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良い子はみんなご褒美がもらえる

サーシャ(☆аша)
Publish to anyone
2019-04-01 10:05:17

こちらの「はじめに」を必ず先にお読みください。→ https://privatter.net/p/4428242


良い子はみんなご褒美がもらえる


   登場人物

   アレクサンドル
   イワノフ
   サーシャ
   医者
   女教師
   大佐


   ここに記されているのは劇の科白のみであるが、この作品はトム・ストッパードとアンドレ・プレヴィンが手がけたテキストと音楽によって成り立っているのだという点はゆめゆめ忘れてはならない。

   舞台上には三つの場所が共存している。

   二台の寝台が並ぶ監房。

   一台の机と二脚の椅子が据えられた診察室。

   学校机が一台のみの小学校の教室。

   どの場所もごく狭くてかまわないが、何らかの形でつながり合っていなければならず、また、三箇所すべてとオーケストラの上には強弱の調整が可能なライトを個別で設置する必要がある。
   監房にはふたり、アレクサンドルとイワノフ。アレクサンドルは政治犯であり、イワノフは真の狂人である。
   劇が進行するにつれ(テキストには明記されるが)、多くの場面のオーケストラはイワノフの妄想でしかないと明らかになっていく。イワノフの手許にある楽器はただひとつ、トライアングルのみである。
   診察室には誰もいない。
   教室では女教師が立ち、サーシャは学校机の椅子に座っている。


   監房

   診察室と教室は暗転する。

   監房ではアレクサンドルとイワノフがそれぞれの寝台に座っている。オーケストラがチューニングを始める。出だしは本格的であるが、数分もすると同じフレーズの繰り返し、すなわち沈黙が訪れる。だがオーケストラはあたかもチューニングを続けているかのように振舞う。
   イワノフは立ち上がり、トライアングルとビーターを取り上げる。オーケストラは静止する。
   沈黙。
   イワノフはトライアングルを一度打ち鳴らす。オーケストラは音もなく演奏の真似を再開する。観客には聞こえない音楽にイワノフは没入し、彼にしか見えない楽譜の指示に従って時折トライアングルを打ち鳴らす。観客に聞こえるのはそのトライアングルの音だけである。アレクサンドルはイワノフを眺めている。観客同様、彼にもトライアングルの音しか聞こえていない。
   その光景はおよそ一分間続く。その後、非常に静かに、イワノフにだけ聞こえていた音楽が始まる。観客にもオーケストラの音楽が聞こえるようになる。イワノフが奏でるトライアングルの音色は今やオーケストラの一部である。
   とてもゆっくりと、だが着実に音楽は大きくなっていく。そして突然、とある和音と共にオーケストラ上の照明に灯が点り、指揮台に立つ指揮者を有する壮麗なオーケストラの一望が露見する。オーケストラは全身全霊で演奏する。トライアングルのパートはシンフォニーに欠かせないものである。
   我々は今やイワノフの意識と同調している。だがアレクサンドルは相変わらず外から出来事を観察しているだけである。聞こえるのはトライアングルの音色だけ、見えているのはイワノフだけである。

イワノフ (怒って団員を制止する)違う! 違う! 違う!

   オーケストラは演奏を中断する

イワノフ (叫ぶ)戻れ! ティンパニからやり直しだ!

   オーケストラは各自の持ち場に戻って演奏を再開するが、音楽は間もなく小さくなっていく。徐々に音量が増していった先ほどよりも急速に。そしてオーケストラは演奏のふりをし始める。音楽がほとんど聞こえなくなった時、アレクサンドルは大きく咳き込む。イワノフはなじるように彼を見る。咳のあとで音楽は完全に止み、沈黙が下りる。イワノフは時折トライアングルを鳴らす。団員は演奏の真似事をしている。

イワノフ いいぞ……よし……それでいい……。

   アレクサンドルは咳を堪えている。イワノフはトライアングルを鳴らす。明らかにそれが音楽のフィナーレである。団員は演奏を終え、楽器を下ろす。イワノフは自分の寝台に座る。アレクサンドルは我慢するのをやめて思う存分咳をする。

イワノフ (申し訳なさそうに)どう思われてるのかわかってますよ。

アレクサンドル (訳知り顔で)大丈夫ですよ。

イワノフ かまいません。はっきり言ってください。チェロのせいで全部台無しでしたね。

アレクサンドル (あやふやに)そもそも私は音楽に通じてませんので……。

イワノフ 猫じゃあるまいし!<註:英語原作にはありません。> 演奏とはとても言えません。ブリキの樽を爪で掻きむしるような雑音でした! 僕はまたあんな安物とかからわなきゃいけないんですか?<註:英語原作全文は「I was scraping the bottom of the barrel, and that's how they sound. And what about the horns? Should I persevere with them?」>

アレクサンドル 安物?

イワノフ 安っぽい管楽器ですよ。恥知らずで不誠実な鉄面皮。批評しようものならすぐ口を閉ざしてしまう。あなただってさ、木偶の棒と口にするのもためらわれるような安物を押し付けられたらどうします? 苔むして腐りきった丸太ですよ! 鉄琴の話はやめておきましょう。<英語原作全文は「Brazen to a man but mealy-mouthed. Butter wouldn't melt. When I try to reazon with them they purse their lips. Tell me, do you have an opinion on the fungoid log-rollers spreading wet rot through the woodwinds? Not to speak of the glockenspiel.」>

アレクサンドル 鉄琴?

イワノフ やめましょうと言いましたよね? 竪琴奏者はどうでしたか?

アレクサンドル ですから私は音楽には疎くて……。

イワノフ 鶏につつかれてしまえ!<註:英語原作は「Plucky.」> 馬鹿でも爪先立って忍び歩く場面だろうが竜巻のように押し入ってくる! なんだってんだ! 大した問題じゃないと思われますか? オーケストラじゃない、見せ物小屋ですよ!<註:英語原作にはありません。> ファゴットは男役の同性愛者でコントラバスは女役、大太鼓は皮膚病ですぐにでも専門医に診せなきゃならない。どいつもこいつも陰気に塞ぎ込んでて、手回しオルガンを弾く猿そっくりだ。<註:英語原作全文は「Plucky. A harpist who rushes in where a fool would fear to tread - with all my problems you'd think I'd be spared exquisite irony. I've got a blue-arsed bassoon, a blue-tongued contra-bassoon, an organ grinder's chimpani, and the bass drum is in urgent need of a dermatoligist.」です。ロシア語の「青い(голубой)」には「同性愛」の意味もあるためこの訳になったのかと。>

アレクサンドル はあ、大変なんですね。

イワノフ おまけにバイオリニストのバイオリンの扱い方と来たら! ヤッシャ・ハイフェッツ<註:ロシア帝国領ヴィリナ (現リトアニア領ヴィリニュス) にユダヤ人として生まれる。20世紀を代表するバイオリニストであり、「バイオリニストの王」と称されていた。>が水球に手を出したらあんな感じでしょうね。しかも結核持ちまでいるんですよ。そいつはジョン・フィリップ・スーザ<註:アメリカの作曲家、指揮者。100曲を超えるマーチを作曲し、「マーチ王」と呼ばれる。>の兄弟の孫なんですが、弱く弾くべきところを全部フォルテで弾くんです。第一バイオリンは敬虔なユダヤ人にふさわしくイスラエル行きの書類を提出してしまった。<註:英語原作ではハープです。>オーケストラを解散して新しく結成しないと。あなたは楽譜が読めますか? <英語原作全文は「I've got a violin section whith is to violin playing what Heifetz is to water polo. I've got a tubercular great-nephew of John Philip Sousa who goes oom when he should be going pah. And the Jew's harp has applied for a visa. I'm seriously thinking of getting a new orchestra. Do you read music?」>

アレクサンドル いいえ。

イワノフ 心配しないで、勉強すればいいんです。簡単なことですよ。四拍子、二拍子、シャープ、フラット。ドレミファソラシ。<註:英語原作では「every good boy deserves favour.(良い子はみんなご褒美がもらえる)」です。ロシア語翻訳はEGBDFをはなから捨てて「ドレミファソラシ」としています。>楽器は何ができますか?

アレクサンドル ですからできません。

イワノフ 打楽器奏者? 弦楽器ですか? トランペット?<英語原作では「Percussion? Strings? Brass?」>

アレクサンドル 違います。

イワノフ オーボエ? ファゴット? 鍵盤奏者?<英語原作では「Reed? Keyboard?」>

アレクサンドル すみませんが違います。

イワノフ なんてこった! ピアニストじゃない! そうか、待って、わかりました。フルート奏者だ!

アレクサンドル 違いますって。聞いてください……。

イワノフ 驚いちゃうな。ヒントをくださいよ。もしも僕が今あなたに殴りかかったら、血が流れて肉が剥き出しになるくらいにね、あなたは顔と手のどっちをかばいます? 一週間立たされ通しで座れないか、座りっぱなしで立たせてもらえないか、どちらがよりトラウマになりますか? 僕は残りの楽器を絞りたいだけですよ、おわかりでしょう? あなたの楽器、跪いた状態でも自分の尻に突っ込めるものだと思うんですが、合ってますかね?<英語原作は「If I beat you to a pulp would you try to protect your face or your hands? Which would be the more serious - if you couldn't sit down for a week or couldn't stand up? I'm trying to narrow it down, you see. Can I take it you don't stick this instrument up your arse in a kneeling position?」>

アレクサンドル 私はどんな楽器も演奏できません。

イワノフ もっと打ち解けてくださっていいんですよ? 僕は偏見のない人間ですから。考えてみてください。僕の家にはしばしばオーケストラ団員が訪れました。僕自身が招いたんです! 何故かって? だって僕らは誰しも僅かなりとも音楽家なんですから。それは違うと言い張るのは視野の狭い狂信者でしょう。そういうわけで、僕はクラリネット奏者さえも家に招いて食事を振る舞いましたよ。フランスの売春婦やジゴロに街中で話しかけられたって無視などしません。僕はホルンとピッコロの話をしているんです。あいつらが淫売だろうとね。<註:英語原作にはない科白です。>ですから僕のことは気遣わなくたっていいんです、マエストロ。僕は彼らみんなと同じテーブルに着きました。打楽器奏者も拒まずに全員と。僕らはミャスコフスキーの肉を食らい、チャイコフスキーの血を飲み、共にプッチーニで腹を満たしたんです。<註:英語原作の直訳は「ヴェルディのタリアテーレ(卵を混ぜた細長くて平たいパスタ)の皿をシェアしてプッチーニで腹を満たした」。ロシア語翻訳でヴェルディに差し替えられるミャスコフスキーはもちろんロシアの作曲家で、ベートーヴェン以降の作曲家としてはきわめて異例の27曲もの交響曲を作曲したことで有名。>誰がキッチンで楽団員に食わせていたのかも知っています。残飯でしたね。まさに下僕の扱いですよ。そうでもしないと自分らが愛犬やらライオンやらの餌にされるんです。でも僕は音楽家を愛しています。尊敬しています。人々に代わって讃えたいんです。ねえ、僕が今あなたの頭にあなたの楽器を叩きつけたら、あなたは誰を所望しますか? 指物師? 溶接工? 神経外科医?<註:露訳では終盤のキッチン云々がだいぶ自由に訳されています。英語原作の全文は「You can speak frankly. You will find I am without prejudice. I have invited musicians into my own house. And do you know why? - Because we all have some musician in us. Any man says he has no musician in him, I'll call that man a bigot. Listen, I've had clarinet players eating at my own table. I've had French whores and gigolos speak to me in the public street, I mean piccolos, so don't worry about me, maectro, I've sat down with them, drummers even, sharing a plate of tagliatelle Verdi and stuffed Puccini - why, I know people who make the orchestra eat in the kitchen, off scraps, the way you'd throw a trombone to a dog, I mean a second violinist, I mean the lions; I love musicains, I respect them, human deing to a man. Let me over your head, would you need a carpenter, a welder, or a brain surgeon?」>

アレクサンドル 私はどんな楽器も扱えません。音楽家だったら隠したりしませんよ。でも私は演奏しません。演奏したことがないんです。演奏できないんです。私は音楽家じゃないんですから。

イワノフ じゃああんた、ここで何してるの?<註:英語原作は「What the hell are you doing here?」。露訳ではここでアレクサンドルに対するイワノフの口調が「あなた」から「あんた」といきなり雑になります。でもあとで「あなた」に戻ります。>

アレクサンドル 私はここに入れられたんです。

イワノフ どうして?

アレクサンドル 虚偽の情報を故意に広めたせいで。<註:英語原作はシンプルに「For slander.(誹謗罪で)」>

イワノフ 誹謗罪? よくもまあ音楽家の名誉を毀損できたものだね! ピアニストを撃つなって言うだろ!? 簡単な話だ!<註:英語原作の全文は「Slander? What a fool! Never speak ill of a musician! - Those bastards won't rest. They're animals, to a man.」。定かではないのですが露訳の「ピアニストを撃つな」は、おそらくオスカー・ワイルド著「アメリカの印象」の「ピアニストを撃たないでください。彼は最善を尽くしています。」(オスカー・ワイルドbotさまより引用)が元です。余談ですがことわざや格言を使わせると一気にロシア人みが増します。>

アレクサンドル 音楽じゃない。政治についてですよ。

イワノフ 助言をみっつあげようか? ひとつ、音楽に政治を持ち込むべからず。ふたつ、担当の精神科医にすべてを明かすべからず。みっつ、音階を奏でよ!<英語原作は「Let me give your some advice. Number one - never mix music with politics. Number two - never confide in your psychiatrist. Number three - practise!」>

アレクサンドル ありがとう。

   イワノフは今一度トライアングルを打ち鳴らす。監房の灯りが消える。

   打楽器隊の演奏が聞こえる。プロフェッショナルなものではなく子供の演奏である。バイオリンの音も聞こえるがまとまりはなく、ただ単に弦を弾いている。
   まもなく打楽器奏者のあいだで混乱が生じる。トライアングルがずっとでたらめに打ち鳴らされて全体の演奏をかき乱すせいである。ついに他の楽器の音がすべてやみ、聞こえるのはせわしなくて神経質なトライアングルの音だけになる。やがてその音も静まっていく。


   教室

   女教師とサーシャがいる場所に照明が当たる。女教師は手にトライアングルを持っている。

女教師 ねえ、あなたもしかして色盲なのかしら?

サーシャ 違います。

女教師 楽譜をこちらへ。

   サーシャは机の上の楽譜を女教師に差し出す。

ごらんなさい。赤い色は? どのパート?

サーシャ 弦楽器です。

女教師 緑色は?

サーシャ タンバリンです。

女教師 紫は?

サーシャ 太鼓です。

女教師 黄色は?

サーシャ トライアングルです。

女教師 あなたには黄色の音符が立て続けに40個も並んでるように見えてるの?

サーシャ いいえ。

女教師 そうよねえ。じゃあどうしてあんな演奏を? それがおうちの方針なのかしら? 場違いなのにいちいち出しゃばって。<註:英語原作ではここまで言っていません。>あなたのお名前はすっかり噂の種よ。わかってるの?<註:「サーシャ」は「アレクサンドル」の愛称であり、ロシアでは伝統的な名前を使い回すため親子で同名も多々あります。つまりこのサーシャくんも本名のフルネームは「アレクサンドル・イワノフ」で、「あなたの名前は知れ渡った」のは、「同姓同名である父親が政治犯として拘束されその名前が報道された」からです。>

サーシャ わかってます。

女教師 あらどうして?

サーシャ みんな言ってますから。

女教師 本を開きなさい。

サーシャ どの本ですか?

女教師 どれでもいいわ。「父と子」<註:ツルゲーネフ著>はどう?

   サーシャは学校机の上から本を取る。

女教師 ツルゲーネフ?

サーシャ いいえ、幾何学の教科書です。

女教師 ねえ、あなたのお名前は世界中に知れ渡ったのよ。電報が飛び交ったの。あらゆる新聞の紙面を飾って、ラジオでも取り上げられて。そんなに有名じゃあ他の色なんて目に入らないわよね。いいわ、あなたのために曲を書き直してあげる。どのパートも黄色で塗り潰せばいいんでしょう? まるでタンポポ畑ね。船の鐘みたいに鳴り響いて告げるのよ、スプーンを取れ、パンを取れ、夕食の席につけ、ってね。<註:タンポポ畑以降の英語原作は「It will look like a field of buttercups, and sound like dinnertime.」で直訳は「それはまるでキンポウゲ畑のように見えて夕食の時のように鳴り響くでしょう。」です。>

サーシャ オーケストラで演奏したくありません。

女教師 本を開いて。紙とペンを取りなさい。あなた、反社会的人物がどうなるかわかったでしょう? 逆らったらどうなるの?<註:英語原作は「You see what happens to anti-social malcontents.」だけです。>

サーシャ 僕は精神病院に入れられるんですか?

女教師 まさか。読み上げなさい。

サーシャ 点とは部分を持たないものである。<註:以下、サーシャが読み上げるのはユークリッドの定理です。>

女教師 精神病院は自分が何をしているのか理解できない者のためにあるのよ。

サーシャ 線とは幅のない長さである。

女教師 彼らは自分が何をしているのかは理解できるけども社会に害をもたらしているのは理解できない。

サーシャ 直線とはその上にある点について一様な線である。

女教師 自分達の振る舞いが反社会的であると自覚はしているくせに狂信者なの。

サーシャ 円とは、一つの線に囲まれた平面図形で、その図形の内部にある1点からそれへ引かれたすべての線分が互いに等しいものである。

女教師 病人だわ。

サーシャ 多角形とは線分に囲まれた図形である。

女教師 収容すべきは監獄ではなく精神病院なのよ。

   間。

サーシャ 三角形とは最も少ない数の辺で構成された多角形である。

女教師 素晴らしいわ。完璧ね。十回書きなさい。正確に、綺麗な字で。ちゃんといい子にしてられたなら、あなたを他のパートに変更してあげるわ。

サーシャ 父も同じことをさせられるんですか?

女教師 ええ。お父さんはこのフレーズを書き綴っているところよ。「私はオーケストラで演奏し、輪から外れたりはしません」<註:英語原作は「Yes. They make him copy, 'I am a member of an orcherstra and we must play together.'」で直訳は「ええ。彼らは彼にコピーさせるでしょう。“私はオーケストラのメンバーであり彼らと共に演奏します”と。」です。>

サーシャ 何回?

女教師 100万回。

サーシャ 100万回?

   間。

サーシャ (叫ぶ)パパ!

アレクサンドル (叫ぶ)サーシャ!

   アレクサンドルが叫ぶのは夢の中であり、舞台上では反対側である。イワノフは寝台に座ってアレクサンドルを観察している。以下のやりとりのあいだ、オーケストラはいくつかの和音を奏でる。

サーシャ パパ!

女教師 しっ!

アレクサンドル サーシャ!

   音楽は続く。主に打楽器である。十秒ほどすると、演奏は鋭くて小刻みなトライアングルの音に飲まれていく。やがて他の楽器は鳴り止み、トライアングルだけが残される。
   アレクサンドルが起き上がる。トライアングルは静まる。


   檻房

イワノフ スプーンを取れ、パンを取れ……。<註:英語原作は「Dinnertime.」です。イワノフはアレクサンドルが夢で見た女教師の科白を繰り返しています。>

   オーケストラ。


   診察室

   灯りの点った診察室にイワノフがやってきてテーブルに着く。オーケストラの第三バイオリンのひとりが持ち場を離れ、壇上から降りてイワノフ同様診察室に入ってくる。オーケストラはバイオリニストの行動を揶揄するようなメロディを奏でる。イワノフは診察室の机に向かっている。バイオリニストは医者に変わり、机に近づいてバイオリンを置く。そのあいだずっとオーケストラは彼の動きを追っており、彼もオーケストラの音楽に従って行動する。
   イワノフは飛び上がり、あたかもオーケストラと対峙しているかのように叫ぶ。

イワノフ もういい! うんざりだ……。<註:英語原作は「All right, all right!」>

   音楽は唐突に終わる。医者は待ちかまえるかのようにイワノフを見ている。

イワノフ (医者に)すみません。

   イワノフは座る。医者も座る。医者の所作に合わせて弦楽器が伴奏する。イワノフはまた飛び上がる。

(叫ぶ)目にもの見せてやるからな!<註:英語原作は「I'll have your gut for garters!」>

医者 座ってください、どうぞ。

イワノフ (座る)ただ叱っただけですよ。わかってくれてます。<註:英語原作は「It's the only kind of language they understand.」>

医者 錠剤はどうでした? 何の効果もなかったんですか?

イワノフ 僕にはわかりません。団員に何を投与したんですか?

医者 お聞きなさい。オーケストラは実際には存在していません。オーケストラの存在を我々が否定してからでないと治療などできないんですよ。

イワノフ ということは、肯定すれば存在するんですね。

医者 (机の上のバイオリンを弾いて)オーケストラは存在しません!

   イワノフはバイオリンを見やる。

医者 私のオーケストラは存在しますがあなたのオーケストラは存在しません。

イワノフ それはあなたにとって論理的に?

医者 話せば長くなりますが。私は音楽愛好家でしてね。<註:英語原作にはありません。>時々オーケストラで演奏しているんです。それが私の趣味です。私のオーケストラは存在します。ですがあなたのオーケストラは存在しません。ここではあなたは患者であり、私は医者なのです。あなたのオーケストラは存在しないとこの私が言うからには存在しないんですよ。実に論理的でしょう……。<註:英語原作全文は「It just happens to be so. I play in an orchestra occasionally. It is my hobby. It is a real orchestra. Yours is not. I am a doctor. You are a patient. If follows that you do not have an orchestra. If you tell me you have an orchestra, it follows that you do not have an orchestra. Or rather it does not follow that you do have an orchestra.」。直訳は「まさしくそうですね。私は時々オーケストラで演奏しています。それが私の趣味です。現実のオーケストラです。あなたのは違う。私は医者です。あなたは患者です。すなわちあなたにはオーケストラがありません。あなたが私にオーケストラがあると言うならあなたのオーケストラはありません。あるいはむしろ、あなたのオーケストラがあるということにはならないのです。」>

イワノフ オーケストラさえなければ僕は幸せになれた。

医者 まさしく。

イワノフ 僕はオーケストラなんて欲しくなかった。

医者 そうでしょうとも。では復唱してください。“僕のオーケストラは存在しません。僕のオーケストラは存在しませんでした。僕にはオーケストラが必要ありません。”

イワノフ そのとおりだ。

医者 “僕のオーケストラは存在しません。”

イワノフ そりゃあいい。

医者 ですよね。

イワノフ 僕のお願いを聞いてくれませんか?

医者 何でしょう?

イワノフ 演奏をやめろと彼らに伝えてください。

医者 やめますよ。彼らは存在しないとあなたが認めるだけでいいんです。

   イワノフは立ち上がる。

イワノフ 僕のオーケストラは存在しない。

   オーケストラが和音を奏でる。

僕のオーケストラは存在しなかった。

   和音が二度鳴る。

僕にはオーケストラが必要ない。

   和音が三度鳴る。

オーケストラは存在しない。

   オーケストラが演奏する。壮麗に、大音量で。
   診察室の灯りが消える。監房の灯りが点る。


   監房

   そのあいだ中ずっと、監房のアレクサンドルは自分の寝台で眠っている。イワノフが戻ってくる。彼はトライアングルのビーターを取り上げる。眠っているアレクサンドルのそばに立って彼を眺める。音楽が不安を掻き立て始め、やがて恐ろしいものに変わる。それはアレクサンドルの悪夢である。音楽の主旋律は大詰めを迎えそうになるが、その時アレクサンドルは目を覚まして飛び上がる。音楽はやむ。
   沈黙。

イワノフ すみません。手に負えない連中なんです。<註:英語原作は「Sorry. I can't control them.」>

アレクサンドル どうか……。

イワノフ 心配しないでください。どうするべきかはちゃんと心得ています。トランペット奏者が寄ってきたら歯をへし折りますし、バイオリン奏者は鼻面を蹴り上げてやりますよ。このブーツでね。チェロ奏者はなんとでもなります。あなたはどんな楽器ができますか?<註:英語原作全文は「Don't worry, I know how to handle myself. Any trumpeter comes at me, I'll kick his teeth in. Violins get it under the chin to boot, this boot, and God help anyone who plays a cello. Do you play a musical instrument?」>

アレクサンドル 何もできません。

イワノフ 気にしないでいいですよ。あなたの話を聞かせてください。子供時代のこと、家族のこと、初めての音楽の先生のこと。そもそもの始まりは何だったんですか?

   アレクサンドルの話には特別な照明と音楽が伴わなければならない。これはソロパートなのである。

アレクサンドル ある日、発禁本を所持していた罪で私の友人は逮捕され、一年半精神病院に収監されました。おかしな話だと私は思いました。彼が解放されると、今度は二人の作家が逮捕されました。偽名を用いて海外でとある短編を出版したAとBです。彼らは実名でそれぞれ五年と六年の強制労働を課せられました。まったくもって不可思議でした。私の友人のCはAとBの逮捕に抗議するデモ活動を行いました。気違い沙汰だと警告はしました。ですが彼は耳を貸さずまたもや精神病院に送られました。<註:英語原作は「I told him he was crazy to do it, and they put him back into the mental hospital.」>そこにDが加わります。彼はAとBの裁判の様子を手紙で書き送り、その裁判について友人のE、F、G、Hと討議しました。全員逮捕されました。I、J、K、Lともうひとり、全部で五人がE、F、G、Hの逮捕に抗議しました。彼らもまた逮捕されました。翌日にはDも。五人目は私の友人のCだったのです。<註:この友人Cはソ連の作家、人権擁護者、政治家のヴラジーミル・ブコフスキーです。序文で名指しされています。>AとBの逮捕の抗議デモに参加したせいで精神病院に入れられて、釈放されたばかりでした。この時も私は彼に忠告しました。E、F、G、Hの逮捕に抗議するのは狂気の沙汰でしかないと。ここで彼が課せられたのは三年の強制労働です。<註:英語原作は「and I told him he was crazy to demonstrate against the arrest of E, F, G and H, and he got three years in a labour camp.」>あまりにも不当なことだと思えてなりませんでした。MはC、I、J、K、Lの裁判のデータを本にしたためた上、収容所での体験を綴って更に一年刑期が延びたTの裁判に、仲間のN、O、P、Q、Rと共に出席しました。そこで、1968年のソ連軍によるチェコスロバキア侵攻が明らかになりました。<註:1968年「チェコ事件」。チェコスロバキアの自由化政策 (プラハの春) に対して 1968年8月にソ連などが行なった軍事介入。>その翌日、M、N、O、P、Q、R、Sは赤の広場でデモを企てました。彼らは全員逮捕され、ある者は収容所に、ある者は精神病院に送られました。71年の出来事でした。AとDの逮捕から三年後のことです。私の友人Cの刑期は作家のAと同時に満了しました。そこですぐさま奇行に走ったのです。自由の身になるや否や、彼はみんなに語り始めました。精神科医は政治のために、政体との不一致ゆえに健康な人間を精神病院に送り込んでいるのだと。作家のBが釈放された時、彼は反ソビエト扇動と誹謗の罪で裁かれました。判決は七年の投獄と強制労働、その後五年の流刑でした。
 作家達の受難がおわかりいたただけましたか。<註:英語原作は「You see all the trouble writers cause.」>

   静かに、そして徐々に、主旋律が再び流れ始める。演奏しているのは子供の打楽器隊である。

奴らは正常な人間の人生を台なしにしてしまった。
 私の幼少期はごくありふれたものだった。どこにでもいるような少年でしかなかったし、就いた仕事も月並みで、普通の女性と結婚した。彼女は出産時に静かに亡くなりました。私という存在にとって唯一特筆するに値した友人は、私の息子が七歳になるまでずっと逮捕拘禁され続けていたのです。
 そして私のあの行動も、とても正気の沙汰ではなかった。<註:英語原作は「Then one day I did something really crazy.」

   打楽器はてんでばらばらに演奏を再開する。今回彼らの和を乱すのはトライアングルではなく小太鼓である。誰かがやたらめったら打ち鳴らしている。その後演奏は唐突に止み、学用机の後ろに立つサーシャに照明が当たる。彼の傍らには穴の開いた太鼓が置かれている。女教師が微動だにせず並んで立っている。必須ではないが、録音された小学校の校庭のざわめきが流れているのが望ましい。


   教室

女教師 これがあなたのやりかたなのね。せっかく私がよくしてあげたのに。あなたのお父さんもそうだったんでしょうよ。まずは学校の器財を壊して、それから素性の知れない連中と片っ端から仲よくなって。ええ、そうやって手紙を書き出したのね。ソ連権力を誹謗する手紙を。とんだ大嘘つきね! 上司を騙し、政党を騙し、新聞記者も、外国人も……。<註:英語原作は「So this is how I am repaid. Is this how it began with your father? First he smashes school property. Later he keeps bad company. Finally, slanderous latters. Lies. To his superiors. To the party. To the newpapers... To foreigners...」。「ソ連権力」は英語原作にはありません。>

サーシャ 父は嘘をつきません。僕が一度嘘をついたらベルトでひっぱたかれました。

女教師 彼は嘘つきよ! 誹謗中傷でプラヴダ紙を攻撃したわ! 何が目的だったのかしらね。

   女教師とサーシャの上の照明が消える。すぐさまアレクサンドルが話し始める。

アレクサンドル 私はアルセナーリナ通りのレニングラード特別精神病院に収容され、三十ヶ月そこで過ごし、そのうち二ヶ月間ハンストしました。
 もちろん自殺は各自の自由ではあるものの、それは無名の人物に限っての話です。西欧で名の知れた者に死なれては都合が悪い。面倒なことになる。トロイカ体制も裁判なき判決も遠い過去なのです<註:英語原作は「The bad old days were over long ago.」。「トロイカ体制」も「裁判なき判決」もありません。>ロシアは文化的な国であり、「白鳥の湖」を世界一美しく踊り、宇宙へと人類を導く国なのです。それなのにハンストで誰かが自ら自死を選ぶなどあってはならない。<註:英語原作は「Russia is a civilised country, very good at Swan Lake and space technology, and it is confusing if people starve themselves to death.」。直訳は「ロシアは文明的な国であり、白鳥の湖や宇宙技術で優れている。なのに人がハンストで自死するのはおかしな話です。>
 ハンスト開始から二週間後、彼らは私のもとに息子をよこしました。私に食事をするよう説得させるためです。あの子はもう九歳でしたが、何をどう話せばいいのかよくわかっていなかった。

サーシャ (アレクサンドルには直接語りかけずに教室で喋る)海外から手紙が来たよ。僕らの写真が載った新聞の切り抜きが入ってた。

アレクサンドル なんて書いてあった?

サーシャ わからないよ。全部英語だったもの。

アレクサンドル 学校はどうだい?

サーシャ まあまあかな。幾何学の授業が始まったけど全然わからない。

アレクサンドル おばあさんは?

サーシャ 元気だよ。パパの臭い、爪を塗ってる時のオリガと同じだね。

アレクサンドル オリガって誰のことだ?

サーシャ 今パパの部屋に住んでる人だよ。パパが帰ってくるまで。<註:当時のソ連の住宅事情は熾烈で空き部屋が出ると人が殺到した。>

アレクサンドル なるほど。わかったよ。

サーシャ ここだとパパは爪を塗らなきゃいけないの?

   会話はここで終わる。再びアレクサンドルのソロ。

アレクサンドル 人間は長いあいだ食べずにいるとアセトンの臭いがするのです。ニスを落とすために使う液体です。人体からたんぱく質と炭水化物のストックが尽きていくと、脂肪の新陳代謝が始まる。アセトンはその過程の副産物です。逆にこうも言い換えられますね。マニキュアを落とす時の娘は飢餓の臭いがする、と。二ヶ月後には私の小便でニスを落とすことができました。そこで彼らまた私のもとにサーシャをよこしたのです。私を見たあの子は言葉を失いました。

サーシャ (叫ぶ)パパ!

アレクサンドル 彼らは譲歩しました。ある程度回復すると私はこちらに移送されました。
 おそらく釈放されるはずだったのでしょう。アルセナーリナから民間病院に移送するのは、民間病院から路上に放つよりも難しいことです。だが彼らには彼らの規則があった。すべてはあるべきところに、しかるべき形で。<註:英語原作は「But it has to be done right. They don't want to lise ground. They need a formula.」>まだ時間はかかるでしょうがかまいません。私は「戦争と平和」を読みます。
 すべてうまく行くでしょう。

   オーケストラ。


   教室

   この場面は音楽の枠組みの中で進行し、徐々に次の場面へと移行していく医者のバイオリンソロで完成する。

サーシャ 三角形は三つの点の間の距離が最も短いものである。

女教師 何を言ってるの?

サーシャ 円とは同じ点までの距離が最も長いものである。

女教師 サーシャ!

サーシャ 高い壁によって構成された平面は牢獄であって病院ではない。

女教師 黙りなさい!

サーシャ 何だっていいよ! パパは家では病気じゃなかったんだ! 一度だって!

   音楽。

女教師 泣かないで。

   音楽。

すべてうまく行くわ。

   音楽はバイオリンのソロに進む。
   教室の照明が消える。


   診察室

   医者がひとりでバイオリンのソロパートを演奏している。バイオリンの音が止む。

医者 どうぞ。

   アレクサンドルが医者のいる位置を照らす照明の中に入ってくる。

医者 こんにちは。お座りください。あなたは何か楽器が演奏できますか?

アレクサンドル (仰天して)あなたも患者なんですか?

医者 (陽気に)いいえ、私は医者です。患者はあなたですよ。ここで我々は患者と医者を混同しないよう努めねばなりません。先進的な精神医学施設における医者と患者の違いについては議論の余地があるとはいえど。(バイオリンをケースに丁寧にしまい、諭すように続ける。)世界中の誰もがバイオリンを演奏できたら私は職を失っていたところでした。

アレクサンドル 精神科医の?

医者 バイオリニストの。その代わり精神病院は満室だったでしょうね。あなたは音楽家に疎いと見えます。都立第三精神病院にようこそ。何かお悩みですか?

アレクサンドル お願いがあります。

医者 (カルテを開いて)ええ、ええ、存じています。偏執病を伴う人格の病理的な変化についてですね。<註:英語原作は「pathological development of the personality with paranoid delusions.」>

アレクサンドル いいえ、私は完全に健康です。<註:英語原作は「No, there's nothing the matter with me.」>

医者 (カルテを閉じて)そうでしょうか。

アレクサンドル お願いというのは同じ監房の患者についてです。

医者 病室のことですね。

アレクサンドル 彼は自分がオーケストラを従えていると信じています。

医者 ええ、彼には自己同一性の問題があります。<註:英語原作は「Yes, he has a identity problem.」>彼の名字を忘れてしまった。

アレクサンドル 彼の言動は攻撃的です。

医者 彼からもあなたのことで苦情が来ています。オーケストラがデクレッシェンドで演奏していた時に咳き込まれたそうですね。

アレクサンドル 何か手を打っていただけますか?

医者 もちろんです。(引き出しから錠剤の入った赤い箱を取り出す)四時間ごとに一錠しゃぶってください。

アレクサンドル だが彼は完全に狂っている。

医者 もちろん狂ってます。あなたこそ、いまだにそんなたわごとをこねくり回している。精神病院には正常な人間だけが入れられていて、外の通りをうろついているのは狂人だけだと思われるんですか? あらゆる作家がとっくの昔に思いついたことですよ。強烈な想像力を持つ者達です。ここでは彼らはおのおのしかるべきところに入れられていますが。お聞きなさい、すべては愚かしい作り話なのですよ。統計に基づくならば、正常な人間は外にいて、狂人は中にいるのです。一例としてあなたも中にいる。まさにそのせいで、健康な人間が精神病院に入れられているという妄想に囚われてしまっているのです。<註:英語原作全文は「Of course. The idea that all the people locked up in mental hospitals are sane while the people walking about outside are all mad is meraly a literary conceit, put about by people who should be locked up. I assure you there's not much in it. Taken as a whole, the sane are out there and the sick are in here. For example, you are here because you have delusions that sane people are put in mental hospitals.」。作家云々のくだりは英語原作にはありません。>

アレクサンドル ですがこの私自身が精神病院の中にいるんですよ。

医者 私もその点について言及するところでした。あなたに健全な視点からご自身のケースを審議しようとする心構えができていなければ、私達は今後も堂々巡りを続けるか同じ場所で足踏みし続けるしかない。ところで、あなたはどの楽器も演奏できないと言いませんでしたか?<註:英語原作は「Did you say you didn't play a musical instrument, by the way?」>

アレクサンドル はい。<英語原作は「No.」>私を他の監房に移せませんか? 独房は?

医者 「はい」とは? 「はい、演奏できません」ということですか? 「はい、言いませんでした」ですか?<註:英語原作ではこの質問はあとに回されます。> いいですか、まずははっきりとさせておきましょう。あなたは都立精神病院にいます。保険省の管轄下にある一般病院です。ここには病室はあれど監房はありません。監房は牢獄にあるのです。あるいは、内務省の管轄下の特殊精神病院にならあるかも知れませんが。監房に入れられるのは、社会にとって危険な囚人です。また、社会にとって危険な患者も……。<註:英語原作ではここで「No, you didn't say, or no, you don't play one?」と聞き返します。>

アレクサンドル 私を個室に移してもらえませんか?

医者 すみませんができかねます。大佐が、えっと、あなたの件を受け持っているドクター・ロジンスキーが、あなたの監房、いや、病室の同室者を決めたものでして。

アレクサンドル だが彼は私を殺しかねません。

医者 考慮すべきはロジンスキー氏があなたにとって何が有益なのかを把握しているという点です。私としては精神科医が必要だと思うのですが。

アレクサンドル あなたはそのロジンスキーとやらが医者ではないとおっしゃりたいのですか?

医者 もちろん医者ですよ。彼はどんな形であろうが祖国のために仕える覚悟があります。しかしながら、精神医学の分野では高等教育を受けていません。

アレクサンドル では何の専門家なんですか?

医者 意味論です。彼は言語学の医師ですがその学問が何なのかは神のみぞ知るところです。ですが英雄だと言われてますね。

アレクサンドル (怒って)彼とは会いたくありません。

医者 おそらく会う必要はないでしょう。あなたは帰宅なさるのが一番だと思いますよ。例えば木曜に。それでいかがですか?

アレクサンドル 木曜日?

医者 木曜では駄目ですか? 毎週水曜に委員会があるんです。ですから火曜の夜までにあなたの統合失調症を完治させてしまいたいですね。できれば七時までに。私はコンサートがあるので。(錠剤の入った大きな青い箱を取り出す。)四時間ごとに服用してください。

アレクサンドル 何の薬ですか?

医者 緩下剤です。

アレクサンドル 統合失調症に?

医者 時として素人には医学の目覚ましい発展が理解できないものなのです。

アレクサンドル わかりました。じゃあ私はまた「戦争と平和」を読みます。

医者 ええ。ところで、委員会に出られる際は口を慎んでください。決してもめ事を起こさないように。質問されない限り「戦争と平和」の話題を出してはいけません。私があなたでしたら返事は「はい」と「いいえ」のふたつだけにとどめておきますね。精神病に苦しんでいるかと聞かれた時には「はい」、今後も嘘をついたり誹謗中傷するつもりがあるか聞かれた時は「いいえ」。あとは「もちろんです」と「すみません」ですね。治療に満足しているかと訊かれたら「もちろんです」、人生についておおむねどう考えているか訊かれたら「すみません」、質問が聞き取れなかった時もですね。それで片がつきます。

アレクサンドル 私はいかなる精神病にも一度たりとも苦しんでいません。私が受けた治療とやらは野蛮なものでした。

医者 まったくもって愚かさとは不治の病ですね。いいですか? 私はあなたが完治した報告しなければならないのです。あなたは自分の考えを改めて治療に対する感謝を表明しなければなりません。私達は協力し合って振る舞うべきなのですよ。

アレクサンドル KGBはドアを破って私の家に押し入り、私の息子と義母を怯えさせてしまった。投獄された友人を擁護する手紙を書いた、ただそれだけで私は狂人にされたんです。私の友人は既に二回、政治的な理由で精神病院に送られていました。その後、精神科医は正常な人間を精神病院送りにしていると語ったせいで彼は逮捕されました。今度は監獄送りです。何故なら彼は狂人ではないのだから。そのことを書こうとしたために私もまた精神病院に入れられました。ところでアルセナーリナ病院に関するあなたの見解は正しいです。なるほど、あそこにあるのは病室ではなく監房でした。窓には格子がはめられ、ドアには覗き穴、昼も夜も明かりが灯されていた。要するに何もかもが牢獄と同じだった。看守、悪党、おべっか使い……但し規則はもっと厳しかった。窃盗や重い刑事罰で投獄された囚人が看護師として働いていた。患者を殴り、苛み、食事を奪い、しかし医者はそれらを隠蔽した。どの医者も白衣の下にはKGBの制服をまとっていたんです。政治犯の治療と懲罰は密接に結びついていた。アミナジン、スルファジン、トリフタジン、ハロペリドール、インスリン、それらを私は注射され、その結果はどうだ。むくみ、けいれん、頭痛、悪寒、さまざまな機能が損なわれ、読むことも寝ることも座ることも立つことも、自力でズボンのボタンを留めることすらできなくなった。どの治療も功を奏さず、次に私は裸にされて濡れた布でベッドにくくりつけられました。布地が乾くと全身をきつく締め上げられるんです。しまいには私は気を失った。それが十日間続きました。だが私は懺悔など一切しなかった。<註:英語原作は「They did this to me for ten days in a row, and still my condition did not improve.」>

 その後私はハンストを宣言しました。私に死ぬ覚悟があると知ると奴らは怖じ気付いた。なのに今あなたは、誇大妄想を治療してくださってありがとうと私が感謝を述べて恭しくひざまずきここから這い出していこうとすると思われるんですか? まさかそんな。奴らは負けたのです。奴らはそれを認めなければならない。どうやら奴らは自分達もいずれは死ぬことを失念しているようだ。おそらくこの裁判で奴らが初めて味わわされた敗北だったんでしょう。<註:英語原作は「Losing might be their first touch of it for a long time.」>

   医者はバイオリンを取り上げる。

医者 お子さんのことは心配じゃないんですか? 年若くして今にも犯罪に走りそうですよ。<註:英語原作は「What about your son? He is turning into delinquent.」>

   医者は弦を爪弾く。<註:ロシア語翻訳は英語の語呂合わせの「良い子はみんなご褒美がもらえる」をはなから捨てて「ドレミファソラシ」としているため何も書かれていませんが、英語原作ではここで医者が奏でるのは「EGBDF」と指定されています、>

彼は良い子です。ご褒美で父親がもらえるでしょう。

   医者はまた弦を爪弾く。


   教室

女教師 今はまるで別の時代なのよ。三十年代や四十年代末とは違う。<註:英語原作は「the bad old days」のみ。スターリンの大粛清です。>私が学校に通っていた頃が特にひどかったわ。まさに今あなたのお父さんが受けているような弾劾に、なんら罪もない人々が晒されていた。それが今は全部変わった。憲法が国民に自由を保証してくれている。良心の自由を、出版の自由を、言論の、集会の、信仰の自由を。それらの他にも多くの自由を。ソビエト連邦の憲法はいつだって全世界で一番の自由主義だった。革命直後に新憲法が執筆された時からずっと。<註:1936年に制定された、二番目のソビエト連邦憲法であるソビエト社会主義共和国連邦憲法(1936年)。スターリン憲法とも言われる。>

サーシャ 誰がそれを書いたんですか?

女教師 ニコライ・ブハーリン。<註:みっしり長い日本語ウィキがありますのでそちらを参照してください>

サーシャ その人に父のことで質問できませんか? 父の自由について。

女教師 残念ながら、ブハーリンは新憲法が制定されてすぐ銃殺されたの。その頃は全部違っていた。恐ろしい時代だったわ。


   監房

   アレクサンドルは「戦争と平和」を読み始めたばかりである。イワノフが肩越しに本を覗き込んでいる。

イワノフ “ねえいかがでございます。公爵。ジェノアもルッカもボナパルト家の領地同様になってしまいましたよ”<註:レフ・トルストイ著「戦争と平和」冒頭。ここでは米川正夫訳から引用しています。次のイワノフの科白も同様。>

   アレクサンドルは苛々する。イワノフはヒステリックに大笑いする。

イワノフ “もしもあなたが今べつに戦争というようなものはないとおっしゃったり、色んな忌まわしい恐ろしい所業を弁護したりなさると……”

   アレクサンドルは椅子から跳ね起きて本を閉じる。オーケストラは何小節かチャイコフスキーの荘厳序曲「1812年」を演奏する。イワノフはアレクサンドルの肩を鷲掴む。不安が掻き立てられる場面。次の瞬間には暴行や殴り合いが始まりかねない。その後、イワノフはアレクサンドルの両頬に接吻する。

イワノフ 勇敢であれ、友よ! 僕のオーケストラはみんな自分の指揮棒を持ってるんだ。将軍になろうと望まない兵隊は悪い兵隊なんだよ。<註:ロシアのことわざです。英語原作にはありません。>次は君の番だ!
<英語原作原文は「Courage, mon brave! Every members of the orchestra carries a baton in his knapsack! Your turn will come.」>

   診察室

医者 どうぞ!

   診察室にアレクサンドルが入ってくる。

医者 あなたの振る舞いにはつくづく不安にさせられます。あなたの精神状態が万全ではないように思えてきました。あなたがパラノイアタイプの統合失調症に苦しんでいようとです。今や民間病院であなたの症状に対処しきれるかどうかすら疑わしいですね。

アレクサンドル 私には症状ではなく見解があるだけです。

医者 あなたの見解、それ自体が症状なのです。あなたは異論派ゆえに病んでいる。あなたの統合失調症のタイプは他者の目に留まる形での心理的変化に適していない。あなたのケースはピョートル・グリゴレンコ将軍<註:ソビエト軍作戦参謀で反スターリンのリーダーのひとり。やはり精神病院に入れられた。>によく似ています。モスクワのセルブスキー研究所の一流精神科医の論文ですが、彼の一見安定した振る舞いと形式上筋の通った発言は、実際のところは人格の病的な変化を裏付けるものなのです。わかりますか? 私にはあなたを救えません。それはそうと、あなたの口から飛行機の糊<註:英語原作は「aeroplane glue」>か何かの臭いがしますね……何を食べましたか?<註:英語原作全文は「Your opinions are your symptoms. Your disease is dissent. Your kind of schizophrenia does not presuppose changes of personality noticeable to others. I might compare your case to that of Pyotr Grigorenko, of whom it has deen stated by our leading psychiatrists at the Serbsky Institute, that his outwardly well-adjusted dehaviour and formally coherent utterances were indicative of a pathological development of the personality. Are you getting the message? I can't help you. And furthermore your breath stinks of aeroplane glue or something - what have you been eating?」>

アレクサンドル 何も。

医者 これまた不愉快な点です。ここではかつてハンストを決行した者はいないのです。正確に言えば一度ありましたが、その患者は病院食に抗議をしたのです。それは心理学的に是認し得るし効果も期待できます。食事ではなくすべての患者のモラル面で。

   間。

あなたは自分で薬を選べます。
 服用しないこともできます。
 服用したと言えばいいんです。

   間。

実際あなたは何がしたいんですか?

アレクサンドル(詩の朗読とは異なる平坦な口調で)
   私は顧みる 古きよき そして恐ろしい時代を
   判決は明快 私は十年 お前には十五年
   余計な言葉はねじ曲げられる
   我々はシベリアに マガダンに 帰る道はない
   許可なく転写すれば つるはしを手にエーゲ海へ
   車両にて 精神病院ならぬ強制労働収容所へ
<註:英語原作は
「I want to get back to the bad old times
 when a man got a sentence appropriate to his crimes -
 ten years' hard for a word out of place,
 twenty-five years if they didn't like your face,
 and no one pretended that you were off your head.
 In the good old Archipelago you're either well or dead -
 And the -」
力不足で日本語訳は諦めましたが、英語原作もロシア語翻訳も綺麗に韻を踏んでいます。>

医者 やめなさい! まったく、あなたは昔からそうやって詩にしてきたんですか?

アレクサンドル アルセナーリナでは紙もペンも禁止されていましたから。医学上の理由だそうで。何か記憶しておきたい時は詩にすると覚えやすいです。

医者 驚きましたよ。精神的な混乱の新たな形を発見してしまったのかと思いました。不朽の名声が私に笑いかけるのすら見えました。微笑んで、ペンを手に詩を書き綴ってましたよ。<註:英語原作全文は「You gave me a dreadful shock. I thought I had discovered an entirely new form of mental disturbance. Immortality smiled upon me, one quick smile and was gone.」>

アレクサンドル あなたの名前は歴史に刻まれるでしょう。

医者 何故そんなことを? それは私じゃありません! 私は命令されているだけです。どうでしょう、あなたが食事をしてくださるのなら、お子さんとの面会を認めますよ。

アレクサンドル ここにはあの子に来てほしくないですね。

医者 あなたが何も食べないのでしたらお子さんを呼びますよ。

   間。

意地を張ってはいけません。

   アレクサンドルは立ち上がって立ち去ろうとする。間。

錠剤は少しは効きましたか?

アレクサンドル 知りません。

医者 あなたは精神科医が健康な人間を精神病院送りにしていると思うのですか?

アレクサンドル ええ。

医者 錠剤は効いてませんね。

アレクサンドル イワノフにくれてやりましたよ。私と同姓なんです。

医者 まさに。だから大佐……えっと、ドクター・ロジンスキーはあなたたちを同じ監房に、つまり病室に入れるよう指示したんです。

アレクサンドル 同姓同名だから?

医者 あのお方は天才です。時として素人には医学の目覚ましい発展が理解できないものなのです。

アレクサンドル そうでしょうね。私は錠剤をイワノフにやりました。ちょうど下剤を必要としてましたので。

   アレクサンドルは出ていく。

医者 次の方。

   まさにその瞬間、出ていこうとするアレクサンドルとぶつかりそうになりながら、別人のように変貌したイワノフがトライアングルを手に入ってくる。彼は傲慢であると同時に卑屈でもある。

医者 こんにちは、イワノフ。さて、錠剤は役に立ちましたか?

イワノフ (トライアングルを鳴らす)僕のオーケストラは存在しない。

   沈黙。イワノフは指を立て、その沈黙を指し示す。再びトライアングルを鳴らす。

医者 (唐突に)今日は何曜日ですか?

イワノフ 僕のオーケストラは存在しなかった。

   沈黙。医者はしかし不安げで、今起こっている出来事の重要性を見逃してしまう。

医者 今日は何曜日でしたか? 火曜日?

   イワノフはトライアングルを鳴らす。

イワノフ 僕にはオーケストラが必要ない。

   沈黙。

医者 (怯えて)今何時だ!? 遅刻してしまう! オーケストラは待ってくれないんだ!

   医者はバイオリンのケースを抱えて出口に向かう。イワノフはトライアングルを鳴らす。

イワノフ オーケストラなんかどこにも存在しない!

医者 (退場しながら)いや、もちろん存在する! 死ぬほどな!

   オーケストラが声を上げる。和音をひとつ奏でる。

   イワノフはそれを聞くとうなだれる。更なる和音。医者は既に立ち去っている。

イワノフ (呆然と)僕のオーケストラは存在する。

   音楽。

いつだって僕のオーケストラは存在していた。

   音楽。

知ってたよ、僕のオーケストラは存在する。


   音楽。アレクサンドルは監房で自分の寝台に座っている。イワノフは診察室で医者の椅子に座っている。医者はオーケストラのバイオリンに加わっている。サーシャはイワノフのほうに向かっていく。
   音楽は長く続き、そして静まる。

イワノフ どうぞ。

サーシャ アレクサンドル・イワノフ。

イワノフ ご明察。で、君は?

サーシャ アレクサンドル・イワノフ。

イワノフ 馬鹿な子だな。

サーシャ ここに行けと言われました。父のことででしょうか?

イワノフ 父親の名前は?

サーシャ アレクサンドル・イワノフ。

イワノフ ここは病院じゃない。精神病院だ。

サーシャ 知ってます。あなたは医者ですか?

イワノフ イワノフ!? もちろんだ! ひどい話だよ。

サーシャ 父がどうしましたか、先生?

イワノフ 熊に耳を踏まれたんだ。<註:ロシアのことわざで「音楽の才能がない」という意味です。英語原作は「Tone deaf.」>君、音楽はどう?

サーシャ 何も。

イワノフ 何か演奏できる?

サーシャ トライアングルなら。それで僕は呼ばれたんですか?

イワノフ 他に何か?

サーシャ 太鼓のせいかと。

イワノフ 何の話?

サーシャ 引き留めないでください。オーケストラに戻ります。

イワノフ 僕のオーケストラに入ればいい。

サーシャ でも僕は何も演奏できません。嘘じゃないです。

イワノフ ふむ。トライアングルの演奏は大役じゃない。僕らはみなトライアングルに等しい。それは太古の偉大な音楽家であるユークリッドの第一の公理だ。<註:英語原作全文は「Everyone is equal to the triangle. That is the first axiom of Euclid, the Greek musician.」で、「トライアングルの演奏は大役じゃない」がありません。>

サーシャ ええ、わかります。

イワノフ 第二の公理はこうも聞こえる。トライアングルは健康ならくだよりも病人のほうが演奏しやすい。ここから第三の公理が導き出される。すなわち、らくだはトライアングルを演奏できる。要するに、ユークリッドの公理における最も重要な結論は、重病人であろうが誰にでもトライアングルは演奏可能だということである。
<註:英語原作全文は
「The second axoim! It is easier for a sick man to play the triangle than for a camel to play the triangle.
The third axoim! Even a camel can play the triangle! The pons asinorum of Euclid! Anyone can play the triangle, no matter how sick!」>

サーシャ ええ、そのとおりですね……(泣く)お願いです、僕も父と同じ房にいれてください。

イワノフ (正気を失って)ユークリッド第五の公理! トライアングルにバスが加わればアンサンブル、デュエットとなる。トライアングルが二台あればそこに同じバスでトリオが完成する。
<註:英語原作全文は
「(raving)The five postulates of Euclid!
 A triangle with a bass is a combo!
 Two triangle sharing the same bass is a trio!」>

サーシャ あなたは医者ですか?

イワノフ ふたつの点のあいだが最も長いのはトロンボーンである。

サーシャ 医者じゃない。

イワノフ 弦は距離を持つが点を持たない。

サーシャ (叫ぶ)パパ!

イワノフ 黄金律をどう言い表すべきか?<註:英語原作は「What is the Golden Rule?」>

サーシャ パパ!

イワノフ (叫ぶ)線とは引かれるべきものである! すべての上に!<註:英語原作は「A line must be drawn!」だけです。>

   サーシャはイワノフを照らす照明の外に駆け出してオーケストラの壇上に登る。このあとの四つの科白をサーシャはさまざまなオーケストラ奏者の傍らで歌う。この場面にはすべて音楽が伴う。

サーシャ (歌う)パパ、どこにいるの?

   アレクサンドルの詩は速くリズミカルである。

アレクサンドル
   いとしいサーシャ 悲しむなかれ
   選択は簡潔 我が身を守れ
   あるいは成長の糧とせよ
   真実を見出すために
   誇りは常に誇りの中にある
   どうか私を許してくれ
<註:英語原作は
「Dear Sasha, don't be sad.
 it would have been ten times as bad
 if we had'nt had the time we had,
 so think of that and please be glad.
 I kiss you now, your loving dad.
 Don't let them tell you I was mad.」
アレクサンドルの詩の内容が前後していたり何なりと英語原作とだいぶ違うのは脚韻のためです。
ロシア語翻訳も、
「 Милый Саша, не грусти.
 Выбор прост: себя спасти
 Или дать тебе расти,
 Чтобы веру обрести
 В то, что честь всегда в чести.
 Ты за все меня прости.」と綺麗に脚韻が踏まれています。>

サーシャ (歌う)パパ、パパ! 意地を張らないで! すべてうまく行くよ!

アレクサンドル

   奴らの語る権利とは
   真実など取るに足らず
   良心は火にくべられる
   2を二乗しようとも
   導き出されるのは3か5か
   学べ 息子よ 計算を
<註:英語原作は
「Dear Sasha, try to see
 what they call their liberty
 is just the freedom to agree
 that one and one is sometimes three.
 I kiss you now. remember me.
 Don't neglect your geometry.」>

サーシャ (歌う)パパ、パパ! 意地を張らないで! すべてうまく行くよ!
   
アレクサンドル

   死ぬ覚悟はできている
   気を落とすことはない
   我々を忘れないでくれ
   ママの写真を大切に
   勇気を出せ 息子よ
   真実はある いずれ時が来る
<註:英語原作は
「Dear Sasha, when I'd dead,
 I'll be living in your head,
 which is what your mama said,
 kept her picture by your bed.
 I kiss you now, and don't forget,
 if you're brave the best is yet.」>

サーシャ (歌う)パパ! パパ! 意地を張らないで! パパも勇気を出してよ。奴らを騙すんだ!


   監房

サーシャ(もう歌わずに)奴らに嘘をついてよ。おかげさまで治療は完了しました、ありがとうございます、って。

アレクサンドル それはできない。不当な行為だ。<註:英語原作全文は「How can that be right?」>

サーシャ だけど悪いのはあっちだよ! だから騙してやってもいいんだ。<註:英語原作原作は「If they're wicked, how can that be wrong?」>

アレクサンドル こちらが嘘をつけば奴らは今後も悪いままでい続けるんだ。悪いのは奴らではなかったのだと誰もが思ってしまうだろう。

サーシャ どう思われたっていいよ。僕はパパに帰ってきてほしい。

アレクサンドル 他のパパはどうなる? 他のママは?

サーシャ (叫ぶ)パパだって悪い奴だよ! 自殺なんてしちゃいけないんだ!<註:英語原作全文は「It's wicked to let yourself die!」>

   医者はオーケストラから教室に移動する。

医者 イワノフ!

アレクサンドル
   いとしいサーシャ・イワノフ
   愛する息子よ
   どうか元気で
<註:英語原作は
「Dear sacha -
 be glad of -
 kiss Mama's picture -
 goodbye.>

医者 イワノフ!

   イワノフは監房に移動する。

イワノフ!

   サーシャは教室に向かう。

アレクサンドル(また早口で)
   常に己を信じよ
   2かける2は22にあらず
   答えは4にしかならず
   他の数字はありえぬと
   なすすべはない さらばだ
   助言を忘れないでくれ
<註:英語原作は
「Dear Sasha, I love you,
 I hope you love me too.
 To thine own self be true,
 one and one is always two.
 I kiss you now, adieu.
 There was nothing else to do.」>


   教室
   
   サーシャは教室に入る。医者は既にそこにいる。女教師は相変わらず学用机のそばに立っている。

女教師 どうだった? サーシャ。お父さんを説得できた?

サーシャ 父は死にます。

医者 彼を死なせる権利が私にはありません。

サーシャ では父を解放してください。

医者 彼を解放する権利が私にはありません。治療は完了したと彼が認めないことには。

サーシャ なら父は死にます。

医者 完治したと認めるよりも死を選ぶというんですか? 正気じゃない。ありえません。

サーシャ じゃあ父を解放してください!

医者 私にその権利はないんです。論理的な袋小路だ。意地を張るなとお父さんに言ったんですか?

サーシャ あなたも意地を張らないでください。でないと父から離れられませんよ。

医者 大佐にどう言えば? 彼はもちろん英雄ですが壁を破ることはできない。

   オルガンの音。大佐の登場は可能な限り威風堂々としていなければならない。彼はオルガンが奏でる音楽を従えて入ってくる。
   医者は大佐を出迎える。大佐は医者を無視する。彼はアレクサンドルとイワノフの前で立ち止まる。彼が話し出すのはオルガンの音が静まり始めてからである。

   監房

大佐 イワノフ!

   アレクサンドルとイワノフは立ち上がる。

(イワノフに)アレクサンドル・イワノフ?

イワノフ はい。

大佐 お前は精神科医が健康な人間を精神病院に入れると思うのか?

医者 失礼ですが、ドクター……。

大佐 黙っていろ。

 (イワノフに)どうだ? お前の見解を答えろ。ソビエトの医者は健康な人間を精神病院に入れると思っているのか?

イワノフ (困惑して)思いません。何故そんな質問を?

大佐 (事務的に)実にけっこう。具合はどうだ?

イワノフ 素晴らしいです。調子よく仕上がっています。<註:英語原作は「Fit as a fiddle.」>ありがとうございます。

大佐 実にけっこう。(アレクサンドルに向き直る)アレクサンドル・イワノフ?

アレクサンドル はい。

大佐 お前はオーケストラを従えているのか?

   イワノフは口を開きかける。
(イワノフに)黙っていろ。(アレクサンドルに)どうだ? 答えろ。

アレクサンドル いいえ。

大佐 お前には何か音楽が聞こえているのか?

アレクサンドル いいえ。

大佐 具合はどうだ?

アレクサンドル 良好です。

大佐 「良好です、ありがとうございます」と答えるものだ。

アレクサンドル。良好です。ありがとうございます。

大佐 (医者に)彼らは完全に正常だ。ふたりとも退院させろ。今日中にだ。

医者 おおせのままに。同志大佐……ええっと……ドクター……。<註:英語原作に「同志」の文字はありません。>

   大佐の退場も登場時とほぼ同様に堂々としたものであり、やはりオルガンの音を伴っている。ただ今回はオルガンの演奏にオーケストラも加わる。フィナーレが近い。
   女教師はオーケストラの壇上に登る。
   医者はバイオリニスト達のそばに座り、自分の楽器を取り出して演奏を始める。
   イワノフはトライアングルを手に取って、打楽器隊の中に立ちやはり演奏を始める。
   サーシャはオーケストラの前の舞台中央に出てくる。これは舞台の後方に位置するオルガンに向かってオーケストラを横切りやや上方に登っていく通路があると想定した上での指示である。
   アレクサンドルとサーシャはその通路を歩いていく。サーシャが少し先を駆けていく。
   彼は振り向いて高い位置から歌う
   旋律は前のものと変わらない。

サーシャ (歌う)パパ、狂わないで! すべてうまく行くよ!

アレクサンドル サーシャ……。

サーシャ (歌う)すべてうまく行くよ!

音楽。


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サーシャ(☆аша) @pesnja_alisy
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