@mistbox12
■夏侯惇(字:元譲 諡:忠侯)
曹魏軍の筆頭将。
統率力がずば抜けて高い。実戦は得意ではないが、戦上手が揃い、かつ一癖も二癖もある曹魏軍の面々をさくさくまとめていくので、常に統括を任される。本人は出世に全く興味はない(不臣の礼もお断り)。
土木工事から農作業までやっちゃうので民からの人気も高い。友達も多い。付き合いが広すぎて、護衛含む直属の部下はいつもヒヤヒヤしている。
温厚で陽気な性格だが、味方が傷つけられると本気でキレる。最たる結果が14歳の時の事件。
清廉で上から信頼され、下から慕われる人格者。そこにいるだけで皆がまとまる人。
■曹仁(字:子孝 諡:忠侯)
曹魏随一の軍才の持ち主。…というか、周瑜・程普・韓当・甘寧・呂蒙・凌統・周泰+劉備・張飛連合軍を相手に一年以上戦い続けた時点(江陵戦)で強すぎると思う。
大将格になるまでは騎兵を率いていた、攻守ともに長けたオールラウンダー。
冷静沈着であまり感情的ではないが、機嫌が悪い時は周囲の空気が凍る(のですぐ分かる)。怒るとものすごく怖い。愛想は全くない。どうでもいい設定として左利き。ザル。
夏侯惇とは性格が正反対ながら、対等の立場で仲がいい。
219年まで“行“将なので、後漢から魏に官位が移るのが夏侯惇に次いで遅かったと推察。夏侯惇亡き後大司馬まで昇り、文武百官の頂点についた。
天人とも称された、最強の軍人。
■曹操(字:孟徳)
最大軍閥の曹魏を率いる主。
「主公(との)」と呼ばれている。羽目も外すが、基本は頼れる兄貴。その優秀かつ万能ぶりは説明不要。
二忠にとっては忠節を尽くす主君であると同時に、昔から後を追ってきた従兄。曹操も従弟たちのことは可愛くて仕方ないらしい。
人材マニア。これは!と思えば、あの手この手で怒涛のオファーを仕掛ける。すぐそばに住んでいてこれから逃れた田疇はもはや伝説の域。
いつ帝となってもおかしくない立場にいながら、死の直前(漢中遠征)まで自ら戦に出ていたあたりはただすごいと思う。三国志の真の主役。
覇者と呼ぶに相応しい人。
■韓浩(字:元嗣)
元夏侯惇の副官で命の恩人(結果的に)。のち中央軍(曹操直轄軍)の司令官。
敵にも味方にも容赦のない、真面目な性格の持ち主。
袁術の下にいたが、評判聞いた夏侯惇がひょいと会いに行って、そのまま引き抜かれた。副官でいたのは5年くらいだが、その後もなにかと夏侯惇の世話を焼いている。
215年末、漢中駐留の司令官に推薦されながらも曹操が手放さなかった(代わりに征西将軍に就いたのが夏侯淵)。
213年時点で(魏公勧進の順から)曹仁とほぼ同列なので席次は高い。が、日々夏侯惇に振り回される役どころ。本人は愚痴りつつも幸せそう。
人を輔く能力に優れた人。
■田疇(字:子泰)
徐無山の賢人。魏志に伝はあるが、最初の主である劉虞以降は誰にも仕えていない。
劉虞の死後、徐無山に隠遁したら彼を慕って人が集まり、五千戸を超える都市ができてしまうほど。内政力も半端ないが剣の達人でもある。
烏丸征伐で曹操に協力するが、仕官の誘いはことごとくお断り。曹丕や荀彧に言われても諦めなかった曹操が最後に説得を頼んだのが、田疇と仲の良かった夏侯惇。それでも結局仕官はしなかった。
遠征に同行した訳でもない夏侯惇と、一体どこで親交深める機会があったのかと思うのだが、大方鄴に移住してきた田疇に夏侯惇がひょいと会いに行って仲良くなったんだろうと(既視感)。
一人我が道をいく自由人。
■夏侯淵(字:妙才)
急襲を得意とする曹魏の勇将。行軍の疾さは、三日五百六日一千(三日で五百里、六日で千里)と語られるほど。
いつも明るく陽気だけど、結構根は真面目。部下思いなので、軍での人気も高い。
西の平定は夏侯淵の功績によるところが大きい。が、潼関あたりからずっと西にいるおかげで、魏公勧進に名前がない…。夏侯惇のことは従兄上+敬語、曹仁のことは子孝兄(ほぼ同年代設定)+タメ口。
219年定軍山にて、部下(張郃)の救援に自軍の半数をあて、守備用の柵を自ら修復に出ていたところを襲撃されて戦死した。
攻め戦には滅法強い、曹魏軍のムードメーカー。