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「なかった一歩とはじまる一歩」

全体公開 3388文字
2019-05-04 22:44:28


哲学人パラダイム殺害未遂事案 鑑定報告書

見識・精神鑑定担当:哲学人犯罪取締課 臨床心理士 蝶野あみ   
「事件発生前の状態について」
20■■/■/■■、■■研究所にて発生した。被害者は哲学人パラダイム。加害者は当研究所 哲学人行動学・繁殖学部 祖久世 治郎。以下略称で用いる。
当時被害者の担当は有給のため不在。この点に関しては同部署であるため加害者自身も知っていたであろうことが予測される。わざとこの日を選んだのか偶然この日が来たのかは不明。しかしながら、その後の哲学人脱走は情報攪乱や職員等目撃者を減らすためである可能性が高い。この手の操作は計画的に行わない限り不可能なため、刑事責任はとれると判断できる。哲学人■■■と加害者の関連性は調査中であるが、あるとしても黙秘である可能性が高いうえ、犯行内容を話さなくても脱走自体は可能。よって共犯と断言することは、本人が自白しない限り不可能だろう。利用された可能性も高い。引き続き捜査をよろしくお願いします。

被害者は普段から雑用業務ができる。その場合は許可書を出すことが原則になっており、かつ、手伝いのときはいる場所を職員内で共有することが必須となっている。よって、加害者も被害者の居場所を把握することは容易であったと考えられる。私も提出しているのでわかりますが、このように少しでも攻撃されるかもしれない場合、個人情報はもっと厳重に扱わないとすぐに被害を与える人に伝わってしまうと思います。改善を提案します。

被害者と加害者は20■■/■/■の初接触の段階で確執が認められ、加害者はこの段階ですでに激昂状態になっていることがうかがえる。担当要請却下は行っているものの、この後も「実験協力」や「健康管理」内で接触がうかがえるほか、会話内容にコンプレックス刺激要素、哲学人に対する不理解要素、性的接触など、明らかに不適切な距離感での接触が見られる。これはたとえ被害者が動物だったとしても忌避されるべきものであり、研究所内指示・管理に不備があったと言える。そのうえ、被害者への確認にとどまり、加害者へのケアが完全に欠如している。犯罪は、多くの場合被害者ではなく加害者に心的問題があります。被害者のケアは当然ですが、加害者のケアを怠るということは問題を放置することと同義です。管理条項の見直しと、カウンセリング関連要項の追加を要請します。

また、自明だが、警報が鳴った際、被害者である哲学人の周りに誰もいないという状態が成立してしまっている。緊急事態の際のマニュアルに不備が見られると思われる。危険性が高い低い関係なく、哲学人は「能力を持ち、障碍を持ち」ます。必ず一人は、どの哲学人の傍にいるようにしてください。


蝶野は頭を抱えていた。
確かに日本はカウンセリングへの抵抗も、加害者に対しての考え方も、かなり差別的ではあるけども。
「ここまでひどいもんですかぁ…………本当に最近なんですね、カウンセラー雇ったの。あぁ……防げる……少なくとも殺す気にならずに済む……実行も……阻止……あぁ……
彼女の膝の上に移動していた「しろもるふぉ」は、蝶野のうなだれる頭を優しく受け止め、手を上下に振った。
「あかねあげは」も彼女の傍に寄ってくる。
……大丈夫です。これは本業の書類ですし、やらなきゃですし。……はい。書いたら、休みます。うん……はあ」
溜息を吐いた彼女は、また画面に対して反省と後悔をキーボードでたたきつけ、一つの書類にする作業へと戻った。


「内的動機について」
加害者に対して、被害者の研究データ・人事資料に残っている限りのデータからでも、以下の特徴が認められる。
リスク・ニーズ関連要因
・強姦・暴行等準犯罪行為
・理由の合理性に基づく準犯罪行動の正当化
・衝動性、複数の被害者・場面での問題性・落ち着きのない攻撃性
・成績・業績・研究等、社会的な評価が低い状態
・親しい関係のものとの継続的不調和

パーソナリティ的要因
・幸福感の低い状態
・自己肯定感(self-esteem)の欠如

エピソード自体は省略するが、これらの要素は限られた情報内でも明らかである。これらの中の要因をはじめから持っている研究者も多いと考えられるため、できるだけ緩和できるよう対策を練る必要がある。研究所の特徴として、研究に関係のあることに関してのルールへの甘さが細部に見える。人権、心を持つ者に対しての保証のために、試験内容、試験方法、特性を踏まえた意思表示の機会をきちんと設けることを徹底するよう、全研究者に通達してください。

主動機は、個人情報のため詳細は省略するが、「親愛した人物からの存在否定による広義的な復讐」「コンプレックスや社会的評価の低さゆえの被害妄想」と思われる。行動に移した日常的要因、直接的要因は調査中。

「総合説明」
加害者は、もともと自己肯定感の低く社会的にも認められていなかった。それを受け入れてくれた被害者に親愛を寄せていたが、彼の「変化」によって拒絶される。それゆえますます自己否定に進み、それによって被害妄想を誘発、もともとの自己肯定感の低さや認められなさによって少しずつ膨張、恨みとなって形状化し、犯行の計画を練るまでに至る。事件前に、担当研究者がいないことを知り実行を決意。哲学人に協力を要請、当日に被害者の位置を確認したのち、計画を実行。■■:■■に協力哲学人の脱走、緊急マニュアルに沿って出ていった臨時職員を見届け、被害者と接触。その後、犯行に及び被害者に「殺すつもり」で刃物を刺す(被害者の傷跡より判断)も、感情のコントロールを失い錯乱、■■:■■、捕縛。

「対策・対応」
被害者は意識不明のため哲学人超自我にコンタクトをとる予定。現状行動不可能。
担当研究者へのカウンセリングは薬物療法も行うため西湖と確認を取りつつPTSD対策を練る。
加害者は懲戒解雇のため接触不可能。しかしながら、不法侵入の可能性があるため被害者の周りには必ず人を配置してください。また、警戒も強化してください。
事件前後加害者と接触したものは証言を取るほか、蝶野か西湖のところにも来るように一報入れてください。
担当部署内外問わず、影響を受けたものや気持ちの整理がつかないものはカウンセリング予約を勧めるように。

20■■/■/■ 哲学人犯罪取締課 


……。」
蝶野は文書のデータをコピー、「Database No.-- Cda No.----- 」と名前を変え、パソコンの別のファイル、USB、別クラウドに保存し、紙のコピーを二枚とった。頷いて、自分の鞄にUSBとコピーの一部を入れた。
その後、彼女はいつものアプリを開……こうとしたが、できなかった。
ぬいぐるみがパソコンの上に乗っている。
彼女はぬいぐるみの目を見つめる。
……だめです?」
ぬいぐるみは2体はかたくなに動こうとしない。
……。」
蝶野も負けじと見つめ返す。
が、数分そのままでも、何も変わらなかった。
……わかりましたよ。やすみますよ。はーい」
蝶野は上に手をのばし、足をバタバタさせ、手を開きながら後ろにそれた。椅子が少し動いて、ドアに手が当たる。
そのまま開けると、廊下の先に人影と、数センチの空色が見える。
彼女はそれに気をひかれたのか、気分転換も含めたのか、それを見てバタバタと立ち上がり、念のため貴重品を持った。そのご、「あかねあげは」は外に自分ではねて、その後飛んでいった。しろもるふぉはその部屋の奥に入ったので、蝶野はそれ以上追わなかった。
部屋を施錠し、彼女は人影のほうに向かって歩き始める。


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