@toasdm
「訂正しろ!」
薫の怒鳴り声に顔を見合わせて、翼と輝は慌てて楽屋から飛び出した。おおよそアイドルとは思えないような形相の薫は楽屋前の廊下で、一人の男の胸倉を掴み壁に思いっきり押し付けていた。
「薫さん!」
「桜庭!」
ばたばたと駆け寄る二人を無視して、薫は今までに見たことのないような剣幕で押し付けた男に食ってかかっている。
「訂正しろ、貴様に柏木の何が分かる!」
「い、痛」
「よせって、桜庭!」
自分の名前が出たことに驚きながらも、翼は止めに入った輝に続いて薫の肩に手をかけた。
「離せ、今このADは柏木のことを侮辱した、僕の目の前で!」
「冷静になれって顔色変わってるだろ!」
薫の手を無理やり引き剥がし、輝はずるずると沈み込んだADの前にしゃがみこむ。あんた、何言ったんだよ、と落ち着いて声をかけてはいるが、事情聴取のような一種の「圧」のようなものは隠しきれていない。
「柏木も離せ、こいつは君のことを顔がいいだけの大食いアイドルだと侮辱した!」
「えっ……」
「……なあ」
本当か?と凄む輝の前、ADの男は力なく項垂れながら謝っている。謝罪はそのまま、彼の発言が事実であるということで、輝は一瞬、全身の毛穴が一気に開くような怒りに震えた。それをぎゅっと拳を握ってやり過ごし、手首に巻いたバンダナを軽くひと撫でしてから輝は立ち上がる。
「立てるか?」
「……」
差し出された輝の手をとって、ADの男は弱々しくふらつきながらもなんとか立ち上がる。翼がなんとか押さえ込んではいるが、薫は今にも殴りかかるような勢いで男を睨んだ。
「訂正しろ」
「……」
「訂正しろと言ってるんだ!!」
「薫さん! もういいですって!!」
この場面で一番大きな声が響き、三人は思わず翼を見る。いつもくるくると表情の変化が賑やかな翼の、二人にしかわからない僅かな違和感を残した笑顔を貼り付けたままで翼は静かに呟いた。
「ごめんなさい、薫さんがご迷惑をおかけしました。そう言われない様にお仕事頑張りますから、応援してくださいね」
「翼……」
こんなやつにまで尻尾を振る必要はない、と吐き捨てる薫から逃げるようにして、テレビ局の廊下をADは走って逃げていく。苦虫を百匹同時に噛み潰したような顔の薫は腕を組み、まだ興奮冷めやらぬといった様子でギロリと翼を睨みつけた。
「柏木、君は悔しくないのか」
「先に言うことあるだろ桜庭!」
「もういいんです!!」
水を打ったような静まり返った楽屋前、険悪なムードを破ったのは翼の強い一言だった。
「オレだって悔しいです……輝さんにも薫さんにも、迷惑かけちゃったな、って……でも、いいんです、仕事で見返してやりましょう」
「……そうだな」
「薫さん、ありがとうございます。オレの為にあんな風に怒ってくれて、実はちょっと嬉しかったです」
「フン……勝手に喜んでいればいい」
「輝さんも、ありがとうございます」
俯いた顔を上げた翼の瞳は、静かに燃えているように二人には見えた。お前そんな顔すんのかよ、と輝に小突かれた翼の腹がぐぅ、となり、三人は顔を見合わせて笑った。
「あはは、怒ったらお腹すいちゃいました」
「締まりがないな」
「よっし、収録も終わったし、どっか食いに行くか!」
輝の提案に二つ返事で乗り、三人は近所のファミレスへと向かう。いつかあのADを見返してやろう、という共通の目的を達成する為に、三人はそれぞれが、互いの能力を高めあおうと作戦会議に花を咲かせていた。