@toasdm
そんな誠司さんだから好きになっちゃったんですよ、とはにかんで自分を見上げる彼女の姿を思い出して、誠司は一人悶絶した。もし彼女の台詞に加筆が許されるのならば、恐らく沢山の注釈で可読性は下がり、元の、彼女のたった一言よりもずっと多くの誠司の心情が用紙を埋め尽くすだろう。
信玄誠司は不器用者である。恋愛や、女性の扱いに関しては殊更に。
ロマンチックな雰囲気作りや気の利いた言葉、さり気ない気遣いやときめきなど、誠司は彼女に与えたいと思う者をうまく与えられている気がしなかった。こんな自分で不満ではないか、と気が緩んで思わず尋ねた誠司のゴツゴツとした武骨な手を、彼女はそっと両手で包んで上目遣いに言ったのだ。
「私、そんな誠司さんだから好きになっちゃったんですよ?」
「そ、そうか……」
その場は笑ってなんとか誤魔化して、おやすみなさいとまた明日を告げて、それから――…。
「キっ……キスまで、してしまった……!!」
うおおおお、の小さな雄たけびが、誠司のベッドの固い枕に吸い込まれる。未だ自身の唇に残る甘い感触と彼女の香りが誠司の内側を満たして、知らず指先は唇に触れた。ロマンスの記憶が宿る唇は、アイドルをやるようになってからは、随分と手入れの行き届いた感触になってはいたが……。
「硬いか……ささくれ立ってはいないが……」
がばりを身を起こして鏡を覗き込み、誠司は自身の唇をまじまじと観察する。彼女のルージュの痕跡、恐らくはグロスの中に含まれていたラメだろうか、その煌きに気づいた鏡の中の自分の顔は、まるで茹でダコのようだった。
「何をしているんだ自分は……っっ!!」
心拍数は落ち着かず、誠司はスマートフォンを手にしたまま部屋をうろついた。
今日のこの日の素敵な記憶を、彼女に感謝したい。自分がどれだけときめいて、どれだけ嬉しかったかを伝えたい。
一日デートして楽しかった、次はあそこに行ってみたい、怖がらせたくなかったし壊したくなかったから控えたが、本当は抱きしめたかった。
溢れる感情は渦にはなるが、言葉には昇華できずに誠司の中で霧散する。先ほどから何度かメールの画面を開いては入力をし、読み返し、これではただの業務連絡だ、と心が折れて消して、また入力してを繰り返している。彼女を部屋に送り届けて自身も帰宅してから、誠司はずっと、悶絶と苦悩と思い出しにやけを繰り返していた。
「……どうすれば、この気持ちを伝えることができるんだ?」
自身の不器用さを嘆いたところで、誠司の記憶に鮮烈に刻み込まれた彼女の「そんな誠司さんだから好きになっちゃったんですよ」の一言は、いともたやすく誠司を奮い立たせる。
自分だって、貴女が好きだ。愛している。そんな貴女だから好きになったんだ。こんな自分でも、自分が欠点だと思っている部分でも、貴女は簡単に拾い上げて、宝物だと見せてくれる。伝えたい、感謝を。気持ちを。
「ふぅ……これでは駄目だ」
そんな気持ちを込めて入力した文字列は、堅苦しく、支離滅裂で、冗長性がありすぎた。もういっそシンプルに、気持ちだけを伝えてしまおう、と疲れ切った誠司は余計な装飾を一切消して、せめて武骨になりすぎないように、と末尾にピンク色のハートマークを入力した。
「…………できるかこんなこと!!!!」
そう叫んで最後の絵文字だけは削って、誠司はシンプル過ぎる一言メールを彼女に送って布団にもぐりこんだ。彼女からの返信が怖かったのもあったが、精神的に疲弊してしまったせいもあって、その後はすんなりと、落ちるように誠司は眠った。
「な、あぅ、あ、せ、誠司、さん……!?」
そんな誠司の苦悩の果てに、夜半送られてきたメールを開いて彼女は悶絶した。
「おやすみ、愛してる」
一行だけのそのたった一言が、どれだけ彼女をときめかせたのかも知らずに、誠司は朝までずっと眠り続けた。目を覚ました誠司が彼女以上に悶絶したのは、彼女からの一行だけの、たった一言のメールだった。
「おはよう、私も愛してる」
誠司は今、顔を作れずに布団の中で震えている。