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令和元年のゲーム・キッズ 27「ピーク」

@kozysan
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2019-05-27 05:49:00

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://youtu.be/URSbdFyfOhM
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

 人生が、ぱっと変わった。
 僕の作品が、とあるコンテストで賞をとったのだ。少なくない賞金を得ていろいろな贅沢ができるようになったけれども、それだけではない。仕事の依頼がどんどん入ってくる。僕は無職からいきなり「先生」と呼ばれる立場になった。プロとしてやっていくことができそうだ。
 僕の名前は新聞やネットニュースに出た。テレビにも何度か出た。知人や友人がたくさん連絡をくれた。ファンメールももらうようになったし、街中で声をかけられることもあった。女性からのアプローチも増えた。僕は生まれて初めて、モテるようになった。
 スーツ姿の男が来訪したのは、そんなある日のことだった。男は、人生コンサルトを名乗った。
「あなたの現状は存じ上げています。おめでとうございます」
 いかがわしいとは思ったけれど、僕は機嫌がよかった。それに今の僕は有名人だ。にこやかに対応した。
「いや、まだまだこれからですよ」
「いいえ。今がピークです。これから今以上になるとは思えません」
 さすがにむっとした。
「ご用件は何ですか」
「我々は、みなさんの脳波を常にサーチしています。そして突然幸福を感じ精神的高揚を続けておられる方を見つけた場合、身辺を調査しました上で、特別なサービスをおすすめしております」
「脳波? 僕の脳波ですか。どうやって」
「ライフレコーダーですよ」
 男が指さした。僕は思わず自分の額に手をやった。そこに豆粒大の録画機「ライフレコーダー」を着けていることを、ずっと忘れていた。
「その機能はご存知ですよね。あなたの体験を視覚、聴覚、脳波などのデータとしてキャプチャーし続けています」
 自分が見たものや聞いたことがこれで保存されていることは知っていた。ただライフレコーダーはそもそも保険のつもりで着けるものだ。事故や犯罪に巻き込まれて裁判にでもならない限り、使うことはないと思っていた。
「ネット上にセーブされたあなたのデータはいつでも再生できます。今日はそのサービスについて、説明にあがったのです」
 そういえばこのデータを、つまり過去の自分の経験を、録画したビデオを再生するように再体験することができると、聞いたことがあった。
「あなたは自分の過去に戻ることができます。目の前にあった光景や耳に入ってきていた音響を、そのまま再生できます。脳波も同調させますから、その時の自分に、完全に戻ることになります」
「なるほど。写真のアルバムやビデオのファイルみたいな、思い出のVR版ってことだね。うん、いつか頼むことになると思うよ。多分ずっと先、おじいちゃんになってからね」
「いや、それはおすすめしません。人生はいいことばかりではなく、いやなこと、苦しいことも多いものです。二度と思い出したくないこともあるでしょう。死ぬまぎわになって、そういうものまで見てみたいとは思わないはずです」
 僕はうなずいた。確かにその通りだ。男は続けた。
「私どもがおすすめしますのは、リピート再生です。人生の最高の瞬間を切り取ってそれを繰り返し再生し続けることです。それであなたは人生のピークに、居続けることができます」
「最高の瞬間か。なるほど。年をとって50歳が迫った頃、人生が終わる直前にそれを探して切り出すわけですね」
「違います。最高の瞬間が訪れたと思ったら、それで実生活の人生は完了させ、VR世界に移住するのです。仕事も人間関係も打ち切って、再生機を装着してそのシーンだけをリプレイし続けるわけです。そのための特別室を我々はご用意しています。あなたの今の所持金で、入会金と、寿命一杯までの会費がまかなわれます。今すぐに決心して頂けたら、あなたは一生、最高な日々を繰り返し続けることができるのです」
 あまりに突拍子もない申し出に僕はたじろいだ。
「おっしゃることはわかりますが。今すぐでなくても、そういうことは老後の楽しみにとっておきますよ」
「それでは、もう遅いのです。あなたの人生は突然好転しました。この数ヶ月間とても素晴らしい日々でした。そうですよね? ただしこの先はどうなるか、わかりません。落ちぶれたり嫌な目にあったりすると、そのノイズであなたの精神は萎縮したり混乱したりします。そうなると脳波を今の状態に戻すことができなくなります。つまり、最高の状態をちゃんとリプレイできなくなるのです」
「だって僕は今ようやくうまくいき始めたところですよ。これからもっといい仕事をして、もっと有名になるつもりです。楽しいこともたくさんあると信じています」
「その可能性は低いですね。私どもは高度なリサーチ力とシミュレーション力を持っております。あなたの現状はあなたの実力を上回っています。知名度についてはまだ多少は上がりますが、それに伴って不快な思いをすることも多くなっていきます。スキャンダルに巻き込まれたり、大衆の嫉妬にさらされて炎上したりすることもあるでしょう。金銭的にはだまされることも多くなります。有名になってから失敗すると、売れる前よりみじめな状況となります。おわかりですね。今が、ご自身で上り調子だと思っている今こそが、いちばん気持ちのいい時です。そこが切り上げ時なんですよ」
 あまりに失礼だとは思ったが、男の目は真剣で、物腰は丁寧だった。僕は怒りを抑えてしっかりと考えた。男の言うことには一理あるかもしれないと、思い始めた。そうか。人生はギャンブルと同じで、切り上げ時があるということか。
「あなたは今、幸せです。だから今、決断して頂ければ、残り生きている間じゅう、その幸せが続くのですよ」
 俺はこの数ヶ月のことを思い返した。孤独な貧乏生活に一本の朗報。それからの変化。どんどん振り込まれるお金。祝福してくれる人々。群がってくる美女。高級な料理に、お酒。木造アパートからタワーマンションへの引っ越し。そして最も心を沸き立たせてくれたのは、その変化それ自体だった。変化の角度こそが幸福の正体なのだ。この先どんなに金持ちになったとしても、今のこの興奮を越えることは、ないだろう。
 しかし……
「お断りします」
 僕は頭を下げた。
「サービスの主旨はわかりましたが、僕はまだ、チャレンジをしたいのです。現実世界の人たちに、まだまだ僕の作品を見せていきたい。それで失敗したとしても、落ちぶれたとしても、本望です。いい思い出だけでなく悪い思い出も、宝物として自分の中にしまって、僕はきっと笑って死んでいきます」
 そう、きぱっと言い切った。
「……わかりました」
 男は頭を下げた。
「素晴らしい信念です。本日は大変失礼致しました」
 そう言って立ち上がった。
 僕は微笑んだ。満足だった。
 そして、ふと考えた。この気持ちは何だろう。僕は何に満足しているのだろうかと。
 そうだ。今の僕の発言に、だ。決まっていた。我ながら最高に格好よかった。 この先どんなに成功しても、僕が今ほど格好よくなれることは、ない。そう確信できた。
 僕ははっとした。そして叫んだ。
「ちょっと待ってくれ」
 帰りかけていた男が、振り返った。僕は言った。
「やっぱり、申し込むことにしたよ。そのサービスに」


ぷよ太郎 @yorikone

ライブ配信中は重くなって止まったりが多いようですね、ネット回線がもっとも混雑する時間帯なのでしょうかね。
この話はハッピーエンドな作品になりましたね

2019-05-27 06:47:52
押利鰤鰤 会社倒産して無職3ヶ月 @yawaren

主人公として最高にカッコイイ姿を見せた直後にカッコ悪い姿を見せていくスタイルが逆にリアルで面白いです。

2019-05-27 08:15:19
みどりや @greenarrow045

「あっ、僕今最高にカッコイイ」って気づいてドヤ顔の主人公を想像して吹いてしまいましたw

2019-05-27 17:48:23
amiga @amiga1200

自分を冷静に判断し、自分にとっての最適解を冷徹に実行する
ウチはむしろ最高にカッコイイ生き方をしていると思いますよ
イケてる時ほど「まだまだイケる!」の罠に堕ちてしまう人は多いので
あと晩年な時間が無い世界ですし
ただこの世界、40歳辺りを過ぎるとやたら老化が早いような…

2019-05-27 20:11:16
沢しおん@小説『ブロックチェーン・ゲーム』ヒット御礼! @sionic4029

この、ストンと落とされ、キョトンとしてしまう気持ち。これに25年前に取り憑かれて、今になって毎日新作を読めるというね。25年前のぼくに教えたらどんなふうに思うかな。Win95が出る前のぼくにこんな状況想像できるかな?

2019-05-27 21:07:31

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