X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

「黒舞蝶」

全体公開 3026文字
2019-05-05 10:46:18

お葬式のような黒い出で立ち。

「しろもるふぉ」は蝶野の傍にいながら彼女の背中をさすっていた。
ぬいぐるみの手は毛布にあたって、感触もあまりないまま、間接的に彼女に触れる。
……しろちゃん」
蝶野は、背中をさすってくれているぬいぐるみに話しかけた。が、その声はいつもの芯の強さとはかけ離れていた。
分厚い曇り空にさえぎられた光は、部屋を照らすには暗すぎる。
……。」
布団の上で丸くなっているその少女は、ぼんやりした眼で時計を見た。
15:46。仕事に行けないと連絡してから、数時間は経過していた。
棚のうえにある水はすっかり常温になっている。薬の空いた容器がそのまま放置されていたので、重いからだをゆっくりと動かしながら彼女はゴミ箱にそれを捨てた。
…………きかない、なぁ」
そのままベットの上に倒れこむ。しろもるふぉが機敏に避けた。
あかねあげはは近くの棚に乗ったまま蝶野を見つつ、目を一瞬光らせた。
……うん、ごはん、たべないと。……
蝶野は体を一回起こして、力が抜けたように崩れ、また、起き上がろうとして、目が回り、ベットの淵に手をかけて、頭を寄せて、崩れ落ちた。
「やること、やらなくちゃ、なの、に」
仰向けになりながら彼女はつぶやく。手のひらを少し握って、握れない。
と、手のひらを見つめて蝶野は呟く。
……蝶」
彼女の瞳孔にある模様はいつもよりも羽を広げていた。
と、
彼女は頭を抱えて縮こまる。自分の腕を自分で抱く。耳を塞ぐ、塞いで、目を閉じて、その手をやめ、また頭を抱える。震える。汗が背筋を伝う。
しろもるふぉが彼女の見える位置に急いで移動する。が、途中で、ふっ、と何も無くなったかのように転がった。
それに気が付いたあかねあげはが羽ばたき蝶野の傍に移動する。震えている彼女のそばに寄り、羽を膨らませた。
目を光らせる。
…………は、……は。」
蝶野はあかねあげはに気がつき、強ばった目元を緩ませる。あかねあげはは、凛としたまま、彼女のことを見て、ドアの方を見やった。
鍵がカチャカチャと音を立て始める。
……あかねさん、……の、………………うん。」
ぬいぐるみの方を見て息絶えだえに言葉を吐いた。初めこそ危機感を得ていた声は後半になるにつれて脱力していく。本当なら泥棒等を警戒しなければいけない状況ではあったが、蝶野はこの人物を知っていた。
むしろ、今来るべくして来たのかもしれない。
ガチャ、と扉が空いた。
「こんにちは!
……留守ですか?」
そこそこ聞いたことのある通りやすい声、わざとらしくも明るい声。蝶野は返事をしようと口を開いたが、声を出す以前に空気が漏れてしまったようになって音が出ない。
トントンと、リズムよく歩む足音を聞きながらも、彼女は口をパクパクさせ、どうしようか考えることしかできなかった。近づいて、蝶野のいる扉を開ける。蝶野も包み込む体制から顔を上げ、ゆっくりと、できるだけ上体を起こした。
入ってきたのは、灰色の髪を労働になびかせ、黒い衣服で家事を行う男。
目が合った。
蝶野の目の蝶と、金の十字架は重なり合った。
すっ、と、蝶野の周りの「それ」が消えた。
身体の緊張が改善され、息が吐ける。口が動く。
……ギッ、ト、さん。……すみません、あいさつ、とか、え、っと……あ、」
蝶野はいつものように笑う、つもりだったが急に緊張が解けたからか、疲労に襲われ、視界がぶれる。
力が抜け、そのまま元のように倒れてしまったのだ。
「ほほう、ふーん。」
言葉と状況に対してその人物、哲学人「神は死んだ」は周りの状況を確認しつつ、そぐわないような気軽でのんきな返事をした。が、彼の視界が外れたとたん、蝶野の顔はこわばり、それでも、起き上がろうと、また、力を込めているのはすぐに分かった。
「はいストーップ!」
そんな彼女を見てからの、その哲学人の行動は早かった。
彼女のベットの傍に近寄った彼はまず彼女に対して布団の上にあおむけになるよう指示をし、上から毛布を掛けた。近くで転がってしまっているしろもるふぉ、あかねあげは、その他ぬいぐるみを彼女の横に置き、一番柔らかく一番軽いものを彼女の胸の上にそっと置く。
「具合悪い時に無理しないのは鉄則でしょう。はい、おやすみなさい。」
蝶野は毛布の端をぎゅっとつかむ。
……でも」
「でもじゃないんですーっ。健康のありがたみを感じて、しっかり休む!おやすみなさーい!」
……
「あ、洗剤とか家具とか、位置変わってませんよね?」
蝶野は頷いた。
「よろしい。寝た寝た!」
疾風のように現れたその人は別の部屋へと消えた。静かな嵐。その人を表す言葉か、苦しめている蝶のものか区別もつかず、彼女はふかふかに包まれながら目を閉じようとした。
毛細血管の赤が瞳を包んで、夢に落ちるでもない黒が来て、と、
またノイズが覆いかぶさった。
目を開ける。部屋にいる。
蝶野は瞬きを繰り返した。
羽音がうるさい。
音の原因を探す。周りを見渡す。
掃除機の音か、
いや違う人の声か。彼女には判別がつかない。
きっと、「それ」だ。時が経たないと直らない。
彼女は深呼吸して、脳に空気を送りつつ、
ただ、ぼぅっと時計を眺める。
秒針が進んでいる。カチカチという音も彼女にとっては人が嫌う囁き声にも、喘ぐ声にも、助けをこう声にも聞こえた。
それら全てが蝶の羽の音だった。
彼女は耳を塞ぐ。
塞いでもなり続ける。
続いて、
続いて。

いくら時が経ったか。ギット氏が部屋に戻ってきた時、蝶野は頭を抱えた姿勢に戻り縮こまっていた。そのまま震えている彼女は明らかに寝ていない。
彼は顔を顰めて、ぬいぐるみをまた取り、蝶野に押し付けた。
「おーやーすーみーなーさーい!!!」
そのぬいぐるみを離したとき、ちょうど蝶野の顔を見た彼はその瞳を見た。
一瞬、「それ」が見えた。
驚きの表情を浮かべる。が、彼は拒絶する概念であるため影響は受けない。いや、彼にとってはむしろ好都合でもあった。ぬいぐるみを押し付けるのをやめ、彼女の肩をぽん、と叩いて蝶野と顔を合わせる。
普段は目を合わせようとしないはずだが、その日は違った。
目と目を合わせて、そのまま、数秒が経っていく。
蝶のざわめきが減っていく。
彼女の呼吸は元の調子を取り戻し、冷や汗も引き始める。しかし、それとともに彼女の顔色も悪くなっていく。
ギット氏は蝶野の緩めた手に触れた。みるみるうちに体温が下がる。爪が紫になっていく。

全てが冷えきる思いを彼が襲ったのは、あることを思い出したからだろうか。

……ギットさん?」
蝶野は心自体には余裕ができたのか、彼の顔から笑みが消えたことに気が付いた。
ただ、その声は疲れきっていて、眠気も帯びていた。確かに、そのように仕向けたのだが。
……眠れそうですか。」
ギット氏はそれしか返せなかった。
そうしてそのまま、蝶野の手を両手で握った。
目は、そらさなかった
……うん。……おやすみなさい、ぎっとさん」
そのまま、すぅ、と息を吐いて、彼女はゆっくりと目を閉じた。


そこから数秒後、ギット氏は彼女の手首で脈をとって生きていることを確認し、そっと、その部屋を離れた。
それから数十分、その家に物音はしなかった

その後、彼はいつも通り、自分の信念に基づき行動し、部屋の掃除の続きを始めたのだった。








投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.