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令和元年のゲーム・キッズ 29「死なないヒロイン」

@kozysan
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2019-05-29 07:13:07

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://youtu.be/o6Jcf_OjDig
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

「あなたのワンクリックでこの少女は助かります」
 俺は部屋で一人、映画を観ていた。
 囚われた親友を助けるために謎の古屋敷に入る少年少女たち。そこは怪物どもの巣窟だった。そんな、よくある設定のホラー映画だ。
 一人また一人と仲間が消えていき、とうとう少女は一人ぼっちになってしまっていた。なんとか身を潜めていた部屋のドアが突き破られ、ゾンビが入って来る。絶体絶命になったところだ。
 ゾンビはふらふらと定まらない足取りで、しかし確実に近づいてくる。手も足も背骨もねじ曲がり目玉も片方は眼窩からぶら下がっているが、むき出しの牙は鋭く、そこから、これまでに食いちぎってきた人々の血肉が垂れ下がっている。
「助けて!」
 壁際の棚まで追い詰められた少女の手前に、アイコンが点滅している。
「あなたのワンクリックでこの少女は助かります」
 画面の隅に、そんな字幕がさりげなく小さく出ている。
 棚の上にはワインのボトルが並んでいて、その一本が端の位置で不安定に揺れている。俺は理解した。クリックして棚を揺らしたら、それが倒れて落ちてくるのだ。彼女はそれを手にして、ゾンビに反撃することができるだろう。
 ただしアイコンには数字が表示されている。クリックすると、その金額が課金されるということだ。
 彼女の顔が大映しになる。本人は「クリックして」とはさすがに言わないが、わざとらしくこちらに目線を送ってくる。
「死にたくない。死んだら、もう二度と会えないから」 
 誰に言ってるんだよとつっこみたくなったが、確かにその通りでもある。くだらない映画だと思いながら、俺はずるずるとここまで観てしまった。彼女がここで殺されて映画が終わったら、これまでの数時間は何だったんだろうと、後悔するかもしれない。
 ワンクリックの料金は小銭程度だ。ジュース一本がまんすれば彼女の命が助けられるのだ。どうしよう。
 ぐらりと棚が揺れた。それで自分がクリックしたことを知った。俺は結局また課金してしまっていた。
 予想通り、ボトルが落ちてきた。彼女はタイミング良くそれを受け止めた。
 ゾンビは間近に迫っていた。その朽ち木のような手が長い黒髪を掴んだ。悲鳴を上げながら少女は反射的にボトルを振り上げ、振り下ろした。
 ボトルの底が、ゾンビの頭のちょうど崩れかかっている部分に命中した。そこから頭蓋骨が弾けた。ゾンビは緑色の液体を脳天から噴き出しながらその場でのけぞり、くるりと一回転して、倒れた。床の上でしばらくじたばたしていたが、やがて静かになった。
 彼女は放心したように立ち尽くしていた。その手からするりとボトルが落ち、割れた。血のようなワインが床に広がった。
 一難は去ったが、別の足音やうなり声のようなノイズが、また近づいているようだ。すぐに次のモンスターがやってくるのだろう。
 ピンチが来たらまた課金しなくてはならない。少し前に別の部屋で、机の中の拳銃や壁に飾られた斧を確保するチャンスもあった。あのとき課金してどちらかでも手に入れていたら、ずっと楽だったかもしれない。しかし、とても高かった。あの時は買う気になれなかった。
 しかしその後、ほうきだの分厚い本だのワインボトルだのといった道具でその場その場をしのいでいるうちに、ずいぶんな金額になってしまっている。結局は損をしてしまっているかもしれない。
 いつもこんな感じだ。映画はそもそもただで見られるものなのだ。今日こそは課金しないで見よう。いつもそう思って臨むのだが、いつの間にかものすごく課金しているのだ。計算してみたら、この1年間でクルマ1台は買えるくらいのお金をつぎ込んでしまっていた。他にこれといった趣味もないのに貧乏なのはこれのせいなのだった。
 昔は、映画といえば映画館という劇場で、みんなで同じものを見るものだったそうだ。展開がどんなに気に食わなくても、誰も文句を言わなかったのだ。
 主人公がものすごく理不尽な目にあったり、どんどん不幸に陥っていく話もあったそうだ。なんでそんなものを見せたがったり見たがったりしたのか理解に苦しむが、そういう映画は見てる人何百人がいっせいに悲しんだという。
 映画が進化して、視聴者も物語に参加できるようになった。といっても小銭程度の課金をして、指をちょっと動かすだけだ。大したことをしている気はしないのだが、それで彼女の運命は大きく変わるのだ。
 ぼんやりしているうちに、また彼女はやっかいな状況に陥っていた。逃げだそうと窓を開けたら、屋敷の外壁を覆っていた蔦がヘビのように動き、彼女の首筋にまとわりついてきたのだ。
「きゃあああああ」
 彼女は首つり状態になって足をばたつかせていた。その顔がこちらを向いた。
 苦しそうに口をゆがめているが、それはそれでセクシーで、美しい。頬が紅潮している。その顔に見とれている自分に気づいた。俺はこの子のことを気に入っているのだろうか。
 役者が演じているのか。人間なのか、CGキャラクターなのか。データは全くない。この映画が終了したらもう二度と会えないだろう。
 画面をクリックして、なぜか窓辺に置いてあったナイフを手渡せばいい。それで彼女は蔦を切りピンチを免れるだろう。それはわかっていた。しかし、俺の手は動かなかった。
 俺は考え込んでいた。
 この子が最初に画面に登場した時はなんだ貧相な女だなくらいにしか思わなかったのだ。ところが複数いた登場人物の中で、だんだんとこの子の活躍が目立つようになり、いつしか完全な主役になっていくにつれすっかり感情移入して、その一挙手一投足から目を離せなくなっていた。
 いや違う。俺は気づいた。この子が活躍しはじめたからこの子を推すようになったのではない。俺が、無意識のうちにこの子に注目し、数多い選択肢、そして課金のポイントで、この子に一番有利になる方策を選び取っていたのだ。その結果、この子をメインにストーリーが展開しているのだ。
 映画を観るというのはとても生理的な体験になったということだ。たとえばどんな人を好きになるか。昼ご飯に何を食べたくなり、食べるか。そういうことと同じだ。考えても仕方がない。
 この映画を見ているうちに、自分でも気づかない嗜好が浮かび上がってきて、それが映画のキャスティングに、そして進行にまで影響したということだ。
 別の見方をしていた人は、例えば俺のストーリーの中では早々と惨殺されたあのイケメン青年が一人生き残って活躍している映画を観ているかもしれない。
 同じ作品でも、一人一人の視聴者が別のストーリーを見ているということになる。この映画について語り合おうとしても、話はすれ違うだろう。
「あ」
 画面を見ると、彼女が白目をむいていた。屋敷の窓の外で、絞首刑のようにぶら下がっていた。
「しまった!」
 ぼんやりしているうちに、死んでしまった。いや、死なせてしまったのだ。画面にはすぐにエンドロールが流れ始めた。
 俺は脱力しながら考えていた。
 これは一体どういうことだろう。
 彼女は死んだ。ただ、それはあくまでも、俺の映画の中での話だ。
 別の人は、この先まだ元気で頑張っている彼女を見ているかもしれない。
 ただし俺だけでなく誰も彼女に課金しなかったら。その未来は存在しないわけだ。
 あるいは、彼女がもっと前に死んでいた話も、当然存在するわけだ。
 待てよ。俺はさらに考える。
 映画も、現実も、同じではないか。
 例えば俺は、今この部屋を出て行くか、このまま座っているか、どちらの未来でも選べる。
 出て行って、どうするか。キッチンに行って、グラスに氷とブランデーを入れて一口飲む。そんな自分を想像する。その瞬間、そのシーンは可能性宇宙の一つとして出現する。
 あるいは書斎に行く。そしてデスクの引き出しを開ける。
 その奥に俺は拳銃を隠している。
 それを手に持ち安全装置を外す。
 そのシーンは想像ではない。俺は今その現実の中にいる。重たく冷たい感触を手の中に感じている。
 クラシックなリボルバー。弾丸も入っている。弾倉から6発の弾丸のうち一発だけを抜く。
 弾倉を戻し、回転させる。
 目を閉じて、銃口をこめかみに当てる。
 引き金に指をかける。
 俺には迷いがなかった。
 指に力を入れた。かちり。
 その穴に、弾は入っていなかった。
 大丈夫だということはわかっていたが、汗がどっと出た。
 もう一度。回転させる。引き金を、ひく。
 かちり。
 また俺は命拾いをした。1/6の確率だ。
 いや違う。俺が生き延びる確率は100パーセントなのだ。
 俺は量子力学の「多世界解釈」という言葉を知っていた。
 この現実も、映画と同じだ。瞬間瞬間に、分岐し続けている。
 そして俺は、無限に存在する平行宇宙の一つを選んでここにいるのだ。
 今、強烈に思い知ったことがある。
 俺は死んだことがないことだ。
 これまでの人生、とことんついていなかった。
 ところが、絶対に、死ぬことだけはなかった。
 俺は絶対に死なないのだ。なぜか。俺が、俺だからだ。自分自身の存在しない選択肢に進むことは、あり得ないのだ。
 そんなことを考えている時、ドアベルが鳴った。
 そうだ恋人のA子だ。今夜、遊びに来てくれることになっていたのだ。
 拳銃を持って出迎えた俺を見てA子はぎょっとしていた。
「どうしたの!」
「ただのロシアンルーレットだよ」
 俺はいたずら心を出して、彼女にさっきのマジックを見せてやることにした。
 弾倉の6つの穴のうち5つに弾丸が入っていることをまず見せて、それから回転させ、銃口を頭につける。彼女は金切り声を上げた。
「やめて!」
 構わずに、引き金をひいた。
 もちろん俺は無事だった。
 彼女はへたり込んだ。
「ししし、死んじゃうよ、本当に」
「そんなことはない。わかったんだ。自分だけは、絶対に、死ぬことはない」
 俺はもう一度弾倉を回し、今度は拳銃をA子に手渡した。
「やってみるかい?」
 A子はまだ呆然としていたが、青い顔で、言われるままにそれを受け取り、自分のこめかみに当てた。
 そして撃った。
 そして彼女は死んだ。


ぷよ太郎 @yorikone

1ページ分くらいの短いショートショートも読みたいですね放送がすぐ終わってしまうくらいの

2019-05-29 07:54:12
押利鰤鰤 会社倒産して無職3ヶ月 @yawaren

主人公も課金されているの勝ち思っていました

2019-05-29 13:32:34

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