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[硲P♀]今夜君に触れよう

全体公開 2 2086文字
2019-03-11 08:31:41

「君は存外肉食なのだな」

パーティ会場でPさんをお持ち帰りしようと企てるはざませんせのお話です。

Posted by @toasdm

 愛と言う概念がわからないほど、平坦な道のりを歩んできたわけではなかった。恋焦がれる誰かに想いを寄せて、身を捩り眠れない夜がなかったわけではなかった。だが、今それは不要なものだった。ただそれだけだ。
 一度意識してしまうともうだめだった。彼女の一挙一動、一挙手一投足が気になって仕方がない。慣れないヒールでふらつく足元が気にかかる。やけに大きく開いたドレスの、背中と胸元に視線が吸い寄せられる。その肌の感触を、触れて確かめたくなる。結い上げたまとめ髪の、晒された白いうなじに口付けたくなる。そこに柔く歯を立てて、女性らしく丸みを帯びたボディラインを手でなぞって、思っていることをそのまま口に出してみたくなる。
 その反応が、知りたくなる。知らない彼女を知りたくなる。もっと、もっとと。貪欲に知識を求める自分の性格は、女性の愛し方にも現れるものなのかと道夫は苦笑した。パーティ会場の片隅、広いホールの天井を見上げながら道夫はシャンパングラスを傾けた。アルコールは入っているが、全く酔える気はしなかった。
「お疲れ様で、すぁ!?」
 手にした皿に肉と野菜をこんもりと盛りつけた彼女が、よろめきながら道夫に近付いてきて、案の定バランスを崩して転びそうになる。気をつけなさい、とくびれた腰にさっと手をまわし、道夫はスマートにそれを支えた。
「す、すみません……
 かぁぁ、と頬を朱色に染めて、彼女は気恥ずかしそうに居住まいを正した。立食形式のパーティで、彼女は慣れないイブニングドレスの裾を正す。事務所所属アイドル最年長として抜擢された道夫は、ブラックタイのドレスコードに合わせてグレーのタキシードを着ている。次の仕事への足がかりとなりうるパーティは、交流を深めながらもその実腹の探りあいのようなやりとりで、少し気疲れしてしまう。適当につまみながら酒を飲み、先日はどうも、だとか次の話だとか、そういったやりとりがあらかた済んでしまえば、彼女のように食べる方へと傾くのも自由だろう。道夫は彼女の皿をちらりとみて、フッ、と笑って茶化すように言った。
「君は存外肉食なのだな」
「はぇ?」
 もぐもぐと、取り分けられたローストビーフの一切れを口に運んだ彼女は、ハムスターのように膨れた頬に肉を詰め込み咀嚼する。だってこれおいしいですよ、とニコニコする彼女を愛おしいと思うなど、自分では酔っているつもりはなかったが、まわっているな、と道夫はこっそり苦笑した。
「硲さんは食べないんですか?」
「私はもういただいた」
 ソースがついている、と彼女の頬に指を伸ばして、道夫はそれを指で拭う。さして気にならないような跳ねだったとはいえ、彼女に触れる絶好の機会を見逃す手はなかった。酔っているな、とひとりごちて、道夫はシャンパングラスを空けた。
……貰おう」
 空いたと同時にすぐさまウェイターが近付いてきて、空のグラスと満ちたグラスとを交換して去っていく。ドレスコードのあるような格式ばったパーティは苦手だが、しっかりと教育の行き届いたホテルマンの動きというものは、道夫にとって勉強になった。なるほど、あのように立ち回るのか、と視線で追って、道夫は再び視線を彼女に戻した。
……まだ食べるのか」
 先ほどのウェイターに空の食器を預けたのは彼女も同じで、うきうきと浮き足立ったよろめく足取りで、彼女は再び食事の並ぶテーブルへと向かう。途中何人かに声をかけられて立ち止まり、談笑していたが、道夫の目にはどうにも、早く話を切り上げてケーキ食べたい、と彼女の頭の上辺りに雲形のフキダシが出ているように見えた。
 食いしん坊さんだ、と思えば、見ないふりをしてやり過ごしていた彼女への思いが頭を出しかける。ああ、これではいけない、と再び天井を仰ぎ、道夫は、道夫にしかわからないレベルで困っている彼女の元に歩み寄った。
「失礼」
「あ、硲さん」
「315プロダクション所属の硲道夫です」
 ああ君が、と恰幅のいい男に頭を下げた道夫に遮られて、その男は手を引っ込める。今君は、プロデューサーの肌に触れようとしただろう、と一瞬だけ眼光を鋭く光らせたあとは、ビジネスの話をする。頑張りたまえよ、と道夫の肩をばしばしと叩く男が去っていったのを無表情で見送って、道夫は彼女を振り向いた。
「ケーキを食べるのだろう?」
「え……な、んで、わかったんですか?!」
 見ていればわかる、と苦笑して、道夫は彼女をスイーツテーブルへとエスコートした。未だ肩に残るあの男の手の感触が、彼女の肌に触れなくて本当によかった、と思っているとは気づかずに、プロデューサーはスイーツに目を輝かせている。

 私も触れたことがないものに、お前ごときが気安く触れるな。

 そんな風に考えてしまったと気付いてしまった時点で、道夫の覚悟は決まっていた。
 今夜君に触れよう。
 スイーツに目を奪われている満足げな彼女を会場の隅に置いて、道夫はフロントで部屋を押さえた。勝算などは全く考えていなかったが、不思議とうまくいくような気がしていた。


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