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未だに分からぬその作者

全体公開 7144文字
2019-05-22 23:25:50
Posted by @akirenge

【未だに分からぬその作者】

徳田秋声は帝国図書館分館の扉を持っている赤い宝石が着いている鍵で開けた。ドアを何度かノックして開かなければ、自分で開けるのだ。
一番最初に転生してきた彼は早めに来たら来たで、自分で扉を開けるようにしている。五月下旬前、まだ、外は涼しい方だった。

……暑くなるんだよね……

五月だというのに今年は七月並の暑さに、週末になれば真夏日になるかも知れないと聞いている。そのまま扉を開けて中に入る。
体調を崩すと皆が心配するので、体調には気を配っている。最近では川端康成が体調が少しでも悪くなると気付いて気遣ってくる。
前は桜餅を作ろうとしたら微熱があって、それでも作ろうとしたら気付かれて止められた。泉鏡花もその時に来て、休みなさい! と、
怒られたものだ。休んだら次の日に熱が出た。
秋声はカウンターテーブルのアル場所へと向かう。伸びをしていると、気配が近づいてきた。

「秋声さんか。おはよう」

「館長補佐さん。おはよう」

「知らせを持ってきたんだが、誰も居ないな」

……知らせ……

外見は二十代ほどの茶色い髪をショートカットにして額を出している気さくな青年が秋声の前に現れる。館長補佐だ。
秋声を転生させた特務司書の少女や特務司書の少女に利害の一致で協力をしている加護者と言われる存在の知り合いだ。秋声とあった頃は、
館長補佐では無かったのだが出世した。正確に言うと仕事が出来るから補佐をしてくれとなったようだ。
怪訝そうにしている秋声に館長補佐は笑いながら手を振った。

「先行転生だよ。近いうちに頼みたいだけ」

先行転生、それは新しい文豪を転生させる研究のことだ。坂口安吾や有島武郎など、何人もの文豪がこの研究で転生している。
最近だと、中里介山が転生した。

「今度は誰が」

「おはよう」

「来たね。君。館長補佐が先行転生を近々頼むってさ」

特務司書の少女が明るく挨拶をしていた。その知らせを聴くべき相手が来たのだ。彼女は帝国図書館の制服を着ていた。
緑を基調にした服であり、足は長ズボンだ。たまにスカートになったりする。
制服を今更ながらに作ったのは着ておけば場合によっては防御になるからだ。先行転生と聞いて彼女は瞬きをした。

「誰が?」

秋声と同じ事を聴いた。気になるところだろう。二人の視線を受けた館長補佐は答えた。

「三木露風だよ」

……誰?」

特務司書の少女が問う。彼女はそこまで文豪に詳しくは無い。館長補佐では無く、秋声の方に聴いていた。
彼女に分かりやすく、秋声は三木露風について説明する。

「北原さんと双璧をなした文豪だよ。詩人で……童謡で赤とんぼとかカッコウとか作っているよ」

童謡ならば分かるはずだ。と秋声は想う。彼女は異人ではあるが、童謡は聴く機会があったらしく、いくつか知っている。

「知ってるよ! 赤とんぼなら、その歌を作詞した人なんだね。知らなかった」

「作詞者まで知ってるかはその人次第だからな」

赤とんぼの歌は知っていたようだ。とても有名な童謡である。今も伝わっている歌だ。館長補佐が言うが、歌は知っていても、
作詞者や作曲者まで知っているかというと微妙なところは微妙なのである。

「ゆうやーけ、こやけーの、あかとーんぼー」

歌っている。歌えるのだろう。図書館に彼女の歌声がが響く。秋声と館長補佐も聴いていた。

「こわれーて、みたのーは、いつのーひーかー」

「ちょっと待って歌詞がおかしいよ!?」

「おかしい?」

秋声はすかさず言う。メロディはあっているが、歌詞がおかしいところがあった。

「ゆうやーけ、こやけーの、あかとーんぼー、おわれーて、みたのーは、いつのーひーかー、だよ」

「壊れてじゃなくて、おわれて、だな」

「追われて……

秋声も赤とんぼの歌は歌えるので歌う。館長補佐も訂正を入れる。特務司書の少女は呟いていたが何か呟きが不穏だ。
言葉は秋声の想うように伝わっただろうか。おわれて、の意味を彼女に問いただそうとしたとき、

「君の想像している赤とんぼと鬼ごっこや”終わった”わけではないのだよ。夕焼け小焼けの赤とんぼ、背負われて見たのは何時の日かという郷愁の歌だ」

「白さんだ。……どうして、あたしの想像していることを?」

……君、意味が違っているよ? 違いすぎてるよ」

鋭い声がした。北原白秋である。特務司書の少女は北原に開設されてことで赤とんぼの歌詞を理解したようだが、”赤とんぼに追われている”とか、
”終われてみたのは何時の日か”と想像していたようだ。終われてだと意味合いが怖い。

「君のことならば分かるさ。で、赤とんぼの歌がどうしたんだい。とても地味な歌声が聞こえてきたのだけれども」

「地味……

「次の先行転生が三木露風だから知らせに来た。<女王>は今、反応が無いしさ」

「赤とんぼの歌を作った人だって教えて貰ったの。……歌ってみたら、歌詞を間違えてた」

<女王>は館長補佐の加護者の呼び方である。
北原は時折、秋声に風当たりが強い。前に室生犀星に聴いてみたら、お前だから……お前だから……と歯切れが悪そうに答えていた。

「君の歌声なら聴いてみたいね」

「ゆうやーけ、こやけーの、あかとーんぼー、おわれーて、みたのーは、いつのーひーかー」

「綺麗な歌だ」

リクエストを北原が言えば、特務司書の少女は歌う。歌を聴いて満足したのか北原は微笑んだ。とても機嫌が良くなっている。
正しい歌詞で彼女は歌ったのだ。赤とんぼの歌は四番目まで歌詞がある。残りの三つも彼女は知っているのだろかと秋声が疑問に思い、
聴いてみようとすると、

「赤とんぼの歌だ!」

「おう。白秋と徳田さんと司書と館長補佐じゃねえか。何かあったのか?」

ごんを抱えた新美南吉と彼と共にやってきた石川啄木が来る。文豪達が集合を始めたのだ。

「地味な赤とんぼと聴きつつ、露風の先行転生がしてくると館長補佐が知らせを持ってきたのを受け、綺麗な赤とんぼを聴いたのだよ」

「露風が来るんだ!」

「気合いで呼ぶしかねえな。俺様がそもそも先行転生で行くかは未定だけど」

北原があらすじを説明しているが、地味の部分がことさら強調されていた。南吉の方は喜んでいるし、啄木の方もやる気になっているが、
先行転生についてはその時期に特定の洋墨と金の栞の力を使い続ければ、いずれ、その文豪は現れる。
どれだけかかるかはアルケミストの腕や文豪に寄る。
時間がかかるものはとことんかかるが、転生についても限度として、これだけ金の栞を潜書すれば出ると言う目安はある。
今、この場にいる者は初期の頃から戦ってきたものだから、何度も先行転生を経験しているが、今では目安以上に文豪が居るのだ。
場合によっては出番が回ってこないのもある。

「時期とか分かったら知らせてよ」

「改めて通達は持ってくる」

「露風さん、童謡の方は分かったけれど、どんな詩を書いていたりしたんだろう」

――われは見る。廃園の奥、折ふしの音なき花の散りかひ。風のあゆみ、静かなる午後の光に、去りゆく優しき五月のうしろかげを』

館長補佐の方に特務司書の少女は言う。彼女が疑問を口にすれば、答えを口にする者が居た。二十代の女性の声だ。
とても眠そうな声である。加護者、この帝国図書館分館の主だ。
声だけがしているが特務司書の少女も文豪達も館長補佐も慣れている。彼女はこの分館の主、ある程度のことは好き嘗て出来るのだ。
姿を出していないのである。

『空の色やはらかに青みわたり夢深き樹には啼(な)く、空(むな)しき鳥……

「あゝいま、園(その)のうち「追憶」(おもひで)は頭(かうべ)を垂れ、かくてまたひそやかに涙すれども
かの「時」こそは哀しきにほひのあとを過ぎて甘きこころをゆすりゆすり、はやもわが楽しき住家(すみか)の屋(をく)を出(い)でゆく」

聴いているだけでも彼女は非常に眠たそうでこのまま寝てしまうのでは無いかと言う声の中、引き継いだのは北原であった。
何も見ずに三木露風の詩を暗唱していく。加護者ならば余裕で出来るが、北原も余裕で出来たようだ。

「去りてゆく五月。われは見る、汝(いまし)のうしろかげを。地を匍(は)へるちひさき虫のひかり。
うち群(む)るゝ蜜蜂のものうき唄、その光り、その唄の黄金色(こがねいろ)なし、日に咽(むせ)び夢みるなか……
あゝ、そが中に、去りゆく、美しき五月よ」

誰もが黙る。北原にしろ文豪達はたまに自分の著作を朗読会で読むことがある。北原の暗唱は評判が良かったことを秋声は記憶している。
穏やかに、はっきりと彼は詩を読み上げた。

「またもわが廃園の奥、苔古(ふ)れる池水(いけみず)の上、その上に散り落つる鬱紺(うこん)の花、
わびしげに鬱紺の花、沈黙の層をつくり日にうかびたゞよふほとり――

特務司書の少女が何か反応していた。館長補佐もだ。何に反応をしているのだろうと秋声は訝しむ。南吉や啄木は彼の詩の暗唱に耳を傾けていた。

「色青くきらめける蜻蛉(せいれい)ひとつ、その瞳、ひたとたゞひたと瞻視(みつ)む。
ああ去りゆく五月よ、われは見る汝のうしろかげを」

北原の詩の朗読はそろそろ終わりそうだ。彼は、息を吸う。

「今ははや色青き蜻蛉の瞳。鬱紺の花。「時」はゆく、真昼の水辺(すゐへん)よりして――

詩が止まる。全て暗唱し終わったのだろう。しばらくしてから特務司書の少女が拍手した。

「白さん凄いんだよ! 何も見ずに読み切ったんだよ。これが三木露風さんの詩?」

「去りゆく五月、と言う詩なのだよ」

「最後の、「時」はゆくで。白さんの、時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく……の詩を想い出した」

彼女の言葉を聞いた北原は微笑んだ。とても気が抜けたというか、機嫌の良い笑みだった。啄木と南吉がひそひそ話をしている。
”機嫌が良いぞ、今なら良い感じに金を借りられるかも知れない””いっぱいおやつも奢ってくれそう!”と言っていた。

――時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく、穀蔵の夕日のほめき、黒猫の美しき耳鳴のごと、
時は逝く、何時しらず、柔らかに陰影(かげ)してぞゆく。時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎ行くごとく」

北原は本当に機嫌が良いというか、機嫌の良さが上がっていく。今度暗唱したのは北原の作った詩だ。露風の詩よりも、これは短い。
露風の詩が長すぎたのかも知れない。秋声は詩などに関してはさっぱりだが、北原は詩が上手い。
そんなことを言えばかなり言い返されそうなので黙ってはおくが。

「それ。とっても格好いいんだよ。何処か寂しい何時がするけれど、綺麗」

「君が気に入ってくれるならば良かったのだよ。露風に関して言うならば……

「白秋先生!!」

「朔!! 落ち着けって!!」

しんみりとした雰囲気が粉々に壊された。萩原朔太郎の声によってだ。朔太郎はすぐに白秋の元に走って行く。後を追うのは犀星だ。
白秋に掴みかからないばかりの勢いだったが、特務司書の少女が間に入る。

「どうしたの。朔さん。気配がしてたけど」

「あの人の難解な言葉だけを並べた詩を読むなんて……何が、何があって!?」

……詩の意味がわ……違う? そもそも、朔さん、露風さんの作風を嫌ってたの?」

朔太郎にしては大慌て過ぎていた。これは例えると着ている服にハンバーグのソースを付けてしまった以上の大慌てだ。
特務司書の少女が一人芝居のようなことを始めていたが、加護者が特務司書の少女にだけ話かけたのだろう。
気配については特務司書の少女も館長補佐も気付いていたようだ。

「人が変わったようになるんだよな……あの人に関しては……で、白さんが三木露風の詩を暗唱していた理由は」

「先行転生で三木露風が来るから、それについての話をしていたんだ。近いうちに始まるんじゃ無いかな……皆に伝えないと」

それについての話とだけ秋声は犀星に説明をすると、犀星は分かってくれた。通達に関して言えば報告連絡相談、略してほうれん草は、
やれるようにしている。特務司書の少女が言うには環境作りを頑張ってるよであるようだが、文豪達も増えるに増えた。
秋声は朔太郎と白秋の間にいる特務司書の少女を一瞥しつつ、通達について話す。

「俺様と南吉で伝えといてやるよ。ぼっさんとか高村に伝えたりして、それと張り紙とかしておけば良いよな」

「報告行ってきまーす。頑張ったらご褒美、頂戴ね」

「あの子に言ってね……とはいっても、おやつは買っておこうか」

啄木と南吉が場を離れる。館長補佐の方はと言うと黙っていたが、作業をしているのだろう。術式……面倒だからアルケミスト能力の一種にしておいてくれ……
言ったものを彼は行使できる。

「指環関連とかいくつかあるけれど、三木露風の転生を頑張ってくれ。俺は館長の代理で出かけてくる」

「お疲れ様……やれやれ……通達と……僕も刃を上手く振るえるようにならないと」

朔太郎の方はまだ収まっていないようだ。館長補佐が分館を出て行く。やれやれと口にしてしまったのは、毎度のことだ。
通達は啄木と南吉に任せておくにしろ、張り紙については準備をしておかなければならないだろう。回覧板システムも前にしてみようとしたが、
止める文豪は止めてしまう。
ふと、秋声は首にぶら下げていた指環を取り出した。青い宝石の着いた指環は最近になって作られたものだ。潜書し、有碍書を浄化する際、
この指環を身につけることによって武器を変えることが出来る。概念として記憶を固定して指環型にしてとか、説明は受けた。
指環を使えば秋声は弓ではなく、刃を振るうことが出来るようになる。有碍書によっては弓が居ると最奥にたどり着けないとかあった。
弓のレベルとしてはカンストしてしまった彼だが、こちらはまだまだだ。君、と秋声は話かけようとしたが、

『あの子、北原一問に構われてるからそっとしておきましょう。煩いのよ。国民的詩人が。指示はこっちでやるから』

ため息と共に加護者の声がする。確かに朔太郎がここまで騒いでいるのは珍しすぎることであり、白秋は白秋で止めているようで
ほどよく止めているといった状態であった。

「指示をよろしく」

口にして返す。ええ、とだけ話し声がした。



北原白秋は機嫌が良かった。特務司書の少女が自分に興味を持ってくれたのだ。長年、好きだったが、機会がやってきた。
眠そうに詩を暗唱し始めた加護者から役どころを奪ったが向こうは怒ることも無かった。
秋声に関して言えば彼は特務司書の少女と一番付き合いが長い。

「そう言えばさー未だに誰の書いた詩か分からないんだよね」

「何がだ?」

犀星が聴いた。特務司書の少女は犀星の方を向く。

「かの空みなぎる光の渕を、魂の白羽の鵠船しづかに、その青渦、夢なる櫂にて深うも漕ぎ入らばや。露風さんとは何か違うし」

「彼では無いよ」

「待っていれば転生してくるかな」

「かもしれないね」

笑顔で答えてみるが後ろで朔太郎と犀星が顔を見合わせている。何も言うなと話していた。
彼女が特務司書を初めて右も左も分からないとき、初めての戦いにいった徳田秋声と織田作之助を帰還させるときに加護者が使った詩の作者を
探しているようだが、見つかっていない。見つからなくても良いとは想っている。
知ったら知ったでとなるが単に気分の問題だ。

「調べてみるならば彼のことを調べてみると良い。加護者は便利だが、君も頭を使わないと錆びるのだよ」

「書類仕事は増えすぎてるし、虚子さんがスケジュールチェックして、添削もチェックしているけれどさ、厳しい」

「厳しすぎるなら僕に言いたまえ。何とかしよう。何なら、僕が助手をしても良いのだけれどもね」

助手は日替わり状態だが、最近では高浜虚子が書類関係は担当するようになっていた。特務司書の少女は書類関係は加護者にぶん投げていた……
政府向きの正確な報告書は加護者が書いていた……が、良い加減やれとなってきたのでやっているのだ。

「そうだね。それもいいかも。露風さん……三木さん? が来たら助手になって貰うけど」

「名字呼びか?」

「ろはんさんとろふうさんで以外と被りそう……自分で調べろ? たまにはやれ?……本を準備しておいてよ」

「良いじゃ無いか。手伝おう」

端から見れば一人芝居にしか見えないやりとりだが、文豪達の前ではしてくれる。加護者と会話していたのだろう。会話からして、
本自体から自分で取れと言っているようだ。

「白秋先生と三木露風で白露時代……一時代を築き上げたんだ」

「凄いんだねー」

「詩は難解だけど」

「朔とは詩風が違うからなぁ……

朔太郎が説明を加える。浄化作業はアイツが配分してくれるってとは付け足された。預けてはくれたらしい。

「では行こうか」

「勉強、勉強」

勉強とは話していながらも特務司書の少女は乗り気だった。白秋は朔太郎や犀星と彼女と共に三木露風について書かれた本を探しに行く。
今日は良い日になりそうだった。



「最近は小説も挑戦し始めて詩も挑戦してみようかってなってるんだがな。俺様」

「わーい。啄木さんの詩、楽しみ!!」


【Fin】


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