@toasdm
見上げる月光の柔らかさは彼女の微笑みに似ている、と類は頬を緩ませた。遅くなったお詫びに、と駅の近くで見つけたケーキ店のケーキを、二つ、と注文したことすら嬉しくて、このケーキさえなければスキップして帰っていたところだ、と浮かれた自分の頬をぺちぺちと叩き、類は家路を急いだ。
早く会いたい、と電話をしながら帰ったこともあったが、危ないからちゃんと普通に帰ってきてください、と怒られた。会いたい気持ちは類の足を大きく早く動かして、提げたケーキの小箱だけは揺らさないように、しっかりと、慎重に丁寧に。さして長くも短くもない、なんの変哲もない家路は、彼女に自分の姓を分け与えてからは、もどかしくも嬉しい、類だけの幸せロードになっていた。
角を曲がる。カーテンの隙間から、温かな光が漏れている我が家が見える。そこにいるのは最愛の元彼女で、今は妻。温かな手料理と、おかえりなさいの優しい笑顔が毎日類を出迎えてくれる、最高に幸せな空間が待っている場所だ。走り出したい気持ちを抑えて、類はより一層早足で、最後の直線を抜けていく。
「ただいまMy sweet!!」
ドアを開ける勢いも、そのまま類の待ちきれないをあらわしているようだ。おかえりなさい、の優しい声とパタパタと急く足の立てるスリッパの音の接近に、隠し切れない微笑みが、類の全身から解き放たれる。
「類さんっ!」
「あっはは、ただいまっ!」
広げた腕に飛び込んでくれる彼女の存在全てが愛おしい。夕飯の、温かな匂いをまとわせた髪に顔を埋めて、類はごく自然にただいまのキスをする。
「う……?」
「んっ?」
類が玄関のシューズボックスの上に一旦置いたケーキの小箱に気付いた彼女が、類に
抱きついたままそちらを注視する。これ?とそれを手に取って、類は箱の中身をちらりと彼女に見せた。
「ジャーンッ! 今日は少し遅くなっちゃったから、お詫びのcakeだよ!」
「わぁ……!」
閉店間際で種類は選べなかったが、オーソドックスなチョコレートケーキは外していないはずだ、と類は満面の笑みで彼女に見せた。しかし。
「類さん……」
「……あ、もしかして、Chocolate cakeの気分じゃなかった?」
表情の曇る彼女を、類は眉尻を下げて顔を覗き込む。そうじゃないんです、と気落ちした様子に、類はますます心配になり、チリリ、と胸が痛んだ。
「ねぇ、どうしたの?」
「……気持ち、は、嬉しいけど……」
dietなら必要ないよ、と茶化すように言ってみたが、彼女の反応は戻らない。類は優しく彼女を抱きしめて、ゆらゆらと、あやすように玄関で揺れながら尋ねた。
「教えて?」
「うん……ええと……」
ぽつぽつと、揺られながら彼女は話しはじめる。
「……類さん、優しいし、ケーキとか買ってきてくれるけど……」
ぎゅ、と抱きついて類の胸元に顔を埋めて、彼女はぼそぼそと、しょげた気持ちを吐き出した。
「今は新婚だから、そんな風にしてくれるのかな、って……いつか、私の賞味期限が切れちゃったら、こんな風にしてくれなくなっちゃうのかな、って思って……」
しょぼくれた様子からいって、それは彼女の本心なのだろう。幸せすぎて怖い、なんて、贅沢な悩みだという引け目もあるのか、彼女は瞳を潤ませている。
「don't Worry」
その不安を包むのは、優しさだけを織り上げたような類の言葉と腕だった。
「俺はずーっと、プロデューサーちゃんとHoneymoon気分でいるつもりだよ」
いられると思う、と付け加えてウィンクをする類を、きょとんとした顔で彼女は見上げる。
「だって、いつだってプロデューサーちゃんは、こんな風に不安を俺に打ち明けてくれるよね?」
その通りだ、と頷けば、満足そうに額に口付けを落として、類は微笑んだ。
「二人だからできるんだよ、いっぱい話そう?」
不安は俺が全部食べちゃう、とぺろりと舌を出して笑う類に、彼女はつられてくすくすと笑う。まずは先にお夕飯にしましょうか、とすっかり元気を取り戻した彼女は、類となら幸せに生きていける、という確信をひとつ積み上げた。
手に入れた幸せがずっと続くことが、本当の幸せなのかもしれない、とチョコレートケーキを食べながら、二人はゆっくりと、時を過ごす準備を進めていった。