花弁

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2019-03-31 23:01:43

花見の場所取りするクロウちゃんとシアンちゃんの話。クロシアかもしれない

Posted by @Greas087


 はらはらと薄桃色をした桜の花弁が、音も出さずにまるで住む世界が違う青いビニールシートの上に落ちていく。その様を起きたばかりで眠気が消え切れていない思考のまま眺めていた。桜の花弁は高い所から散る度どんな事を考えているのだろうか、とどうでも良い疑問を抱いてしまったが、本当にどうでも良い疑問だったので直ぐにそれは散る花弁と共に風に吹かれて消えた。一瞬でも自分が桜の花弁に生まれ変わったらなどと苦慮してゾッとしたのは内緒だ。
 周りと見渡すと、何処も桜の木の下にビニールシートを敷いて、その上に寝転がって暇を持て余している奴らばかりだった。きっと俺と同じ様に哀れな末路を歩んだ敗者だと悟る。ビニールシートの上で胡座をかいて座っている俺は、其奴らと自分自身を嘲笑った。腹の音も鳴る。朝飯を食べるのをすっかり忘れていた。花見までまだ時間がある。それまで何も食べられないのは苦痛だった。
 昨日の夜、次の日に行われるBRR恒例行事であるウエフィールド花見大会の場所取りじゃんけんに負けた。ウエフィールドはミディシティで一番桜が綺麗に咲き木の本数も多い為、絶好の花見スポットとして有名だ。有名なので花見の場所取りも誰よりも早起きをして、誰よりも早くビニールシートを敷かなければ、敵に先を越されて場所取り合戦があっという間に終了してしまうのだ。
 別に桜なんぞ興味は無いので花見なんてしなくていいのだが、花見がしたくて仕方がない奴がいてそいつにガミガミ言われるのも面倒だった。まあアンゼリカが腕に縒をかける花見御膳が格別に美味いので、それが食べられるという自分にプラスな事もある。
 場所取りは毎年シンガンクリムゾンズの誰か一人と決まっていた。社長がか弱い女の子を一人で寒い中待たせるなんて可哀想ですぞ! なんて言って退けるのだから溜まったものじゃ無い。俺だって寒いのは苦手だ。女子と男子を贔屓する社長には思う所がある。
 早起きをしてまで桜を見たいと思っていない俺は心底面倒だった。運だってその日の朝に見た情報番組の占いコーナーでだって乙女座が一位だった。じゃんけんに負ける気がしなかった。
 案の定、俺以外パーを出し、俺だけグーを出したから負けた。今まで自信満々だっただけに現実を暫く受け止める事が出来なかった。悔しいよりも悲しい気持ちの方が勝った。
 そういう訳で素直に早起きをして場所取り合戦も見事に勝利した俺はあと3時間も此処で待つ。自然と溜息が口から漏れた。
 暇潰しに新曲の作詞を始めようか、と思い立って、ズボンのポケットに強引に押し込んだスマートフォンと音楽プレーヤーを取り出して、音楽プレーヤーに事前に取り付けていたイヤホンを耳に付けた。
 譜面も持ってこれたら良かったが朝が早かったのでそこまで頭が回らなかったから、スマートフォンのメモ帳アプリに言葉を紡いでいく。スマートフォンの画面に桜が何枚か落ちてくる。その都度、そういえば春夏秋冬のテーマで曲を作った事が無いな、と頭に過ぎった。そもそもそういうテーマで曲を作るバンドでは無かったので、個人で作詞の練習として書いてみるのもいいかもしれない。
 すると、先程まで雲一つ無い快晴なのに突然ふっ、と視界が暗くなった。何事かとイヤホンを外して上を見上げれば、喫驚した。
「クロウちゃんおはようにゃん!」
 其処には此処まで歩いてきた所為で少し呼吸を乱しつつ、いつもの誰にでも好かれるキラキラとした笑顔をしたシアンがいた。目が合うと元気良く挨拶されたが、突然の出来事におう、としか返せなかった。
 しかし、何故シアンが此処にいるのだろうか。花見前に事務所の奴等と一緒に来る筈だ。
「なんで此処に来たんだよ、花見の時間間違えたか?」
「んーん、あたしが来たいから来たにゃん! 隣座っていいかにゃん?」
 聞いてみるも何とも俺には理解しがたい返事が返ってきた。そして既に隣に座って待機するつもりだったらしい。自分の意思でこんな朝早くからこんな所に好んで来る物好きなんて老人くらいだ。
 シアンは唖然としている俺を余所に肩にかけていたトートバッグから可愛らしい苺の柄がプリントされた小さな包みを取り出して俺に渡す。触ると中には四角い硬い何かが入っていた。
「アンゼリカさんがクロウちゃんの為に朝ご飯作ってくれたにゃん、一緒に食べよ?」
「お、お前も食うのかよ」
「あたしも朝ご飯まだにゃん」
 シアンはそう言いながらもう一つ同じ包みを取り出した。そっちは黒い包みだ、もしかしてシアンは俺に渡す方を間違えているかもしれない。指摘すればこいつは頬を仄かに赤く染めて苦笑いしながら包みを交換する。
 包みから四角い箱−−弁当箱を取り出す。蓋を開けると、後から豪勢な弁当があるからとアンゼリカが気を遣ってくれていたのか、卵焼き二個とウィンナー二個とおにぎり一個という軽食程度の量が入っていた。腹を空かせていたので丸呑みする様に直ぐに食い切った。
 腹が満たされたが、シアンの言動が未だに謎のままだった。来たいから来たってどうして来たくなったのか分からなかった。
 もぐもぐと美味しそうにおにぎりを頬張るシアンにもう一度問いかける。
「なんでお前、来たいって思ったんだ?」
 俺の問いにおにぎりを食い切ってからシアンは返答を考えているのか黙り込む。そんな彼女の頭上にひらひらと桜の花弁が蝶が羽休みをする様に落ちる。よく見るとシアンの今日の服装は桜の花の色に似たワンピースだった。花弁はシアンを同類としてみたのかと思った。花弁の気持ちなど何度頭を回転させても分からないが。
 暫くしてからシアンは咲いている桜を目を細めて見上げながら言った。
「今年こそ桜見たいなあって思ったにゃん」
「はあ?」
 今年こそって去年も一昨年も花見を此処でした筈だ。勿論俺もいたしシアンもいた。何を言っているのさっぱり理解不能だったがシアンの話はまだ続く。
「お花見すると美味しいご飯に目がいったり、ロムのカラオケ大会が面白くて桜見てなかったなって昨日の夜思ったにゃん、こうしてじっくり見ると桜の花びらって散っていくのはとっても綺麗だけど、何だか春ももう終わっちゃうんだなって思って寂しいんだなって」
 切なげに話すシアンの言う通り、毎年桜なんて御構い無しに騒いで花見が終わっていた。桜がどんな風にそんな俺達を眺めていたのかさえ知らなかった。
「だから、今年は来年もまた咲いたら会えるにゃんって桜さんに想いを込めながらお花見したくて早く来たにゃん!」
 シアンはそう答えてから大きな声でありがとにゃん! と桜に向かって感謝を伝え出した。なんの感謝だよ、とツッコミたくなる気持ちより、周りに人が少ないからとは言え数人には注目の的で少し恥ずかしい。
 桜はシアンの気持ちに嬉しいと感じているのだろうか。花弁の一部はシアンを見て馬鹿な奴だ、なんておかしく笑い転げながら散っている奴もいるんだろうな。そう思うと皮肉染みてシアンみたいにファンタジーな思考になるには程遠かった。
「そうだ! 花びらさん一枚ずつ名前付けた方がいいかにゃあ?」
「やめろやめろ、どうせお前は馬鹿だから違う花弁に同じ名前二回付けて訳分からなくのがオチだ」
 シアンの提案に怪訝げに反対したが、シアンはそんな俺の言葉も聞いていないのか早速楽しそうに『花子』やら『花男』やら付け始めた。どうせ直ぐ飽きるだろう。
 落ちていく花弁も一部は名前を貰えて嬉しがっているかもしれない。シアンに好意を持つ花弁もいるかもしれない。

 何故だかそれが気に食わなくて、シアンの頭に乗っかっていた花弁をさりげなく摘み上げて捨てた。


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