「……私は、海と同じくらいあなたが好きです」
おかしい…確かナマコの話を書くつもりだったはずなのになぜこんな正統派ゲロ甘ストーリーに…?
@toasdm
今自分の目を惹きつけているのが、目の前に広がる大海原ではなく波打ち際で波と戯れている彼女であることに気がついた瞬間、クリスは落雷にでも撃たれたかのような衝撃を覚えてその場に立ち尽くした。
海よりもなお自分を惹きつける存在があるとは夢にも思わず、ましてやそれが、常に自分を導いて背中を押してくれる彼女だなどという事実に気付いた衝撃。気分転換にと訪れた海で偶然出会ったことにすら意味があるような気がして、クリスは息をのみ、かける言葉を探していた。
「古論さん」
素足を遊ばせていた波打ち際で振り返り、普段はまとめている長い髪を耳にかけて彼女はクリスに微笑みかける。
「波って、生きてるみたいで面白いですよね」
ああどうか、そんな風に、少女のように無邪気に微笑みかけないでください、と、祈るような想いがクリスの中に生まれる。そうですね、と答えたのか、そうでしょう、と答えたのか。自分の言葉もよくわからないまま、クリスは青白く光る夜光虫の波打ち際に近付いた。
「これ、夜光虫ですよね?」
波の衝撃が彼女の足に当たり、ボゥ、と光を発する海に彼女は興味をそそられる。
「ええ。海洋性プランクトンです。ノクチルカとも言いますよ」
ノクチルカ、と繰り返し、彼女はそれを手で掬う。衝撃を受けて発光するそれと、彼女に心惹かれて暗闇で頬を染める自分とになんの違いがあるだろうか、と自嘲して、クリスは気がつけば、彼女を後ろから抱きしめていた。
「っ!?」
「私は」
ザァ、と引き波に攫われそうになる彼女を陸につなぎとめるように、クリスの腕はしっかりと彼女を自身に係留する。
「目の前に広がる海以上に私を惹きつける存在というものに出会ったことがありません」
突然の告白に、彼女は思わず振り返る。抱きしめられても嫌じゃなかった、むしろ心地いいとすら感じるこの距離感の正体は、きっと恐らく、今クリスが言わんとしていることと同じ根源からくるものだろう。
「今の今まで、あなたが波と戯れるまで私は気付くことができませんでしたよ」
首筋にかかる柔らかな髪の感触、包み込むように彼女を抱きしめたクリスの表情は、夜光虫の明かりでは照らせない。
「ノクチルカは、衝撃を与えると発光する生態をもっています」
ちゃぷ、と自身のつま先で波をかき混ぜて、クリスは夜光虫を光らせる。ふ、と息を漏らして、クリスは腕の中の彼女をきつく抱きしめながら呟いた。
「……あなたへの想いに気付いた衝撃が、私の中の何かを、こんな風に発光させているように思えてならないのですよ」
その言葉の意味を確かめる間もなく、くるりと向き合わされた彼女の体をもう一度ぎゅっと包み込んで、クリスは真摯な瞳で彼女を見つめた。
「もしも私が嫌いでないのなら」
どうか、受け入れてください、と近付く顔に、先に目を閉じたのは彼女の方で。
「……私は、海と同じくらいあなたが好きです」
唇を重ねる直前に、そう告げたのはクリスの方だった。
爪先立ってクリスの首に腕を回した彼女と、腰を屈めて彼女を抱きしめるクリスの足元で、夜光虫は次々と、淡い光を放って辺りを照らしていた。