@toasdm
酒の勢いというものは恐ろしいもので、やんややんやと飲み交わすのは三十路の男五人だというのに、雰囲気は、完全に大学生のそれだった。それも、女子大生の。
「うわ」
素っ頓狂な声をあげたのは、もう随分と酔いの回ったみのりだった。左隣の雨彦が横目でそれをちらりと見て、どうしたんだい、と声をかけるのとほぼ同時に、自身の口元を押さえていたみのりの両手は雨彦の両頬をするりと撫でた。
「待って、雨彦肌めっちゃ綺麗!」
「んっ?!」
そうかい、の声は少しぎこちなく、苦笑しながら僅かに下げた眉尻のせいで雨彦にしては珍しい表情になる。酒の回ったほんのり赤い雨彦の肌をべたべたと触り、みのりはうんうんと何度も激しく頷きながらその感触を確かめた。
「三十の男の肌じゃないよこれ!」
「えー、なになにー?」
キッチンから追加のつまみを用意して戻ってきた次郎がテーブルに皿を置き、三十の男とあっては聞き逃せない、と二人の向かいに座る。
「ちょっと、触ってみてよこれ!」
「俺の肌なんだがね」
俺の意志はおかまいなしかい、と相変わらず苦笑する雨彦は、首だけを次郎の方へと少し伸ばす。いいからいいから、と次急かしてみのりは雨彦の肌に次郎の手を触れさせた。
「おーすごいねぇ、すべすべだ」
これで俺とタメなの?と目を見開いた次郎は、右手で雨彦の、左手で自分の頬をすりすりと撫で擦る。へこんじゃうなぁ、と溜め息をつく次郎の右隣で、同じく程よく酔いの回った道夫がおもむろに、空いた次郎の右頬に触れる。
「山下くんの場合は普段の不摂生が原因だろう」
生活習慣を改めてはどうだろうか、と左手を伸ばし、道夫も雨彦の肌に触れた。手のひらに吸い付くような肌理の細かさと手触りのよさに、ほぅ、と思わず感嘆の吐息を漏らして、道夫は雨彦の肌を触り続ける。
「確かに、肌理が整っているな」
「硲さんまでかい?」
男三人の手に肌をべたべたと触られ誉めそやされて、雨彦はますます複雑そうな顔になる。さてどうしたものか、と思考をめぐらせ、雨彦は、対岸の火事と気配を消してひっそり眺めていた誠司に視線を送り、ニヤリと笑って口を開く。
「それを言うなら信玄さんだって肌綺麗だぜ?」
「なっ……!?」
完全に自分は蚊帳の外に逃げおおせたと油断していた誠司の方を、全員が一斉に見る。雨彦、と誠司が抗議の声を上げて、ほんとだ!とみのりが手を伸ばし誠司の頬に触れた。
「誠司もめっちゃイイ!!」
「ははは、だろう?」
「雨彦には敵わないさ」
爽やかに笑って返す誠司の方へ話題を振って、解放された雨彦は、誠司の肌には触れずに酒を飲む。矛先が完全に自分から外れた安心感でニヤつきながら、立てた片膝で缶ビールを持った左手を支えて、べたべたと顔を触られる誠司を酒の肴にしてるようだ。
「自分は日焼けもしているが」
「うそっ、日焼けしてこれ!?」
「たはー、俺のひとつ上でこれかぁ……ますますへこんじゃいそ」
無遠慮に触れたみのりは感動のあまり目を潤ませて、複雑そうな顔をするしかない誠司の頬を撫でる。相変わらず自分の頬を撫でたままの次郎も、みのりに続き誠司の頬を撫でている。
「ひとつしか違わないぞ……」
「葛之葉君は繊細な絹のような肌触りだが、信玄君はベルベットのようだな」
しっかりしている、と道夫も遠慮なく誠司の肌を撫で回し、ますます誠司は困った顔になっていく。アイドルすごい!年齢超えたね!と満面の笑みを浮かべるみのりがスマートフォンを構えた隙に、雨彦も長い腕を伸ばして、どれ、と誠司の頬に触れてみる。
「へぇ……」
手のひら全体でふわりと、精悍な頬に触れてから、指の腹で雨彦は頬のラインをするりとなぞる。親指で頬骨をそっと撫で、耳の下から顎先まで優しく触れて、雨彦も、なるほど手触りがいいと誠司の肌質を褒めた。
「くずのは、なんか手つきエロいよ……」
「手馴れているな」
「はは、そうかい?」
元教師二人に指摘されても、雨彦はどこ吹く風と飄々とそれをかわす。
「ごめん、雨彦もうちょっとそれ続けてて」
真顔のみのりがスマートフォンを動画モードで構えたのを見て、勘弁しろ、と誠司も苦笑を隠さず笑い出す。
「……あの、皆さんなにしてるんですか?」
「プロデューサーさん、助けてくれ!」
本日の主賓が遅れて登場して、一瞬流れは止まったのだが――。
「お前さんの肌が一番気持ちよさそうだな」
「えっ、あのっ、ちょっ、葛之葉さんっ!?」
「ちょっと! ちょっと誠司これ触ってみてヤバい!」
「渡辺さん待って!」
「あぁ、やっぱ女の子は違うねぇ」
「山下さんっ!!」
「失礼する……ほぅ、これは流石、といったところか」
「は、硲さんまで!?」
「ほら誠司も!」
「いや、自分は……!」
「わぁぁぁ!」
矛先が変わっただけで、ノリはそのままだった。彼女は男五人が満足するまで、気持ちいい、綺麗だと、肌を撫でられ続けた。やけにぐったりした彼女の日頃の疲れを癒すお疲れ様パーティーは、開始早々彼女に最大限の気疲れを与えてしまう。
酒の勢いとは本当に恐ろしいものだ、と彼女は思わざるをえなかった。