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令和元年のゲーム・キッズ 19「ケブン症」

@kozysan
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2019-05-19 06:24:43

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://youtu.be/HaVf3JAx-xo
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

 全ての国民が50歳までは確実に、健やかに豊かに生きられることが保証されるようになった。iPS細胞とゲノム編集のテクノロジーにより、どれほど重病の人でも、少なくとも50歳までは生存させることが可能になったし、その費用は誰にでも十二分に提供できるような社会システムが実現した。老人がいなくなり、無駄な延命医療費が不要になったおかげだ。
 もちろん、ただ生きていればいいというわけではない。50歳以下の全ての人々には、十二分な衣食住と贅沢なエンターテインメント体験が保証されるべきだと考えられ、それを実現させるべく、カプセルアパートも大量に建設された。
 3メートル四方の立方体の部屋の中にソファベッド、PC、洗面台、シャワーなど、生活に必要な全てを装備したスペースである。電気代や水道代は無料。食料など必要物資が毎日届けられる。
 収入がない人々はここに入居することが許された。寝そべったたまま一日じゅう古今東西のアニメやゲームを楽しめる。多くの若者が、働くことよりもこのカプセルに入ることを選んだ。
 働かないといっても彼らの存在は社会にとって害悪ではなかった。カプセルの設置には面積をとらなかったし、その内部で彼らが消費する電力や栄養分は最低限で済む。彼らの楽しみであるネットコンテンツはほとんど無料のものばかりだ。
 この費用が簡単に捻出できたのも、社会から寄生虫を一掃できたからだった。かつて一人の末期癌老人を延命させるために使われていた経費で、カプセル内の100人分の若者の生活費をまかなうことができていた。
 働く若者が減ったところで、人手不足にもならなかった。AIとロボットの普及以降、実のところ人口のうち1%が働けば十分な状況になっていたのだ。
 無理に仕事を作ってあくせく働くことは、環境にとっても社会にとってもデメリットしかないのだ。
 そもそも働かないことを選択する時点で、彼らの労働能力が極めて低いことは証明されていた。むしろ無能な存在が社会にしゃしゃり出てきて有能な人々の邪魔をすることの方が総合的にはマイナスだという計算結果も提示されていた。
 老人を退治した後は無能な若者の処理を、という発想で造営されたのがこのカプセルアパートだったのだ。彼らを殺処分することは難しかったから、ただ部屋にこもっていてもらうことにしたのである。暇をこじらせて下手に社会に出てこないように、あるいは犯罪に走ったりしないように。
 働く気力のない彼らは、現実世界で人とコミュニケーションする能力に欠けていたが、モニター画面を前に目と指を動かすことだけは進んで行った。
 そこで彼らが熱中していたのは、不幸な人々を探すことだった。仕事や人生で躓いた有名人を見つけて、悪口を言う。
 政治家の失言や芸能人の不倫など、それも特に下品な話題を好んだ。事件の社会性には興味がなかった。報道を追ったり人物の背景を調べたりすることなく、ネット上に書き込まれる表面的なコメントだけで全てを判断した。長い文章は敬遠したが、3行以内の流言飛語ならいくらでも読みふけることができた。それで全てを知った気になっていた。自分は情報強者だと、知的階層だと、思い込んでいた。
 特に信条はなく、ただ闇雲に標的を探していた。基準は一つ、多くの人々に非難されていること。それで「叩いても良い」という確証を得てから、活発にコメントする。自分で考えることはせず、ただネット上に上がった言葉を組み直し、尾ひれをつけてまた上げ直すだけだった。多少でも反応があると、自分も発信者になっているという快感を得た。
 主戦場は掲示板やSNSだった。ひどいことを言って炎をあおり、どこかの誰かの不幸を増幅させようと奮闘した。それで相対的に自分が幸福になる気がしていたのだ。
 常に匿名で、絶対に安全な場所からこそこそと汚い物を投げつけることが楽しみだった。しかし自分のコメントがたまにうまく拡散されることがあると、つい自意識が出てきた。うまいことを言ってるのはこの自分だぞと、主張することを止められなくなったりもした。「やってやったぜ」と騒ぐ。しかし調子に乗りすぎると、怒りの返信を受けることもあった。するととたんに震え上がり、泣き叫んだ。弱いものいじめをされたとわめきたてるか、自分のアカウントを消して逃げた。
 他人を罵倒することで、高い立場から世の中を操作しているような、社会に貢献しているような気分になっていた。どんなに叩かれどんなに炎上している人でも、実生活で活動している人は、カプセルの中にいる自分よりはましだという発想に至ることはなかった。
 そんなカプセル内の人々の世話は完全に自動化されていたから、社会で実際に働いている人のほうからすれば接点はほとんどなく、実のところ彼らがネット上でどれほど喚こうがその存在そのものさえが忘れられつつあるのが現状だった。
 ただある年、とあるシンクタンクの調査レポートが、産業界にショックを与えた。
 カプセルの人々が、20代30代の若者の9割を越えていた。彼らは文化的にも産業的にも虚無の存在で、全く生産性はなかった。そこまでは問題がなかったが、彼らがほとんど消費をしていないということに警鐘が鳴らされた。
 別の調査で、彼らの手元にかなりの額の資産が滞留していることが判明したからだ。
 親の遺産やベイシック・インカムを貯め込んだものだった。この金が回らないことが経済に悪影響を与え始めていたのだ。
 ちょうどその調査結果が出た直後から、「ケブン症」という病気が流行り始めた。
 くしゃみや鼻水がとまらなくなり、目のかゆみもひどい、そんな症状が特にカプセル居住者の間に多発し始めたのだ。
 彼らから、原因について様々な、根拠のない憶測が発信されはじめた。発電所の事故をきっかけに汚染が広がっている影響だという話も、いやその毒は昔からあったもので、ただ人間が過敏になったせいだという話もあった。宇宙外生物の陰謀だと断言する者もいた。テロ集団が毒煙をまき散らしているという噂もあった。
 どれも思いつきで垂れ流されている放言だった。カプセルから外に出かけて真実を調べようとする人間は一人もいないのだ。
 それから、病気自慢が活発化した。自分のケブン症はこんなにひどいと、大げさに書いた。目が腫れた、一日でティッシュ一箱使い切ったというレベルから、目玉が溶けたとか耳から脳みそが出てきたと書く者もいた。
 症状を一撃で治す方法も盛んに提示された。ネギを生で一本食べるとか、ゴキブリを黒焼きにして煎じて飲むとか、でたらめな、ただ受け狙いのアイデアが次々と書き込まれた。
 カプセルの人々は、有り余る時間を利用してそんな作業を執拗に行った。眉唾な情報も、とんでもないアイデアも、他人の書き込みをコピー&ペーストしているうちに自分が出したものということになった。やがて自分を苦しめているケブン症は、自分の考えを皆が受け入れればすぐに消え失せるのにという感覚になり、誰もがいらだつようになった。
 やがて公的な調査に基づき、これは山の木々の発散する粉状物質に対するアレルギー反応だという結果が発表された。伝染性はなく、またどんなに重症でも生命には別状はないという。目鼻以外に症状が出ることはほとんどなく、つらいきついと大騒ぎしている患者も、顔以外の全身はぴんぴんしているということもわかった。これを機に、ケブン症は外の人々にとっては他人事になった。
 しかしながらカプセルの若者は身体的な不快感にとても弱く、ネット上にはますます愚痴があふれた。
 彼らの怒りは行政に向かい始めた。これは公害だと、対策をしろと書き込みは続いた。決して政府や地方自治体の担当者が目にすることはないような場所に。
 空気中に飛散している粉状物質が部屋に入ってくるということは空調フィルターが欠陥品なのだと騒ぐ人々もいた。
 担当役人の実名を誰かが見つけて来てさらしたこともあった。しばらくはその名前に対する罵倒がネットを賑わした。しかし、そんな人間は存在しないということがやがて判明した。
 カプセルから外に出て、近くの役所に行って相談する。たったそれだけのことが彼らには絶対に出来なかった。
 症状を和らげる薬が発売された。服用すれば短時間だが劇的に効く。涙がおさまり鼻が通る。これはネットで簡単に買えた。
 彼らの消費欲が、はじめて刺激された。薬を彼らはこぞって購入した。お金をたくさん持っている者はたくさん買った。少ししか持っていない人も、その全額を使った。そもそも他には使い道のない金なのだ。
 やがて公的研究機関から、原因の粉状物質を撒き散らしている樹木が特定されたことが告知された。ネット上はまた侃々諤々となったが、とても実効的なアイデアが提示され、多くの人を納得させた。
 その木を全て、切ってしまえばいいのだ。
 国土の広い範囲に、今から数十年前に大量に植樹された品種が主だった。山林地帯の不規則な地形上に植生しているため、ロボットによる作業は不可能だった。また、切るならいっせいに行わないと意味がなかった。
 その方法はあった。大人数を動員して、全て人力で行えばいいのだ。
 有償ボランティアの募集が始まった。試算では、カプセルに入っている若者の中から健康な人間だけ、その1割が手を上げたら十分だった。
 しかしボランティアは全く集まらなかった。
 カプセルの人々は、今度という今度は怒り狂った。なぜやらない。なぜみんな行かないのか。ほんの数ヶ月の肉体労働で、このひどく不快なケブン症はなくなるのに。
 若いくせに。元気なくせに。と、若くて元気なケブン症の若者は愚痴を吐き続けた。
 なぜ行かない。
 目鼻をかきむしりたくなる不快感が、そうやってわめきたてていれば消え去る気がしていた。
 俺はこんなにがんばって文句を言っている。書き込み続けている。
 なのに、なぜあいつらは働かないのか。木を切りに行かないのか。
 そういえば。あいつらって、誰だ。


ぷよ太郎 @yorikone

メイキング動画を初めて見ました。ネットを検索し題材を見つけ、そこから話を膨らますことをしていましたね。これならばその場で小説書けますね(ほとんどの人はその場じゃ思い浮かばないけど)。

2019-05-19 07:08:02
ぷよ太郎 @yorikone

ケブン症じたいが、国の陰謀かと思いながら読んでいました。国民に金を使わせるために、病気の特効薬をあえて公表・販売しないってのは現代でもあるかもしれませんね。

2019-05-19 07:18:50
押利鰤鰤 会社倒産して無職3ヶ月 @yawaren

おまゆう小説

2019-05-29 17:19:30

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渡辺浩弐
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