@toasdm
商店街の角にある肉屋のコロッケは雨彦の気に入りだ。もうすっかり顔馴染みになった肉屋のオバチャン(年齢不詳)におまけでつけてもらったハネ品の唐揚げの端っこと共に、ワンハンドで食べられる気軽さを手に、雨彦は温い空気を流す初夏の夕風を受けて歩いていた。
学生の時分なら食べながら歩いたりもしたもんだがね、と人目を気にしてその場でかじりつくことはしなかったが、小腹はちょうど、コロッケサイズの隙間を残して雨彦の食欲をつんつんとつついている。辺りに漂う夕食の温かな香りとあいまって、食っちまうぞ、という気持ちの方が優勢になりかけた頃、遠くに見知った人影を見つけて、雨彦はそちらへと足を速めた。
「プロデューサー」
「あ、葛之葉さん」
お疲れ様です、と雨彦に気付いた彼女が手を振る。珍しい御仁と珍しいところで遭遇したもんだ、と笑う雨彦に、本当ですね、と答えた彼女は買い物を済ませてきたのだろうか、手に提げたエコバックからは大根が顔を出している。
「お前さんも買い物かい?」
「はい、葛之葉さんもですか?」
「まあな。そこの肉屋のコロッケが好きでね」
「コロッケ!」
いいなぁ、の声があまりにも可愛らしく聞こえて、雨彦は思わず吹きだした。変なところで笑わないでください、と赤くなった頬を膨らませるのも可愛らしく見えて、雨彦は自然と彼女の頭にポンと手を乗せていた。
「お前さんも食うかい?」
「え?」
いいんですか、と雨彦を見上げた顔は夕映えにぱぁっと輝いていて、さてはお前さん食いしん坊だな、と苦笑しながら雨彦は袋の中からコロッケをひとつ取り出した。
「生憎とひとつしか買ってないからな」
紙袋の中で半分に割り、雨彦は端っこを口に咥えて残りの半分を紙袋ごと彼女に差し出した。え、と困惑する彼女に促しながら、雨彦はまだ湯気を立てているコロッケをぺろりと平らげる。
「ああ、うまいな。ほら、お前さんも食えよ」
「う、あ……じゃあ……」
雨彦の豪快な食べっぷりに目を奪われていた彼女は漸く自分を取り戻し、差し出されたコロッケを受け取る。ひとつしかないものを半分わけて貰う申し訳なさと、いくら半分とはいえほぼ一口でぺろりと平らげる豪快さに、彼女は気持ちの置き場を見失っていた。
「苦手だったかい?」
「いえ、そんなこと」
促がされて一口、食いしん坊は夕映えにその笑顔を咲かせた。
「そうかい」
「私まだ何も言ってないです」
「顔見りゃわかるさ」
うまいだろう?の問いかけにこくこくと頷いて答えながら、彼女もあっという間に半分のコロッケを平らげてしまった。これは秒でなくなりますね、と満面の笑みを浮かべる彼女の口元に、雨彦は指を伸ばしてニヤリと笑った。
「コロッケの残党がいるな」
「?!」
口の端についていた狐色の衣のくずを、雨彦のしなやかな指がひょい、とつまむ。うわ恥ずかしい、と頬を赤らめた彼女の目の前で、雨彦はそれをぱく、と自分の口の中に納めてしまった。
「衣もうまいだろう? 揚げ油にヒミツがあるらしい」
「は、はい……」
これはこれでもっと恥ずかしい!と赤面する彼女の様子をけらけらと笑って、食いしん坊はいいことだぜ、と雨彦はまた、頭をぽんと撫でつける。
「取り分は減っちまったが、お前さんを分けて食うのはうまかったよ」
気に入ったら買ってやってくれ、と彼女の顔を覗き込んでから、雨彦はにやりと笑う。
「もう残党はねぇな」
「あっても自分で取りますから!!」
「っはは、そうかい」
半分になったコロッケは雨彦の小腹を半分しか埋めてはくれなかったが、楽しい時間が残りの半分を埋めてくれたような気分になって、雨彦は十分満腹だった。じゃあな、と手を振る雨彦の背中を見送って、彼女は手の中の、油の染みた紙袋に書いてある店の名前をそれとなく確認していた。