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巳継奇譚 オープニング風

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2019-04-04 19:26:58

 憑物筋、というものがある。「何か」に憑かれている血筋のことだ。例えば気狂いを出した、例えば急に富を得た、そういった家を外からそんな風に呼ぶのだが……巳継の家はそれらとは違う。あの家には本当に「蛇(とうびょう)」が憑いている。
 俺の家はその巳継の家を守るために存在している。守ると言っても現代においてその範囲は複雑化していて、肉体や精神、呪術的な攻撃からは勿論のこと、社会的な問題からも守らなければならない。そのため俺の家には政治家や警察関係者、医者などの様々な工作に都合の良い職に就いている者が多い。俺もいずれはそちら方面に進むだろう。幸い俺は勉学に励むのが苦手なたちではなかったし、決められた道を歩くことに然程抵抗もない。うちも一枚岩ではなく、巳継の家のために生きて死ぬことに反発する者もいるが、少なくとも俺はそうではなかった。
 巳継辰男。それが俺の仕える主人の名前だ。俺とあいつは同じ年に産まれ、同じ学校に通い、恐らくこの先も同じ道を歩く。あいつに選ばれた日から俺という存在は俺のものではなくなった。それを不満に思ったことはなく、いつだって俺はあいつのことを優先している。それで困ったことは今のところない。
 俺はそんな俺を異常だとは思わないのだが、周囲から見ると俺は少しおかしいらしい。兄にもよく指摘された。お前には自己の意思というものがない、お前は巳継辰男に飼われる化け物だ。
 わからない。俺にだってちゃんと意思はあるし、その意思でもって辰男の隣にいることを選んでいるつもりだ。その意思は育ちのせいだ、洗脳めいた教育の結果だ、と言われてしまうと反論は出来ないが……誰だってそういうものじゃないだろうか。今の自分の意思が外部から来るものか内部から来るものかなんて、誰にも明確に区別は出来ないだろう。
 初めて辰男に会ったとき、まだ俺が従者になることは決まっておらず――むしろ兄の方が有力候補だった――、だというのに俺には「俺はこいつのために死ぬだろう」という確信に近い予感があった。俺はそれに怯えも疑問も感じず、ただ納得した。俺はそういう風に産まれたのだ、と落ち着いた気持ちであいつを見ていた。この感情が俺の内部から産まれたものかそれとも外部からもたらされたものかなんて、わかる人間がこの世にいるだろうか?
 ……待ち時間を潰すために巡らせていた思考はどんどん飛躍し、哲学めいた領域に至ろうとしたところで中断された。閉じていた目を開く。丁度目のあるべき位置に縦長の切れ目が入っている女が俺の顔を覗き込んでいる。
「えらにのくみにさたわ」
 そう言ったように聞こえたが違うかもしれない。そのつもりがない時は怪異の言葉を認識するべきではないため、普段は耳を閉じている。がりがりと氷砂糖を噛み潰すような音が聞こえる、こちらは言葉ではなく周囲の環境音のようだ。
「あぬりえてらろちののもなこふおむ」
 女の口らしき位置には箸であけた程度の大きさの穴があいており、細かく震えている。そこから聞こえるのは怪異の言葉、異界の音、聞いてはならないもの。……なのだが、人間は意味のない音にすら意味を聞き取ってしまう生き物だ。耳を塞ぎ続けるのは難しい。
「私のものにおなりよ」
 明瞭に、女の声が聞こえた。その瞬間、胸が締め付けられるような感覚と同時に息が奪われる。ぐにゃりと歪んだ視界で女の体全体が震え始めるのを、笑っているようだと思った。


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