろうか――。震える手をぎゅっと握り返して、彼女はようやく、ありがとう、と呟くことができた。
「……まだ、手震えてますね」
「あ……」
怖かったのは彼女も一緒だったのだ。もう大丈夫ですよ、の声に視界が歪んで、彼女は初めて、自分の足も震えていることに気がついた。
「そんなふらふら歩いてたんじゃ転びますよ」
手を繋ぐ理由を表に出して、旬はより力強く彼女の手を握る。
「僕だって怖かったですし、これでおあいこです」
震える手が二つ、優しさで繋がれる。
百五十八センチのボディガードは駅までの道のりを、震えながらエスコートしてくれた。