「誰の為に咲いたわけでもないけど、誰にも見てもらえなかったら、それは少し寂しいな、って俺は思うんだよね」
楽屋花を持って帰るみのりさんと、花が好きじゃないPさんのお話です。
@toasdm
楽屋に届けられた花達の行方を、一度も気に留めたことがないアイドルは恐らくいないだろう。自分達のユニット名や個人名、事務所全体の名前の後に「さん江」とつけられた独特の書体の札が掲げられた楽屋花たちやフラワースタンド。中にはお義理で出したものもあるかもしれないが、大抵は応援の気持ちや祝福の気持ちが込められた花達ばかりだ。みのりはそれを、いつもいくつか持ち帰っているのを彼女は知っていた。
「お疲れ様、プロデューサー」
「お疲れ様です、渡辺さん」
今日も抱えた花達と共に駐車場へと降りてきたみのりを車で出迎えて、彼女は労いの言葉をかける。一抱え以上もあるアレンジメントフラワーと共に、みのりは後部座席へと滑り込む。
「はーーーーーーーー……」
「ふふふ、お疲れですか?」
「うん……でも、充実した疲れだよ」
ふんわりと広がる自然な花の香りは、車の中を嫌味なく満たした。フレッシュな生花の青臭さはカーコロンの人工的な香りとは違って、澄んだ空気を思わせるようだった。
「渡辺さん、いつもお花持って帰ってきますよね」
「うん」
ぼんやりと窓の外を見ながら、みのりは返事をする。窓枠に肘をつき手の甲側に顎を乗せ、車窓を流れる景色を追うでもなく見るでもなく、みのりはぼぅっとしている。疲れているなら休まれますか、と彼女に聞かれて、大丈夫、と答えて、みのりは隣に並ぶ花をちょんと指先で突いた。
「プロデューサーはお花好き?」
「……あまり、縁がないですね」
どちらかというと嫌いというか苦手だが、それをそのままストレートに言うには相手が悪すぎた。元花屋のアイドルには触れてほしくない話題だったのだが、みのりはなぜか苦笑しながら食い下がった。
「あんまり好きじゃないんだ」
「好きじゃない、というか……いずれ枯れてしまうので」
長持ちさせる方法もあるよ、とみのりは続ける。
「……人と、同じだと思うよ」
「人と?」
意外な回答に彼女は思わずルームミラーを覗いた。相変わらず外を眺めた姿勢のまま、みのりは人と同じと繰り返した。
「一つのアレンジメントや花束の中に、つぼみもあれば満開のものもあるだろ?」
「そうですね……」
目線と意識を前へと戻し、運転しながら彼女はみのりの言葉を待つ。
「このつぼみはどんな色で、どんな花を咲かせてくれるんだろう、とか」
何をそんなに慈しんでいるのだろうか、と振り返りたくなるような優しい声が、とうとうと、流れるように自然に言葉を紡いでいく。
「今咲いてるこの花は、いつまでこの美しさを保っていられるんだろうか、とか」
「……」
「一生の中で一番綺麗な瞬間を見守ることができる、っていうのは、すごく幸せなことだと思うよ。人でも、花でも」
プロデューサーである自分と、アイドルであるみのり。みのりの話はなんとなく、それと重なる気がした。
「誰に頼まれたわけでもないのに、花は咲くだろ?」
「はい……」
「誰の為に咲いたわけでもないけど、誰にも見てもらえなかったら、それは少し寂しいな、って俺は思うんだよね」
「…………そう、かもしれませんね」
ぎゅう、と胸が締め付けられる気がしたのは、みのりのその発言が、花だけでなくみのり自身にも向けられているような気がしたからだ。窓の外を眺めながら、みのりの瞳は窓に映りこんだ自分自身の姿を見ているような気がしたせいだ。
「いつか枯れてしまうけど、そんな花の一番綺麗なところ、見てあげないともったいないな、って思えたら、少しは花のことも好きになってくれるかな」
みのりが花ならば、どんな色で、どんな風に咲いているのだろうか。今どのくらい咲いているのだろうか、これからどこまで咲き誇るのだろうか。そんな風に考えて、彼女はルームミラーをまたちらりと盗み見る。
後部座席の花と花は、今までよりもずっと、彼女の心を惹きつけているように彼女には感じられた。