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白狸と黒狐のめおと、甘味処に来訪のこと

全体公開 26 16 3053文字
2019-05-19 00:08:04

モブ視点アジクロアジ。語りは1900年頃、来訪は1860年頃のつもり。エセ江戸風なので広い心でお読みください。

Posted by @kyoko_rf

やあいらっしゃい。お江戸から続く甘味処へようこそ。
……なんて言うと目ん玉丸くするようになったねえ、近ごろの子は。このあたしが小僧ン時は、まだ江戸の世だったんだよ。
このあたりもすっかりさま変わりしちまったから、洋風に変え損なったまま、まるで老舗みたいな貫禄でやらしてもらってるけど、京の人に聞かれたら鼻で笑われちまうね。
え? 昔はカッパもいたのかって? そんなのいるもんかい、ありゃあただのつくり話だよ。サムライは……ああ、坊ちゃんにとってはどちらも昔話に過ぎないんだねえ。
ああ、でもねえ、カッパはいないけど、化狸と化狐のめおとなら見たことがあるよ。これはほんとう。ちょうどあたしが坊ちゃんくらいの歳、この店に丁稚奉公に出されたての頃の話でさ……


丁稚奉公も坊ちゃんにはぴんと来ないかね? 店にガキの頃から住み込んで、仕事を教わるの。
勉強? あの頃は尋常学校なんてなかったからね。あたしは寺小屋で読み書きそろばんは一通り習ってたし、仕事に要る知恵はここで身につけたから、この歳までそう困ることはなかったけども。まぁ、御一新の騒動で店がなくなったやつらは苦労したろうねえ。

ともかく、坊ちゃんの歳の頃からあたしはこの店に住んでいたのよ。つってもまだ右も左もわかんねえ小僧だから、店の前をほうきで掃いたり、あんの下ごしらえをしたり、そういう雑用ばっかりだ。店は広いわ、せいろは重てえわでしんどかったなあ。
ちょうど今くらいの桜の季節、毎日店も混んでてへとへとで、だのにその時は珍しく人っ子ひとりいなかった。
それで、あたしもぼうっと店の外の日向を見ていたら、春風が舞い込んできてーー

したら、いつの間にやら店ん中にいたのさ、妙な異人さんの二人組が。


外国の人をバケモノ扱いしちゃいけない? ああその通りだ、ごめんよう。坊ちゃんは良い子だね。
でもね、あのころは血なまぐさい世の中だったからね、辻斬りやら何やら……。いかにも異人さんって顔立ちの男が、護衛もなしに歩くなんてありえなかったのさ。ましてやこんな店で、のんきに茶をすすってるなんて。
だのに番頭さんも手代さんも、誰もお二人さんを気にしちゃいなくって、ずっと店先でくっちゃべってばかりだ。そのくせ、いつのまにか二人の手元には、店でいっとう上級の練り切りが六ツもあったのよ。
さらに、そのお二人さんの格好が、また妙ちきりんなんだ。

一方は、地獄の鬼のように真っ赤な髪をまげも結わずにぼさぼさに伸ばしてて、そのくせ服は艶のある黒の着流しを粋に着こなした若い男。紅の角帯に蛇柄の煙管入れと、いかにもお江戸の伊達男って風情よ。それだけでも奇妙だが、さらに黒い硝子の色眼鏡をかけてんだ。薄暗い店ん中でだよ。

もう一方は白っぽい羽織を着た、恰幅の良い白髪頭のおじちゃん。羽織は擦り切れたぼろなんだが、ようく見ると絹のお高そうな骨董品だ。でも落ちぶれた大商人って感じでもなくて、どこか浮世離れしてるっていうか。仕草がお上品なのよ。お公家さんか、歌舞伎の女形みたいな、ヨヨヨ、ってふうに菓子を食う。
すべてが変てこで仰々しいのに、取ってつけたようではなくて……まるで「数百年ぶりに人里に降りてきた化け狸が、昔の振る舞いをそのままやってるみたいだ」と思ったんだよ。そん時はものの喩えとして浮かんだだけなんだけどね。

あたしの視線に気づいたんだろうね、その白い旦那が手招きして、「ええ店やねぇ、美味しいわぁ」と言ったんだ。異人さんが突然、たおやかな京言葉で喋りかけてきた驚きがわかるかい?
そしたらもう片方の黒い旦那が「手前の喋りはとろくさくっていけねェ、小僧が目ん玉丸くしてらァ」ときっぷのいい江戸っ子言葉で言うからまたびっくりよ。
「そっちの陣はなんもかもがこんな古くせェのかェ? 反吐が出らァ」と、黒い旦那はまくし立てて、白い旦那はムッと眉をひそめた。かといっていがみ合いってわけでもなく、二人とも言い合いを楽しんでるふうだったね。

客人をじろじろ見るなんざ躾がなってないが、どうしたって気になるのが人情ってもの。数十年前の半人前の小僧のしでかしたことだから許しておくれな。
洗い物をしているふりしながら聞き耳を立ててたら、やれこの菓子は綺麗だ、ぼうとろ……バタァのこったな、今思うと……が入ればなお良し、などと楽しげに話し合ってた。
そしたら耳に入ったのよ。「あんさんはまぁた、人の子ぉたぶらかしてはるの」「それがおれたちの生業よゥ。仇たってやることはおんなし。手前さんとこも人間にちょっかいかけてんじゃねェか」「うちらは人の子ぉに福をもたらしとるんよ」とさ。

ああ、やっぱりこの二人は人ならざるあやかしだったのさ! きっとあたしの勘ぐり通り、白い旦那は化け狸。ならば「仇」っていう黒い旦那は化け狐だと、まァ相場は決まってくるわな。
そしたら黒い旦那の妙な眼鏡も合点が行く。まだ瞳まで上手く化けられない、年若の狐なんだろうさ。
世情に疎い古狸と、新しもの好きの若狐。そんなとこだろうね。

白狸の旦那は恰幅の良さそのままに練り切りを次々平らげて、黒狐の旦那の方に置かれた菓子にまで手をつけ出した。
黒狐は怒るでもなく、苦笑いして皿を白狸の方に寄せてやりつつも「すもう取りにでもなるつもりかィ」と冷やかす。
すると白狸の旦那は最後の一個を前に楊枝をぴたりと止めて、しばし固まった。
そんでもってがばっと顔を上げて……あたしを呼びつけたんだ。

おっかなびっくりあたしは行った。
そしたら白狸の旦那は手付かずの菓子一つ載った小皿を、ずいっとこっちに差し出してきて、真剣な面持ちで言うんだ。
「あんさん、お食べんさい」って。

お客の物をいただくわけにはいきません、と一度は断ったさ。
でも白狸は腹を括ったみてえな顔だったし、黒狐は「食っちまえ食っちまえ、こいつが菓子を譲ってくれるなんて滅多にない吉兆だゼ」と囃し立てるし、何よりあたしは食べ盛りの坊主だったから……結局根負けして、失敬しちまったよ。いまでも忘れやしない、中に白あんの入った、桜色のきんとんだった。

一日中あんこの匂いがしてるってのに、小僧の身じゃなかなか食べられるもんじゃなかったからね。店ん中、客の前ってのも忘れてかっこんだ。人生で一番美味い菓子だと思ったな。
あたしの食いっぷりを見ていた白狸の旦那は、さっきまでの不機嫌はどこへやら、にんまりと微笑んだ。
そのとき一瞬、……天女さまみてえだと思ったんだよ。
狸じじい相手に変だよな。


お二人さんがいなくなるのも、来る時とおんなしで一瞬だった。「いやァ、花見日和だねェ」と黒狐が言って、その声につられて店先を見やるとやわらかな春風が店にひとすじ、桜吹雪を連れ込んで……振り返ったらもういなかったのさ。

茶碗も皿も、跡形もなく……ただ店の菓子が六ツ消えて、その分の代金がいつのまにか帳簿につけられてるってんで、番頭さんが頭をひねってやがった。
あたしが言ったところで誰も信じてくれやしないだろ? だから、律儀な狸と狐のことは胸の内にしまいこんどいたのさ。いつもあたしを叱り飛ばしてた番頭さんが眉を八の字にしてるのは愉快だったしね。
あたしの話はこれで終わりよ。


え、何ではじめに、狸と狐を「めおと」と呼んだのかって?
坊ちゃんも野暮天だねえ。そんなの、あの二人を見てたら、ガキにでもわかったさ……

〈了〉


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