「寝込みを襲うとは感心しねぇな」
寝てる雨彦さんの鼻をつまんでいたずらしてやろう、と目論むPさんと、まるで隙がない雨彦さんの朝のお話です。
@toasdm
毎朝、どちらからともなく起きるのが常だった。彼女が目を覚ましたタイミングで、雨彦も目を覚ます。生活リズムが似ているのかもな、などと嬉しそうに言っていた雨彦は、今朝に限ってはまだぐっすりと、眠っているように見えたのだ。
規則正しい寝息に合わせてゆっくりと上下する胸板は、一言で言うと着痩せしている。隣に並んで見上げる雨彦の胸板は、決して分厚いという印象ではなかった。俺は脱いだら凄いぜ、とウィンクなどしながら茶化して言ったのは嘘や誇張ではなく、初めて肌を合わせた時に検めた裸体は、がっしりとしていて筋肉質だった。寝息を吐き出す口元は薄い唇なのに柔らかく官能的で、すっと通った目鼻立ちは、派手さはなかったが端正で、整っている。つまり、いい男だ。
もちろん容姿だけに留まらず、細やかな気遣いを嫌味なく発揮する余裕や包容力、たまに見せる子供っぽさや悪戯心。雨彦をいい男たらしめる要素は枚挙にいとまはなく、こうして無防備に眠る横顔は、どこかあどけなさを感じさせるようですらあった。魅力は、彼女の中でずっと、彼女を惹きつけてやまなかった。
葛之葉雨彦、三十歳。アイドルグループLegendersのリーダーは、彼女の担当アイドルであり、推しであり、大変に魅力的な恋人だ。最近お疲れでしたからね、とそっと前髪を撫でつけて、彼女は幸せの笑いを零した。
雨彦さん、かっこいいな。
朝の柔らかな光の中、一人彼女は、眠る雨彦に想いを寄せた。
「よく寝てるなぁ……」
触れても身動ぎすらせずに眠りこける無防備さは、彼女の中に甘やかな感情をもたらす。二度三度、優しく撫でてその整った顔立ちを観察しているうちに、彼女の中には、甘やかな感情だけでなく、密やかな悪戯心まで湧き起こってくる。よく寝てるし、起こしたくないけど、でも、と惑う手はそろそろと、高い鼻筋へと伸びていく。そのうちに、手は、言い訳を掴み取りはじめるのだ。
いつも私のことからかって、雨彦さんばっかりずるいじゃない。だいたい、雨彦さんの驚いた顔なんて私、見たことないもん。ちょっとくらいなら、いいよね?
掴み取り、手繰り寄せたその言い訳を、悪戯な手はうまく理解したようで、思いついた些細な悪戯を実行するのに十分な理由を与えてしまった。
「……ふふ、雨彦さん、覚悟!」
手は迷いなく、眠る雨彦の鼻先を摘もうと伸びていく。
ぎゅっ!
「っ?!」
「寝込みを襲うとは感心しねぇな」
掴まれたのは彼女の手首で、掴んだのは雨彦の手だ。眠る雨彦の鼻は無事、呼吸を続けて、いきなりのことに彼女の呼吸は一瞬止まった。
「お、起きて、たの?」
「いや、寝てたさ」
邪悪な気配を感じたもんでね、と掠れた声が悪戯を咎めて、雨彦は目を片方だけ開けて、ニヤリと口元を綺麗に歪める。悪戯失敗、彼女の形勢は一気に不利になる。
「うわ、っ?!」
「さて」
ぐっと掴んだ手を引いて、雨彦は彼女を着痩せする胸板に抱き閉じ込める。そのままぐるりと視界は回転し、彼女の視界は天井を背景に見下ろす雨彦の、勝ち誇ったような余裕顔でいっぱいになる。
「おはようさん、悪戯小娘」
「こっ、小娘、って」
こんな幼稚な悪戯を仕掛けるようなレディはいないだろう、と前髪をかきあげて、雨彦はにんまりと微笑む。小娘で十分さ、とくつくつ笑い、組み敷いて雨彦は彼女の首筋にキスを落とした。
「んっ、ふ、ぁ」
「人を呪わば穴二つ、悪戯するならそれ相応の覚悟ってもんが必要だぜ?」
できてるよな?とにやける雨彦の表情はまさに、悪戯小僧そのものだ。小僧と小娘、生活リズムだけでなく、性格までもが似ているのかもしれない。お似合いじゃないか、と彼女は諦めて、あとはもう、雨彦の好きにさせるしかなかった。
その日の朝はいつもより、ゆっくり二人に訪れた。