@akirenge
【仕事終わりのぬくもり】
「お疲れ様。司書サン」
仕事が終わり、司書室で執務机の椅子に座り休んでいた二代目の特務司書は小林多喜二に背後から抱きしめられた。
本日の助手であり、恋人になってしまった彼は司書を抱き寄せている。
「多喜二さんも……浄化の方は順調だから。上も何も言ってこないし」
「それならいい」
どうして恋人になってしまったかと言えば口説かれたからだ。二代目の特務司書からすればいつの間に好きになってくれていたの
と言った状態である。告白されて付き合うことになったとは言え、ふわふわしているところはふわふわしている。
多喜二は上の対応を心配していた。生前のこともあるのだろうが、よっぽどでは無い限り上は動かない。
良好に仕事はしているし、図書館の運営にも気を配っているのだ。
「元々は上が私をここに派遣してきたから」
「それは感謝しているよ。今の図書館があるのは司書サンのお陰だから。……自由は奪われたくはなかった」
先代の特務司書はお世辞にも良い特務司書とは言えなかった。多喜二が言っているのは蔵書印のことだ。
文豪を転生させる補助システムのような蔵書印だったが、刻んだ文豪が特務司書の思い通りに動いてしまったり、中身が変わりすぎて、
その文豪ではなくなると言ったようなこともあったのだ。先代の特務司書はその恋人の文豪と施設の火事で共に焼死している。
事故だった。
「散歩でもしない? 食事までは時間があるし」
「あるけど、まだこのまま……散歩も行きたいけど」
「両方、しましょう」
精神年齢的には二代目の特務司書の方が上であるという一応の自負はあった。のだが、多喜二に翻弄されている気がする。
プロレタリア組は中野重治や徳永直もそうだが、二代目の特務司書に協力をしてくれているし、とてもいい人達だ。
多喜二は彼女から離れた。
「そうしよう。……とても、アンタが暖かい」
見つめられて微笑まれる。
二代目の特務司書は視線を合わせてぎこちなく微笑んだ。仕事とプライベートは分けてくれるが、プライベートの方は
とても、心臓に悪い。多喜二はとても身長が高い。文豪達の中でも上位に入る。顔立ちもとても整っていて人気がある。
「寒いの? 春は近づいているけれど、まだ遠いわね」
力を抜いて多喜二に体を預けるようにする。手を伸ばして多喜二の髪に触れた。今の多喜二はフードを取ってくれている。
帝国図書館に居た頃に小林多喜二のことは聴いたことがあったが、慣れてきたらフードは取ってくれるらしい。
こうして逢ってくれる多喜二はフードは取ってくれていた。
「図書館の庭の梅の花は咲いてるけど」
「散歩の時に見ているわ。梅の花も素敵よね。花見、今からもしていたかしら」
散歩は一日一回はするようにしている。軽い運動もだ。国定図書館の庭は先代が花好きのこともあってか様々な花が植えられていたが、
今も草木を多くするようにしている。梅については図書館の一角に何本も植えられていた。
「啄木サンとか吉川サンとか、梅の花を見つつ酒を飲んでいたけど」
「幸田先生が時期が来たら梅酒を着けるべきかとか話していたわね」
石川啄木や吉川英治が梅の花を眺めていたようだ。啄木は感傷的なところがあるから、梅を見て何かもしかしたら作品を考えているかも
しれないし、吉川英治も梅の花が好きだと聞いたことがある。吉川は酒が苦手なところがあるから適量を守って欲しいところだが、
酒豪だろうが適量は守って欲しいと二代目の特務司書は思い当たる。
「桜の花見とかみんな楽しみにしてる」
「大きくやるのも良いかもしれないわね。大騒ぎになるだろうけれども」
この国定図書館は桜だけを植えた一角がある。敷地もかなり取られていた。
文豪達も二代目の特務司書が司書補佐としてやってきたころと比べて増えた。転生は確実に行っているからだ。
「ここの桜が咲いているところ、見たことがないだろう。俺は、アンタと見たい」
彼女が就任してきたのは去年の桜が既に散ってしまったころだ。
「私も見たいわ」
二代目の特務司書は多喜二にそう答えておく。多喜二が嬉しそうに微笑んだ。多喜二は無表情ではあるが、笑うときは笑う。
絆されてるともなりながら、二代目の特務司書は目を閉じて、微笑んだ。
昼が暖かくなってきたとは言え、夜は寒い。多喜二は春物のコートを着た二代目の特務司書の側を歩いた。
彼女の手を握る。暖かい。
司書補佐としてやってきた彼女の記憶はある。彼女はこの図書館を建て直した。謎の敵である侵蝕者によって侵蝕される文学を
守るのが特務司書や文豪の役目であり、彼女は役目を果たしている。
「仕事中は敷地内から出ることはそうないから」
外灯で梅の花が照らされている。敷地内と二代目の特務司書は言うがこの国定図書館全体のことだ。
菓子などの買い物は文豪達に任せている。国定図書館は政府の研究施設でもあるため、機密性がある。
「出るようにした方が良いんじゃないか……? 休憩とかで出ても、誰も怒らないだろう」
「春も近いしね。散歩も範囲を広げたいし。何処に出かけたい?」
休憩中の散歩も敷地内だけだが、文豪達はと言うとノルマややるべきことが終われば比較的、自由に動ける。
行き先を守衛に告げておくというルールはあるが、自由だ。特務司書に迷惑をかけないことについては各自が守れる範囲で徹底している。
「何処へでも、というと閉じこもりがちになりそうだから、桜が綺麗なところが良い」
「探しておくわ。敷地内でも良いのだけれども。……貴方と居られるなら」
二代目の司書は辿々しいところがありながらも、多喜二にあわせてくれていたりする。
多喜二に異性として好かれるとは想っていなかったとは彼女は話していたのだが、好きになってしまったのだ。放っておけないところがある。
呟かれた言葉に多喜二は繋いだ手はそのままに、二代目の司書の頬に触れた。
「俺もだよ」
「……やっぱり照れるわね。こういうの」
「慣れて欲しいけれど」
「善処するわ」
多喜二はそっと二代目司書の額に口づける。彼女がくすぐったそうにしていた。
そして二人でしばらく、手を繋いで梅の花を眺めた。
【Fin】