「私がビールではおかしいでしょうか?」
夜のお誘いをするべくバーに連れ込んだクリスさんと、クリスさんのViにノックアウトされるPさんのお話です。
@toasdm
スマートな誘い方というものに関しては全く自信はなかったが、どうすれば彼女が喜ぶだろうかという視点で物事を考えるとなると話は違った。女性はロマンチックな雰囲気がお好きでしょうから、とクリスは彼女をバーに誘った。
「雰囲気いいですね」
店内を見回す彼女はバーの雰囲気を気に入ってくれたようで、クリスはほっと胸を撫で下ろす。たまに一人で来ることもあるのですよ、と長い髪の毛を耳にかけ、クリスは受け取ったメニューを彼女に見せた。
「……あの」
もじもじと、何か言いづらそうにする彼女の顔を覗き込むと、薄暗がりの明かりに置かれたバーカウンターのキャンドルが、彼女の頬を赤く照らしているようにみえる。
「あまり、こういうお店に来ないので……」
「……なるほど、でしたら」
こういう場面では女性に何を勧めるべきか、というものに関してはやはり自信はなかったが、彼女が普段飲んでいる酒や好きな食べ物に関しては自信があった。フルーティーなものがお好きでしたよね、と一応確認をとり、クリスは彼女にファジーネーブルを勧めてみた。
「あ! 居酒屋さんで飲んだことあるかも!」
「ふふふ、でしたら是非、こういったお店の本格的なものも試してみてください」
飲み口がよく度数もそこまで高くないため、下心のようなものを隠せるだろうというのと、後は単に、彼女の好きそうなものだという理由で選んだものだったが――。
「……うわ美味しい!」
「ああ……よかったです」
彼女の驚きと喜びに、クリスは胸がフワリと浮いたような愛しさでいっぱいになる。アタリだった、という確かな手ごたえに、クリスはグラスのビールを傾けた。
「クリスさんはビールなんですか?」
「ええ。やはりこういったお店できちんと管理されているものは別格ですよ」
居酒屋くらいしか知らない彼女は、クリスの豊富な知識と大人らしいこだわり方に、ほぅ、と溜め息を漏らした。そもそもが、長髪の美形がバーカウンターで酒を飲むというビジュアルは、それもアイドルが大人らしい雰囲気を漂わせているという光景は、目の毒と言っても過言ではないほどに完成された景色だった。ぽーっと熱にあてられたようにクリスの横顔を見つめる彼女からの熱い視線に、クリスはちら、と横目だけで反応してから、フッ、と恥ずかしそうに笑った。
「私がビールではおかしいでしょうか?」
「あ、いえ……そういうんじゃなく」
飲んでみますか?と冗談めかしてグラスを向けられて、彼女はより一層赤面する。冗談ですよ、とくすくす笑って、クリスは彼女の視線の意味を理解した。
――これは、私に見惚れてくれていた、ということでしょうか。
その可能性に浮き足立つ心は、クリスを饒舌にさせた。とはいえ、クリスが饒舌になるのは大体海の話ばかりで、どこそこの海辺のバーで飲んだなんとかというカクテルはきれいな色をしていただとか、ヒートアップする海トークを、彼女はニコニコと聞いている。
「……っと。そういえば、今日はあまりこういった話をしないように、と思っていたのを忘れていましたよ」
「え?」
あなたといるとつい心を許してしまうのです、と眉尻を下げて苦笑するクリスを、彼女はぽかんと見つめている。
「実は、折り入って相談があるのですが」
耳打ちをするように彼女に顔を寄せ、クリスは少し低い声で囁いた。
「今夜は、あなたと夜を共にしたいと、思っているのですが」
びくり、と震わせた彼女の肩にそっと手をまわし、クリスは優しく包むように撫でて続ける。
「よろしいでしょうか?」
「え、あう、あ、えっ」
「いけませんか?」
「いえそういうのではなく」
明らかに動揺している彼女に、仕返しをしてやったような気持ちになったのは恐らく、先ほど自分に見惚れている、と気付いてしまった気恥ずかしさからくるものだろう。
「では、この後の時間、朝までは」
耳に唇が触れるような距離で、クリスの艶めいた声はゆっくりと、彼女の耳に注がれる。
「あなたの時間を、私に、くださいますか?」
その一言は、どんな酒よりも彼女を酔わせた。