X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

「まどろみ」

全体公開 3951文字
2019-05-10 13:29:28

静けさ。


カウンセリング記録
04/28/20■■
担当:蝶野
クライアント:祖久世 治郎

「クライアントの身体的情報」
相変わらず。外出できるところまでは回復してきた。睡眠時間についての認識が過労死ライン。平均時間を示すことでさらに指導をした。研究所の環境も念のためちょっと確認する。

「クライアントの環境情報」
部屋の様子等は変化なし。お出かけ、からの社会的なコネクションについて話題が繋がった。あると発言、しかしながら経済基盤が不安定そうな場所である。また本人の傾向から分析するに、トラブルがあった際居場所がなくなる可能性がある。問題の解決を優先し、状況を確認しつつ警戒は怠らないようにする。哲学人関連であるらしいが、哲学人の管理は少人数民間でできるものではないし、非営利団体であるらしい、と不審な点も多い。以前研究を行っていたなら研究施設として名が出てきてもおかしくないはずだが。

「クライアントの状況」
特に変化はなし。
言葉の意味を捉える際、捉え損ねる、または考えすぎる傾向がある。(間接発話行為が苦手)
睡眠時間・食事・清掃等に無頓着(セルフネグレクト)

「指導内容」
きちんと寝ること。眠る時間を決めること。
感情に対しての肯定と、分析補助。

「分析」
衝動性についての問題提起からの問題点分析と防衛反応の分析を試みた。
セルフネグレクトの傾向は変わらないので食べ物や飲み物を持っていくのは継続する。

研究に対して真摯に取り組んでいた努力に対し、正当に評価したところ反応が変わった。
本人自身の評価の基盤が他人よりであることがうかがえる。
また、自分に対しての正当な評価ができていないため、自信を消失している可能性が高い。
「意味がない」という言い方は、趣味として等興味の消失ではないことを示唆し、その後も研究に対しては関心が高いと明言した。QOLとして、またストレスコーピングとしても趣味というのは様々な機能を持つので継続するように促す。また、本人の実力不足をあきらめるような口調であったことも明記する。

本格的な衝動性の発端として、また、今回のカウンセリングの初めの問題点として、
「どうしてその行動をしてしまったのか」
について聞いたところ、初めから動揺を示し、興奮状態になるのが分かった。感情について否定しないことを述べ、その後に事実を言及したところ、明らかにその発言に対しての反応がおかしかった。

会話記録25:35~「どうしてあんなこと」から
クライアントは
「どうして被害者を殺さなければいけなかったのか」から、私情を懸念し「どうして法律を侵さなければならなかったか」に転換した質問に対し、
「その行動」を「法律を侵す」ではなく「やれることをする」に置換。
「どうしてその行動をしなければいけなかったのか」→「どうして動かないといけなかったのか」
に対して、「行動しないと変わらない」という発言をしたと考えられる。
焦りがうかがえるのと、過呼吸の気が見られる。その前に研究について、というより、「努力」の認知のゆがみ、報酬の不足における不安定さ、自己肯定感の低さ、焦りや不安といった感情が見られる。

会話記録26:15~「落ち着いてください」から
クライアントに対してもう一度カウンセリング時の原則を確認したところ、本人は自分の状態を正しく認識できていないことが判明している他、その後に、「わかっているのになぜダメなのか。自分だけどうしてできないのか」というような発言がうかがえる。この際、私は拒絶していないことから、本人が「自分が周りから否定されているところがある」と認識している、または「落ち着く」という単語が「黙る」と同意義にとらえられているという認知のゆがみが認められる。また、「自分が他人よりも劣っている」という考え方もありありとしている。これは自分への過小評価、実力の認知ができていないことによる失敗経験の多さ、または発達における報酬系の脳機能の障害が予測できる。

これらにより、行動自体が執着概念と同一視されていると推測。分析し、原因について整理、本人の正常な認識を確立するよう、議論を誘導。また、過小評価分の埋め合わせを検討し、その後の発言に反映。

会話記録35:15~「落ち着きました?」から
クライアントの認知のゆがみを指摘した際、「また自分が」と発言したので、自分に対しての考え方に焦点を当てたところ、「自分で自分に対しての自己否定」を率直に発言したので、分析するために理由を尋ねた。これによって判明した、本人の感じる主症状は次の3つである。
・会話への苦手意識
・他者への損害を与えているという認識・罪悪感・自己肯定感の低さ。
・依存体質・粘着質。執着しやすい心情。
これらは確かに主症状ではあるが、大なり小なり人間には存在する。
それを踏まえ、今後はこの3点に注視してカウンセリングを進めていきたい。
今回のカウンセリングではこの内容に踏み込むことはせず、自己肯定感の低さを改善するためにも努力の肯定に重点を置いた。本人が苦しんで努力し日常生活を営んでいたことは事実であり、それを評価されてこなかったことは彼に対してかなり深い傷をつけている。今後も重点的に分析、認識を改め、改善に尽力しつつケアしていきたい。

留意点として、すでに依存傾向が見えてきているので、接触の際距離感を間違えないようにすること。
「問題点」
(認識あり)
・会話への苦手意識(発話意図の理解・間接発話の不自由)
・他者への罪悪感(自己肯定感の低さ・セルフネグレクトの傾向)
・依存体質・粘着質。執着しやすい心情。(感情制御の問題)

(認識なし)
・衝動性の制御が効かない
・感情の波が不安定
・他人に対しての不信感
・片付けができない(関連事象)
何らかの発達障害の傾向。ADHDと二次障害と推測。

「今後の流れ」
3つの認識済み問題を掘削し、本人の問題分析を促し、生きづらさを改善する。
この中では感情制御が一番訓練しやすいと思われるのでそこから始めていきたい。


書き終えて、蝶野は積んであるお菓子の山からひとつ、一番好きなチョコレートを取った。
封を開けると意外と量があって、驚く。
これを持っていけば良かったかなぁー、と、考えて、ふと、彼の柔らかい表情を思い出した。
祖久世君。つい1か月前に知ったばかりで、つい2週間前にようやく話せるようになった。凶悪に語られた表面も、分からないと言われた内面も、本人と座ることが出来るまで不確かだった。そのくらい、知らなかった。だから、知ろうと思った。知った上で判断しようと思った。
結果として、彼は怪物ではなかったわけだ。
それが嬉しい。彼は人間だった。それだけで、わかることが出来る。考えることができる。感じることができる。間違えても、笑いながら引き返すことすらできる。
チャンスなんていくらでもある。心さえ生きていれば。
1ヶ月。結構時間はかかってしまったけれど、彼は今、快くドアを開けて招いてくれる。そのドアを開けるまでが長かった。まるで彼自身が築いていた関係のようだ、開かないで、軽く話して終わらせてしまう。この先は未知数だが、ゆっくり、ゆっくり、彼のペースに合わせて少しずつ治していけばいい。何よりもこれは医者としての業務とは違う。さながら、探偵のようなものだ、と思った時、テレビで流していたアニメ映画から声がした。
"よっ!夢探偵!"
「ふふっ」
蝶野は吹き出した。タイミングが良すぎる。
この映画の主人公が夢の中を行き来する夢探偵なら、今やっていることはさなから、心の分析を行き来する、心理探偵か。
それは結構なことで、と、どこかで読んだ小説の探偵の言葉を思い出した。……えっちゃんさんもこんな感じのことを言いそうだ。つっけんどんというか、なんと言うか。
「誰がつっけんどんですか。」
近くの面会室からえっちゃんさんが顔を出す。
「あー。また勝手に見てますねー?」
「そりゃ、見えちゃうんですから」
歩いて出てくる足の運びがぎこちなくて、蝶野は彼に肩を近づけて手を自分の腰にあてて促す。
「どうぞ?」
それは結婚式で新郎側がやるポーズに似ていた、かもしれない。
……いいですから。」
超自我は少し笑った。
「えー?」
「それは少し恥ずかしいし、これもあるんです。」
と、持ち出して置いてあったキックボードを取り、使う形に開いた。そこにゆっくりながら足を置き、
「あっ、ずるーい!」
「怪我人と足枷の人だけですよ。それに僕は使い慣れましたから。」
「えー。歩くより全然早いじゃないですかー。」
……合わせますよ。」
研究所内には不自然な程カジュアルなものに乗った青年と、ふわっとした色の女性の組み合わせ。どこかおもちゃ箱を思わせた。
「今日は早く帰らないとダメですからね。」
「えっちゃんさんもですよー?」
「そうです。」
「?珍しく素直ですねー?」
「珍しくって。僕は素直ですよ、前から。」
「えーーー?」
蝶野は聞き返す。いたずらに笑った彼女に超自我も思わず口元が緩んだ。鼻息をわざとらしく吹いて
「なんですかその顔。」
彼のその発言に、蝶野は花を飛ばしながらころころと笑った。



そのまま進めば、良かったのだが。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.