@toasdm
明確に「避けられている」と認識したのは、ちょうど道夫が、自覚したばかりの恋心をしまいこんで鍵をかけた頃だった。自分の胸の内側に感情をしまいこむというのは不慣れではあったが、いい年をした大人が、社会人が、禁忌を犯してはならないと自制するのには慣れていた。それでも、道夫は自嘲せねばならなかった。
「言えない、というのも辛いものだな」
今も道夫の胸を灼く、ちくりと刺すような恋の痛みは、お世辞にも心地よいとは言えなかった。
その痛みを加速させていたのは、他ならぬ思い人――プロデューサーの態度と表情だった。打ち明けられない想いを抱えていたのは彼女も同じであったということを、この段階では、道夫はまだ知らなかった。
「おはよう」
「おはようございます、硲さん」
事務的な対応に、互いの胸はズキズキと痛んだ。こんな言い方をしたいわけじゃないのに、と自分の感情をうまく制御できない彼女と、彼女にこんな表情をさせてしまって申し訳ないという道夫の思いとは、同じではあったが交わることは許されない。それが大人だというのならいっそ大人などやめてしまいたい、という思いすら、二人は一緒に、それぞれ抱えて顔を合わせていた。
一通りの連絡を終えて、以前なら談笑するようなタイミングになると、彼女は決まって席を立つ。追いかけるのも不審かと思い自制していた道夫だったが、今日は手と口が勝手に動いた。
「プロデューサー」
「っ……」
手首を掴む力が強すぎたかと一瞬手を離しかけたが、道夫はそこをぐっと堪える。
「……大丈夫だろうか」
「大丈夫です」
やはりか、と道夫の胸はまた痛む。プロデューサー、ともう一度呼びかけて、道夫は振り向かない彼女の背中に向かって淡々と語りかけた。
「問題を抱えていない者は、大丈夫かと聞かれたら普通、何がですか、と答えるものだ。君はそうではないようだな」
びくりと彼女の肩が震えるのが、また道夫の胸をちりちりと灼いた。気がつけば道夫は彼女の背中を抱きしめて、自身の腕の中に閉じ込めてしまっていた。
「やめてください!」
「私の顔など、もう見たくないだろうか」
彼女の呼吸が一瞬詰まるのがわかるほどの体感距離と、自分の声の情けなさとに、道夫は彼女の離してを無視して抱きしめながら続けた。
「君は私を避けている」
「……その件に関しては言わないと決めたんです」
それが辛さの原因だと理解してしまえば、後はもう、道夫の思いは固まった。
「私達は自由になるべきなのだと思う」
彼女もまた、自分に想いを寄せてくれているのだ。それが彼女を苦しめているのならば、諦めるか、認めて受け入れるかしかない。道夫には、諦めると言う道はなかった。
「君が辛い思いをするのなら、私のこの思いも打ち明けるべきではないのだろうか」
え、と振り向く彼女の瞳は濡れている。自分がこんな表情を彼女にさせてしまっているのだという現実が道夫に重くのしかかるが、それでも道夫は退かなかった。
「恋愛というものは、一人ではできない。君が辛いのなら私も辛い。もうその時点でこれは、個人の問題ではなく私達の間にある問題だろう」
滔々と優しく、諭すように語り掛ける道夫の言葉に、彼女の頑なな心は徐々に解れて涙が溢れ出す。
「共に解決の糸口を見つけよう。落としどころは必ずあるはずだ」
道夫の手は、彼女を抱いたままゆっくり彼女の手に届く。触れてきた指に縋るように指を絡めて、彼女はそんな我侭は許されない、と口ばかりの抵抗を示す。
「私は単に、君のそんな顔が見たくないだけだ。君が私の顔も見たくないほど私を思ってくれているというのなら、どうか、私が君を好きだと思った時のような笑顔で過ごして欲しい。これも、我侭になってしまうというのなら、私は我侭に生きていこうと思う」
道夫の言葉のどれくらいが彼女に届いたのかはわからなかったが。
「ふっ……うぇぇ…………っっ!」
「……私を、一人の男として見て欲しい」
道夫の我侭を受け入れた彼女は、大人しく道夫に抱きしめられて頷いた。
避ける理由がなくなってしまえば、愛が深まるばかりなのだと二人が気づいたのは、ちょうど二人が、自覚した恋心を全てさらけ出した頃だった。