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令和元年のゲーム・キッズ 07「生かし屋」

@kozysan
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2019-05-07 05:31:29

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://www.youtube.com/watch?v=8KSdSLPR5DY
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

 年代物のビルの屋上には、違法建築のプレハブが並んでいる。下の階に住民がいた頃は物置として使われていたものだ。今はどれもさびつき朽ち果て、倒壊しかかっているものもある。その中の比較的ましな一つに、俺は隠れ住んでいる。
 静かで風通しも良く、なかなか快適な場所だ。外出は週に一度、真夜中にコンビニに出かけ、食料や水を仕入れることにしている。調理の道具は持っていないから、すぐに食べられるものを、できるだけ長持ちするものを、そう考えると結局、体に悪そうな菓子ばかりになる。
 部屋に戻り、引き戸に手をかけたところで異変に気づいた。仕掛けておいた侵入者チェックが……戸にはさんでおいたこよりが、地面に落ちていたのだ。俺がいない間に誰かがこれを開けたということだ。
 俺は不自然な姿勢のままで耳を澄ました。息づかいが聞こえた。警察か。いや違う。こんな忍び込み方をするのは、殺し屋に間違いない。違法に生存を続けている老人を狙う、賞金稼ぎだ。だとしたら武器を持っているはずだし、出会ったら即座に襲われるだろう。
 向きを変えず、足音を立てずに遠ざかる。
 脱力感でいっぱいになった。もう二度と戻れない。あの部屋には大切なものがたくさん置いてあった。昔一緒に暮らしていた家族の写真。妻の形見の婚約指輪。娘が小学生の頃、父の日にくれた手紙。もう二度と取り戻すことはできない。
 しかしあきらめが肝心だ。俺は気持ちを整理した。出かけたことが悪かったのではない。ちょうど出かけていたおかげで、命拾いをした。そう自分に言い聞かせた。
 大丈夫だ。偽造のIDカード、偽名のクレジットカードなど、一通りのものはポケットの中に入っている。長生きをするためには、なにごとにも執着しないことが大事だ。生き延びると決めた以上は、割り切らなくてはならない。
 できる限り静かに歩いたつもりだったが、2階まで下りたところで、さびついた非常階段が軋んで音を立てた。誰かが倉庫を飛び出す音がした。
 気づかれた。俺は鉄柵をまたぎ3メートル下の地上に飛び降りた。地面は固く、腰と足首に激痛が走った。もう若くはない、それどころか非合法なまでに年を取っている我が身のことを、忘れていた。足音はもう階段を駆け下りてきていた。なんとか立ち上がったら、自転車が目に入った。誰かが盗んで乗り捨てたものだ。
 やはり施錠されていなかった。飛び乗って、痛む足に力を入れた。路地を一気に加速し、これでOK、逃げ切れたと思った瞬間、がしっと車輪が固まった。自転車は慣性で宙に浮き、前のめりに倒れた。俺は自転車と一緒に一回転してから地面を滑った。
 立てなかった。足音が近づいていた。もう急いでいない。ゆっくりと歩いていた。
 この自転車はワナだった。殺し屋が置いていたものだったのだ。
 銃を持っているのか。いや持っていたとしてもこの状態なら、わざわざ使う必要はない。革靴で俺の頭を一蹴りするだけでこいつは目的を達成できる。
 足音は俺の顔の前で止まった。
 がしっ。にぶい音。
 衝撃はなかった。代わりに、どうと人が倒れる音がした。
 俺は上半身を起こした。そして殺し屋が倒れていること、そしてもう一人、別の誰かがそこにいることに気づいた。手にしているのは金属のバールだ。これで背後から殺し屋を殴ったのだ。
 こいつも殺し屋だろうか。商売敵から獲物を横取りしようということか。
「あんたは……」
「殺し屋ではありません」
 腕を引いて俺を立たせると、男は言った。穏やかな口調だった。
「生かし屋です」
 生かし屋? 殺し屋の逆か? しかし助けてくれと誰かに頼んだ覚えはなかった。そしてこんな老人を助けて、何のメリットがあるのか。
 男は俺の顔を指さしハンカチを差し出した。血を拭けということか。
 そっと顔に当てると、ふいに男は両手を伸ばしてきて、そのハンカチを強く押しつけてきた。つんと薬の匂いがした。数秒で意識が遠のいた。

 目が覚めた。俺は椅子に座っていた。ここに来るまでの記憶はなかった。見回したが、コンクリート打ち放しの壁しか見えなかった。何もない部屋だ。
 ぎゅいん、と、音。振り返ると、顔を革製のマスクで覆った大男がいた。男は手に電動のノコギリを持っていた。
 何の説明もなかった。ノコギリはまず俺の太ももに振り下ろされた。俺の視界を血しぶきが覆った。それは俺の血だった。耳を聾する叫び、それも俺の声だった。
 逃げる間もなく両足が切断された。椅子ごと倒れて俺はコンクリートの床に投げ出された。ノコギリは次に俺の肩口にあてがわれ、片側の腕を切り取った。血の海の中で俺はのたうち回った。
「どうですか」
 と、低い声がした。
「痛いですか」
 それで初めて俺は痛みを意識した。激痛、限界を超えた苦しみ、その渦巻きの只中に呑み込まれていた。意識が遠くなることにだけ、俺は希望を感じていた。早く、殺してくれ。

 また目が覚めた。自分の体が目に入った。五体満足だった。裸で浴槽に横たわっていた。
 まさか夢だったのか。あのリアルな光景は。激痛は。
「いえ、夢ではありません」
 俺の心を読み取ったように誰かが答えた。
「あなたは死んだのです。けれど、生き返らせました」
 どういうことだ。
「生かし屋だ、と申し上げたでしょう」
 ざばあと音が聞こえ、吹き付ける湯気を顔に感じた。俺の足の先に太いパイプがあり、そこからしぶきが迸っていた。
 全身が収縮した。熱い! パイプから注ぎ込まれていたのは熱湯だった。エビのように飛び跳ねて浴槽から逃げ出す自分をイメージしたが、体はそのようには動かなかった。熱さ、痛みは感じるのに、手にも足にも力が入らないのだ。
 俺の全身の皮膚が、みるみるうちに焼けただれていく。足が、手が、痙攣しながらひきつれて、おかしな向きに曲がっていく。目玉がぐるぐる回り、息が止まる。叫ぶこともできない。殺してくれ、早く。

 目を開けると。俺は立っていた。体にはロープが巻かれていたが、まぶたを開くと同時に、それははらりと外れた。
 また生き返った。ここはどこだ。
 自由になって、体がふらついた。俺は両足がやっと載るくらいの小さな足場に立っていたのだ。
「おっと気をつけてください。落ちたら大変です」
 この声は。
「そうです。生かし屋です」
 俺は混乱した。そのせいで体もぐらぐらと揺れた。
「しっかりして。せっかく生かしたのですから、しばらくは生きていてくださいよ」
 その指示に従うことができず、俺は足を踏み外した。落ちたのはほんの1、2メートル下だったけれど、あまりの痛みで俺は鳥のように叫んだ。床の一面に、金属のとげが生えていたのだ。太ももの片方と脇腹が完全に貫かれ、そこから先端が飛びだしていた。体をよじると今度は尻や背中にも刺さった。とげはゆっくりと上下運動をしていた。それは皮と肉を裂きながら伸び、内臓をえぐり出しながら縮んだ。のたうち回る俺の手足を腹を耳を目玉を、鋭利な金属の先端が突き刺し切り刻んでいた。
 皮膚をはぎとられ腸や臓器をまき散らしながら俺はまた叫んだ。殺してくれ。

 俺は暗闇にいた。
 ようやく、死ねたのか。
「いいえ」
 拷問なのか。これは。
「拷問だったら死んで終わりです」
 お前は誰だ。
「生かし屋です」
 殺してくれ。
「生かし屋だと言っているでしょう。何度でも生かしますよ」
 どういうことなんだ。
「教えましょう。教えておいた方が面白い」

 たとえばとんでもない罪を犯した人間がいる。
 そいつに科せられる最高の罰が「死刑」だとしたら、それは不平等だ。
 だって、誰だって、いつかは死ぬんですから。遅くとも50歳までにはね。
 49歳で罪を犯した人を死刑にしたとして、たった1年、寿命を奪うことしかできない。
 そいつが、20歳の、前途有望な若者を殺したとしたら。あるいは10人いや100人の善人を殺めたとしたら。
 死刑にしたって、とても、割に合わないですよね。
 あなたはそんな罪人です。
 極刑に相当する罪を犯して逃げている。
 しかも、法定の寿命をとうに過ぎている。
 もし死刑にしたところで、そもそも、もう死んでいなくてはならない年齢なんです。
 そこで私のような仕事が望まれるんです。「生かし屋」です。
 誰かに憎まれている人……大抵は罪人です……を、殺すのではなく、生かす。それが私の仕事です。
 表向きは賞金稼ぎです。50歳を過ぎて逃げ回っている老人を捕まえる。
 当局に提示する死体は、個人の特定さえできれば、破損した状態でも構わない。まあ武器を持っていて激しく抵抗する老人も多いですからね。燃えてしまったり、手足がばらばらになったりしていることも多いですね。
 そこがポイントです。私は、ターゲットを捕まえると、昏倒させ、特殊な手術をほどこします。
 脳と基幹神経だけを抜き取り、培養液の中で生存させます。残りの肉体は縫合し、不完全な部位にはブタの血肉を詰め、見た目は完全な一体の死体にした上で、当局に納品し、懸賞金を得ます。
 ターゲットは生き続けます。痛み、苦しみだけを感じる存在として。
 そう今のあなたは、脳と神経だけの存在です。培養液の中に吊られて数万本の電極を差し込まれています。
 電極からの刺激をあなたはVR世界の体験として知覚します。
 そしてその世界にいるあなたを、我々は、モニターの中に見ることができます。
 モニターのこちら側から、我々はゲームをプレイすることができます。コントローラーを手にするのは、あなたにひどいことをされた人達、あなたに憎しみを抱いた人達です。彼らがボタンを叩くと、あなたは剣で串刺しにされます。熱湯をかけられ焼けただれます。ノコギリで切り刻まれます。
 頭から硫酸をかけたらどうか。体を百万匹の虫に食わせてみたらどうなるか。人間の怨念には、そして怨念が作り出すイマジネーションには、限りがありません。それを我々は全て実現できるのです。
 あなたは死ぬことができません。あなたは無限の回数、殺されては、生き返ります。
 わかりますね。あなたにとっての、ここは本物の地獄なんです。


おむすび @omusubinococoro

極刑である死刑が不平等ではないかという考えは目から鱗でした!考えさせられますね。

2019-05-07 23:16:11
渡辺浩弐 @kozysan

そもそも「死」を最悪な事態と定義してしまったことから、人は大きな悩み苦しみを背負うことになってしまったのだと思います。

2019-05-08 06:38:31
ぷよ太郎 @yorikone

クローン人間は禁止されてるけど、非合法で財産あるのが医者を抱き込んでクローン人間作っていると思います、実際クローン人間は今現在誕生してると思います、テロメアの問題の解決さえすれば長生きできますね

2019-05-18 12:35:08

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