X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

[圭p♀]偶然のめぐり合わせ

全体公開 1 1894文字
2019-03-19 12:56:09

「この映画、好きなんだね」

ショパンヲタ前回のPさんと都築さんが偶然鉢合わせてピアノコンサートデートに行くお話です。

Posted by @toasdm

 そういえば彼がバッグをもって歩いているところを見た事がない、と彼女は記憶を手繰り寄せてみた。何も持たない、執着しない、といった印象の圭は、ある日突然消えてしまうような、儚げな印象が強かった。だから胸ポケットからチケットが出てきたことに少し驚いたし、まさかそのまま拉致されるとは思ってもみなかった。手にした紙袋をぎゅっと掴みなおして、彼女は手を引かれるまま圭について歩いた。

 偶然のめぐり合わせだ、と思ったのだ。
 休日に訪れた書店で、以前から気になっていた映画の原作本に出会えるとは思っていなかった。映画の公開はもう随分と前で、仕事が立て込んでいて映画館では一回しか観る事ができなかったし、関連書籍はいくつか出ていたはずだがそのどれもが彼女の手には入らなかった。
 担当ユニットが、音楽に関するユニットであることを差し引いても、彼女は音楽が好きだった。クラシック、ジャズ、レゲエ、ユーロビート、なんでも聴いた。気分に合わせて、または気分を変える目的で、彼女は音楽と共に生活していた。その中でも、この映画のモチーフになったショパンはお気に入りの音楽家の一人で、映画の中で使用された数々の名曲は、思い出すだけで胸が熱くなるようだった。
 一ミリの迷いもなく、彼女はその、最後の一冊に手を伸ばした。運命を取りこぼしてはならない、とうんと背を伸ばしたが、悲しいことに、彼女の背丈では僅かに届かない。
「ぐぎぎぎぎ……っ!」
 後ほんの数センチで指がかかるというところで、彼女はバランスを崩しそうになる。うわ、と思わず目を瞑った彼女の肩と背中に、トン、と優しく触れたのは冷たく硬い床ではなく、温かくしっかりとした、人の感触だった。
「ごめんな、さ……ぇ?」
「ふふ、こんにちは、プロデューサーさん」
 たおやかに微笑む圭の笑顔に見下ろされて、彼女はしばし固まって、状況を整理する。転ばなかったのは、今後ろにいる圭が彼女の体を受け止めてくれたからで、想像していたよりもずっと立派で逞しい胸板は、彼女の頭をパンクさせるのに十分だった。
「っわご、えあ、あのっ、ごめんにゃう、あ!?」
「落ち着いて?」
 くすくすと、小鳥が囀る様に笑って、圭は彼女をしっかりと立たせた。
「これかな?」
 彼女が手を伸ばしていた一冊を難なくさらっと取り出して、圭はそれを彼女に手渡す。ショパンだね、と言った声は随分と嬉しそうだった。
「この映画、好きなんだね」
「はい! 時間がなくて見られてないんですけどブルーレイも買ってて、私ずっと前から音楽好きなんですけどショパンってほんと中学生の頃から大好きで、演奏者が違うCDを何枚も同じ曲で持ってるくらいで、でも好き過ぎてお気に入りの一曲っていうのが全然決められなくて強いて言うなら全部ショパンっていうかショパン推しっていうか」
 うんうん、と穏やかに微笑む圭が止めなかったのも悪かった。彼女はいわゆるオタクのような早口でまくし立てるようにして圭に趣味の話を全力でふってしまった。恥ずかしい、と俯く彼女の目の前で、圭はうーん、と少し考えてから、ああそうだ、とシャツの胸ポケットからチケットを取り出して彼女に見せた。
「これ、今日一人で行く予定だったんだけど」
 一枚しかないチケットは券面にお二人様までと書かれていて、シックなピアノの写真が印刷されていることからいって、恐らくは、ピアノコンサートのチケットなのだろう。え、と顔を上げた彼女に内緒話をするようにして、圭はこっそり耳打ちをした。
「多分、ショパンも聴けると思うよ」
「え無理行きます行きたい行かせてください同行希望」
 本当にショパンに目がないんだね、とまた笑われて、彼女は自身の暴走を知る。ほんとだめなんですよ、と真っ赤になった彼女の手をとって、圭はレジへと誘導した。
「あの、手」
「うん?」
 まるで何も気にしていないかのように自然に手を繋ぐ圭に押しきられる形で、彼女は振りほどけない手を大人しく握った。なにをどうやって会計したのか覚えていないくらい動揺しながらついて歩く彼女は、都築さん、と呼びかけて紙袋の中の運命の一冊をぎゅっと握った。
「あの、お代……ちゃんと、払いますので」
「そう? 気にしなくていいよ、頂き物だし」
「でも」
 なおも引き下がらない彼女の顔を前に回りこんで覗き込み、圭の唇は彼女の頬にふわりと触れた。
「じゃあ、これでいいかな?」
 何が起きたのかわからない、といった表情のまま固まる彼女の手を引いて、圭はいつもよりご機嫌な鼻歌を口ずさみながらコンサートホールへと歩いた。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.