X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[雨P♀]優越感

全体公開 2 1954文字
2019-03-04 15:37:47

「へぇ……似合うなお前さん。そちらさんと結婚でもするのかい?」

ウェディングドレスのモデルを頼まれたPさんと偶然出くわした雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 冠婚葬祭の場ってのは汚れも溜まりやすいからな、と掃除を終えた雨彦はパンパンと手を払う。清浄な空気に満たされた結婚式場の清々しい空気を吸い込んで、吐き出して、雨彦は受付に「終わったよ」と声をかけて帰ろうとした。そこで、見知った姿を見かけるまではただの掃除屋だった雨彦は、彼女の姿を見た瞬間にアイドルになる。
 プロデューサー、とすぐに声をかけなかった(正しくはかけられなかった)のは、彼女が普段見かけるスーツ姿ではなく、ウェディングドレス姿だったせいだ。結婚するなんて俺は聞いちゃいないぜ、と物陰に身を潜めた雨彦は、廊下の先で彼女と親しげに談笑している見慣れない男をじっと観察した。声は小さかったが唇の動きから、二人の会話の内容は判断することができた。

「ほんとごめんな、急なのに」
「あはは、あんたいっつもそうだよねぇ」
 雨彦は、彼女が誰かをそんな風に雑に親しげに扱うところを見たことがなかった。けらけらとよく笑う彼女を初めて見た感想は、あの男が少しうらやましい、だった。
「ウェディングドレスのモデルなんて絶対頼めなくてさ」
「まぁこっちも衣装融通してもらってるからね」
 見覚えのない男の素性は、どうやら衣装関係の会社に勤務しているらしいというのがおぼろげながら見えてきた。俺達の衣装の融通をしてもらっているのか、と雨彦は情報を整理し推測する。
「でもこれ婚期逃しちゃうかなー」
 嫁入り前にウェディングドレスを着ると婚期を逃す、なんて迷信もそういやあったか、と雨彦は苦笑する。お前さんでもそんなこと気にするんだな、と耳をそばだてながら、雨彦は未知の彼女を吸収してにやけた。
 その表情を凍りつかせたのは、見知らぬ男(恐らくはプロデューサーの旧知の友人だろう)の一言だった。

「いや、そん時は俺が貰うからさ」
「え……

 なんだ、その言い草は。俺達のプロデューサーはモノじゃないんだぜ?
 廊下の先の純白とは対照的に、雨彦の胸中は、ざらざらとしたどす黒い感情が渦巻き始める。怒り、嫉妬、大切なものを踏みにじられたような感覚に、知らず雨彦のつま先は苛立ったようにタンタンと床を踏み鳴らしていた。なによりも、そんな犬猫を貰い受けるような気安く雑な一言で、少しいい雰囲気になっているのも気に入らない。床を踏み鳴らしていた足は気がつけば、二人の方へと踏み出していた。雨彦に気付いた彼女が慌てた様子で葛之葉さん、と声をかけ、雨彦はなんでもないような顔をしてひらひらと手を振って二人の前に歩み出た。
「ちょっと野暮用でね」
「そ、そうなんですか……あの、こちら私の担当アイドルの」
「あー、葛之葉雨彦」
 初対面で呼び捨てにされたのも気に入らなかったし、先に自分を紹介されたのも気に入らなかった。苛立ちが態度に出ないように細心の注意を払いながら、雨彦はどうも、と社会人らしく会釈をする。
「うちのプロデューサーが世話になったな」
「えっと……
「へぇ……似合うなお前さん。そちらさんと結婚でもするのかい?」
 まさか!と真っ赤になった彼女の後ろで、スーツ姿の男は居心地悪そうにしている。それだけで雨彦の胸はスッと軽くなる。どうやら彼女にそのつもりはないらしいというのが見て取れたのと、旧知の仲とはいえ、今はやはり、自分の方が彼女と接する時間が多いのだという事実を再認識して雨彦は溜飲を下げた。
「ん、お前さん、鳴ってるぜ?」
「え、あ」
 男の胸ポケットにしまいこまれていたスマートフォンのサイレント着信を雨彦は見逃さず、着替えて戻っていいよ、と彼女に告げて男はそそくさとその場を去った。あの様子じゃ仕事の電話だな、と雨彦は内心ほくそ笑む。
「なんか、モデルの仕事頼まれちゃって……
 後に残された気まずそうな彼女のドレス姿をじっと見つめて、雨彦は俯く彼女の頭をぽんとひと撫でして、ニッと歯を見せて笑った。
「白は忌み色だから特別な時にしか着ない、っていう迷信だぜ」
「そ、そうなんですか?」
 不安を取り去る言葉と手とが、彼女の表情を明るくする。花嫁さんはそうでなきゃな、と最後にもう一度彼女の頭を優しく撫でて、雨彦は踵を返した。
「よく似合ってる」
 一瞬立ち止まり、少しだけ振り返る雨彦は、自分ならこう言うさ、と前置きをしてから、彼女の姿を目に焼き付けて言った。
「今すぐ掻っ攫ってやりたいくらいには、な」
 からかわないでください、と真っ赤になって抗議する彼女のいつもの笑顔に、雨彦はまた同じことを言って彼女に背を向けた。

「っはは! 花嫁さんってのは、笑顔でなきゃな」

 あの男よりも俺の方が、お前さんを大切に思ってるはずだぜ、という優越感は、駐車場へと戻る雨彦の足取りを軽くしていた。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.