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[東雲P♀]二度目の二度寝

全体公開 2 2297文字
2019-03-27 16:24:55

「ほなおやすみ」

寝起きの東雲さんとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 薄ぼんやりと日の差したベッドルームで、彼女は先に目を覚ます。隣で僅かに呻いた黒髪が、ふっくらとした羽毛の掛け布団の中でもぞもぞと蠢く。揺さぶり起こすべきか、もう少し寝かせるべきか。一瞬の逡巡、彼女は艶やかな荘一郎の黒髪に手を伸ばしてそっと撫でつける。
「う……んん…………
 身じろぎ、寝返り、縮こまり。寝起きはそこまでよくないのか、荘一郎は眉間に僅かにしわを寄せ、朝日に背を向け彼女の方へと転がった。
「ふふ……
 朝起きて、一番最初に最愛の人の顔がある。そんな幸せを噛み締めながらの起床は心地良く、日々を優しく包んでいた。東雲さん、と呼びかけて、彼女はそっと布団を剥がす。
「嫌や……
 もぞ、と逃げる布団を追いかけて、荘一郎は眉間のしわを深くする。普段おとなしく聡明で、どちらかというと理知的な印象の荘一郎が、年相応かそれより幼く見える貴重な時間に、彼女の胸にも朝日が差し込んだような温もりが広がる。
 なんで朝は起きなならんのやろなぁ……
 いつだったか、寝起きの荘一郎がそんなことを呟いて起きたのを思い出し、彼女はくすくすと笑う。多少不満を含んだ擦れた声が、何笑ろてはるんです、と沈んだベッドからくぐもって聞こえて、温もりの満ちた胸にこそばゆさまでプラスされた。
「あぁ……
 寝ているときと起きているときで対して変わらない細さの眼をごしごしとこすり、荘一郎はゆったりとした緩慢な動きで上半身を起こす。寝乱れた前髪をざっくりとかきあげて、その姿勢のまましばらくぼぅっと固まったまま、荘一郎は掠れた低い声でぼそぼそと呟いた。
…………おはようさんです」
「お、はぇ!?」
 上半身を支える力は、その挨拶で全て使い切ってしまったのかもしれない。寝ぼけた顔を荘一郎は、そのまま隣の彼女の膝の上に投げ出してまた、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「あの」
 膝枕に甘えるように、二度、三度と頬をすりつけて、荘一郎は二度寝を決め込む。起きて、と優しく髪を撫でつけてみるが、荘一郎は起き上がる気配がない。
「あの」
「何やの」
 もう一度、起きて、と言うだけでやっとの彼女が、膝で甘える荘一郎の頬を撫でる。
「起きとるわ」
 絶対嘘だ、と困惑しながら、今度は強めに肩を揺さぶる。自分の膝に預けられた荘一郎の頭を軽くぽんぽんと叩いてみるが、迷惑そうにそれを払われて、気恥ずかしさに居心地はますます悪くなる。
「起きてる人は、目閉じて横になってない……
「起きとるて」
 ぶっきらぼうな物言いと普段より強いお国言葉が、なによりも如実に、荘一郎の寝ぼけっぷりを物語る。
「東雲さん」
「荘一郎」
「?!」
 はっきりとした口調でそこだけは、被せるように。彼女の呼びかけに荘一郎は即座に応えて、彼女の驚きを誘った。
「二人きりの時は荘一郎呼ぶ約束……忘れとるやろ……
 再び寝言のようにもごもごと言い、荘一郎は彼女の膝にまた頬を擦り付ける。公私混同はよくないからと、普段から気をつけて東雲さんと呼ぶようにしている彼女は、未だに荘一郎を下の名前で呼ぶことに慣れていない。半分以上寝ぼけているはずの荘一郎からは、有無を言わせないような圧のようなものが発せられていて、あ、多分これちゃんと呼ぶまで膝枕のままだ、と彼女は悟らざるを得なかった。意を決して、清水の舞台から飛び降りるような心境で、彼女は張り付く喉から漸くその、愛しい名前を絞り出した。
「っそ、荘、一郎、さん……
「呼び捨て」
「っ!?」
 彼女の方としては、もうこれ以上ないくらいの努力でもって、勇気を出して名前を呼んだつもりだったのだが……荘一郎はそれでは満足してくれなかったようだ。シンプルな白い無地のTシャツにグレーのスウェットハーフパンツというラフな寝姿の荘一郎は、無理ぃ、と顔を覆った彼女の顔を見上げるように寝返りを打ち、ゆるゆると手を伸ばして彼女のその邪魔な手を退けた。
「ほなおやすみ」
 一瞬見えた荘一郎の意地悪そうな笑みに、起きてはいるのかと彼女は少しほっとする。が、すぐに、これは全力でからかわれているんだな、と気付いてしまった。意地悪しないで、もう無理ぃ、と今度こそ崩れ落ちそうな勢いで顔を覆った彼女の手をまた退けて、荘一郎は彼女の頬を撫でてにっこりと微笑んだ。
「っふふ……いつまで東雲ー、呼ぶつもりなんやろなぁ……
「うぅっ……だ、だって……
 無理ですよ、と真っ赤になった彼女の頬を優しく包む荘一郎の手、親指はゆっくりと彼女の頬を撫でている。ふぅ、と甘い溜め息をついてから、一呼吸置いて。

「旦那のこと、苗字で呼ぶ阿呆がどこにおります?」

 ひゅ、と鋭く息を吸って、彼女の呼吸が停止する。バクバクと心臓が一気に全身に血液を送り出し、かぁぁ、と真っ赤になった熱い頬を、慈しむように荘一郎の親指が撫でている。
「おもろい顔しはって」
「だっ、旦那、って」
 突然の未来の示唆に混乱する彼女の頬から手を離し、荘一郎の手が彼女の左手を優しく包む。ぎゅ、と指を絡ませて握られた手の、薬指にそっと触れながら、荘一郎はゆっくりと、はっきりと、囁いた。
「いずれは、東雲になるやろ?」
「は、え?!」
 たおやかに微笑んだ荘一郎の一言に、彼女は今度こそ硬直する。
……ほなおやすみ」
 くすくすとからかい笑いを残して膝に埋まって荘一郎は逃げるように二度目の二度寝を貪った。
 何よりもたちが悪いのは、からかいながら言った割には、荘一郎のその言葉には、一切の嘘偽りがないように聞こえてしまった、ということだった。


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