@yuz_dume
飛行機の墜落から海を渡り、サルディーニャ島にたどり着いた。
亀での移動は、スタンドの能力で部屋を形成しているからか、幸いなことに大きく揺れることなく安定していた。
ソファで眠るのもトリッシュ以外は慣れたものだ。連日の移動で疲れてはいるが、まだ体力は残っている。
さっそくボスの手がかりを探し始めたいところだが、腹を鳴らしながらというわけにもいかない。空腹はわずかな体力さえも動かせなくなる。
ブチャラティの指示で、周辺探索と護衛と調達の三手に分かれ、ジョルノとミスタは昼のシエスタ時間の近づく頃、急いで売店を探す。島自体は観光地だが、やや外れたところに上陸したため、レストランはともかくテイクアウトの店をあまり見かけない。
しかしほどなくして、シエスタで一旦休んでいるであろう店員のいない店を見つけた。出来合いを並べた小さな売店だ。立地からしても、地元の常連客相手の店だろう。
「よ~しよし美味そうだ! 冷めてるけどな! マルガリータピッツァに、あとはそのパニーノのシャレたやつもいいな。羊肉か?違うのかよ。ついでにサラミ3本!」
ミスタは品揃えをざっと一瞥したあと、歌うように言いながら、品物を無断で腕に抱える。どれも6つ残っているものばかりだ。
ジョルノもぼんやりしていたわけではないが、日持ちや携帯性の効率を考えればバケットだな、などと考えているうちに決まっていた。ついでに言えばバケットは残り4つだった。
確かに、ミスタに昼食の手配をさせるのは良い采配のようだ。
ジョルノはミネラルウォーターの半ダースのケースを、店の中にある棚から取り出した。亀の冷蔵庫にあったドリンクはもう既にない。フランスのミネラルウォーターではない安物だが、今のトリッシュなら飲むだろう。怪我人の血を洗い流すにもいい。
あとはエメラルド海岸への道の脇で一旦合流し、亀に荷を運びこむ手筈になっている。
「亀の中にキッチンでもありゃあ、なんとでもなるのによ」
「作れるんですか?」
客間だけの空間だ。冷蔵庫やテレビはあるが、キャンピングカーのようにキッチンがあるわけではない。もしベッドでもあれば、トリッシュを充分に休ませることもできただろう。
「食い物、あっためられるだろォ~? まだ3月の終わり、肌寒い季節だ」
「4月ですよ」
風はまだ冷たいが、肌寒いのは腹を出しているからだろう、そんな反論を内包しながらジョルノが指摘したところ、ミスタの黒い瞳がかちりと止まる。
そして、感嘆とも驚愕とも畏怖とも断じられない、奇妙な唸り声を上げた。
「オイオイ、もう4月かよ!? いつの間にそんなことになってやがった!」
「え、……5日も過ぎて言うことですかそれ」
左手首の袖口に隠れた時計の、日付を確認する。
ジョルノ自身も自分で言いながら、内心は驚いていた。ギャングへ入団したのはまだ3月の終わり。もう、何か月も何年も、彼らと一緒に過ごしていた錯覚がするのに。
あれからまだ一週間も経っていなかった。特にミスタとは、長い付き合いを過ごした相棒のような気さえしていた。そういえば、彼のことをまだ何も知らない。料理が上手いかどうかも。
「なにか観たい番組でもあったんですか」
「今日が5日ってこたぁ、昨日が4日ってことかよ!?」
動揺しだすミスタに、ああそういえば『4』が苦手だったなとジョルノはあきれる。
もちろん、観たい番組があった、というのならばそれはそれで彼らしいが、同様程度に呆れていただろう。皮肉で言ったのだから。
「苦手なんじゃあねぇぜ! 縁起が悪いってだけだ!」
その表情なのか心なのか、読み取ってくるようにミスタは訂正を告げた。
「もう過ぎた日のことでしょう? 何をいまさら。特に何もありませんでしたし」
「それだよ! 『4』日のくせに『何も』なかったんだ!」
光に満ちた声は、真っ黒な瞳にさえ輝きを宿していた。
「こんなことは初めてだぜ、オイよォ~~! 運命かッ! ラッキーボーイかッ!」
ミスタははしゃいだ声を上げるが、実際のところ4月に入ってから彼自身だけでも、列車では一時的に老体の状態で戦いに出て、腕に釣り針を通されこめかみに三発撃たれ、その翌朝には左手の小指を失ったうえに全身に銃弾を浴びて血まみれになっているし、飛行機内では右半身をスタンド経由で重症を負った。ついでに言えば3月末には腹に一発銃弾を受けているが、今思えばかすり傷のような判定になっているのかもしれない。なにしろGEで『直す』ことができるようになった頃には、すっかりホッチキスも取れて塞がっていたのだから。
他の諸々も含めれば、とてもラッキーとは呼べない数日の戦歴だ。それとも、あれらが普段の生活よりラッキーだとでもいうのか。
「……ミスタは運が良いんですね」
「お前がな!」
言葉自体とは裏腹に訝し気なジョルノの瞳に気づいたミスタは、怒鳴るように反論する。
「ぼくが?」
「普通は死ぬぜぇ~? 4月に入ってから立て続けに殺し合いして、全っ部、おれたちのチームが勝利! しかも、おれはジョルノの治療もあって、生きている!
まあ、んん……ちょーっとは当初の予定から大幅に狂ったが、無事に全員が生きているんだからな! こんなラッキーなことはねぇだろ!」
「無事、に」
ブチャラティの姿、杭で手に穴をあけていたあの様子が脳裏をよぎるが、それ以上は口を閉ざす。どう伝えればいいのか、分からない。
ジョルノ自身も彼のあの状態は、よく分からない。生命力を感じない、何故か治療ができない状態だということくらいは、相談しておいた方がいいだろうか。
この先の戦いで、ブチャラティがもしミスタのような大怪我を負えば……
「いやあでも待てよ? あの石でおれは死なないッってぇ決まってんのか? あれ、よくわかんねぇんだよなあ~~」
「石?」
「いや、マジでこれは説明できねぇんだよ。確か、お前がブチャラティに連れてこられる前日だったかな?
こう……でェっかい石がとにかく危険だからよォ、でもおれは平気だろうから7階から一緒に落ちてぶっ壊したから、おれたちは大丈夫なんだ」
意味が分からない。
身振りで、抱えるほどに大きい石のサイズだけは示してくれるが、何かのスタンド攻撃を受けて言語中枢が狂っているのかとさえ思わせる。7階と言ったか?
ナランチャでももう少し要領を得た説明ができるのでは、と思ったが、大して変わらないかもしれない。
「災難日はとっくに過ぎてやがったんだ、ヨシヨシあとは怖くねぇぜ!」
ただ、こちらが分かるまで必死に説明を重ねてくるナランチャとは違い、ミスタは投げっぱなしの癖に説明しきった顔で、もうその話は終わったとばかりだ。
からりと笑うミスタはあまりに能天気で、あまりにあふれた根拠の不明な自信に、不安以上の信頼感をこちらに投げ寄越してくる。
サンタ・ルチア駅で、朝日以上にまばゆい彼を見た。あの輝く魂を信じる以外はもう、無駄な思想だ。
きっとこの先、怯えることはない。深い悲しみや嘆きはあったとしても。暗闇の中に一人取り残されるような恐怖は、もう、ないのだ。きっと。
彼が嫌いな『4』を超えた、5日目のように。
「そういやあ、言われて気づいたが、観たい番組もあったんだ」
続けてミスタがぽろりと口にしたのは、人気番組の裏でひっそり放送されているドラマ。
驚いた。意外とああいう、虫や爬虫類の紹介番組を観るのだと思うと、親近感が湧く。ジョルノもそれを学生寮にある小さなテレビで観ていた。確か、あれならば。
「ビデオでよければ、知り合いから借りられると思いますよ」
「マジか! やっぱりラッキーボーイじゃあねぇの、ジョルノ!」
「それはよくわかりませんけれど」
幸運を受けたのはそちらの方だ。どうしてそんな思い込みをしだしたのか。
「いやあ、ジョルノも分かる奴だな。あの新人女優はなっかなかイイよなあ!」
「……それもよくわかりませんけれど」
荷物を持っているから肩を組めない、その代わりにか肩をすり寄せ、そのままぽんと軽く叩いてくる。
女優なんかいただろうか、とジョルノは全く思い出せなかった。