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令和元年のゲーム・キッズ 30「2倍人」

@kozysan
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2019-05-30 05:28:55

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://youtu.be/be5QRvrWBvI
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

 僕は生まれつき体が弱くて、普通の学校には通えなかった。
 けれど両親のおかげで、不自由することは全くなかった。通信制の学校に入れてもらえて、ネット上のカリキュラムでしっかり学べたし、入学試験もネットで受けて、通信制の高校そして大学へと進んだ。
 友達もできた。そういう学校でもクラスメートとの交流は盛んだし、学校以外の掲示板やSNSでも仲間がたくさんできた。
 病気のせいか僕は聞くことと話すことがあまりうまくなくて、電話だと相手の言葉が聞き取りづらかったり、変な間ができたりすることが多かった。でもメールやチャットなら問題なかった。僕はいろいろなコミュニティに入っていろいろな人々と楽しくやりとりしていたから、家にいても、寂しくなることはなかった。毎日通学している人たちだって、生身の人間と向き合って話す時間より、スマートフォンやパソコン経由でコミュニケーションする時間の方が長いはずだ。
 外に出なくたって、世の中のことはテレビやネットでいくらでも知ることができた。これも普通の人だって今は同じようなものだと思う。誰でも、知識の9割以上は実地で見てきたものではなく画面や紙面を見て知ったことだろう。
 僕は生まれつき抵抗力がないから、会いに来た人には、部屋に入る時に滅菌室を経由してもらう必要があった。それで友達を呼ぶことはちょっとはばかられた。
 僕はそれでも別に構わなかったけれど親は心配してくれて、家庭教師を探してきた。
 優しい、のんびりとした性格のお兄さんだった。とてもゆっくりと喋り、動作ものろかったが、物知りでどんなことも辛抱強く丁寧に教えてくれた。勉強はネットや参考書で間に合っていたが、のんびりと世間話をしているだけで楽しかった。暇つぶしの相手として、とても大事な存在になった。
 家庭教師が来てくれる日が毎週とても楽しみだった。それが5、6年は続いたころ、僕は彼に少しおかしなところがあることに気づいた。
 聞いたこともない商品やアイドルの名前を言うから首をかしげたら「ああ、そういえば君の時代にはまだなかった」とか「ああ、そういう人がええと再来年くらいにデビューするんだけど」なんて、さらっと言うのだ。驚いて聞き返すと、あわてたみたいにごまかしていた。
「あの人、なんだか未来から来た人みたい」
 と、冗談交じりで話したのに、母親は血相を変えた。すぐに家庭教師を変えるということになってしまった。
 彼とは翌日、もう一度だけ会うことができた。1分でいいから挨拶だけでもさせてほしいと僕が頼んだのだ。
 彼は哀しそうな顔をしていた。僕だって寂しかった。隣の部屋にいる父母のことを気にしながら僕は小声でささやいた。
「ごめんなさい。もしかしたら僕が言いつけたせいかもしれない」
「違うんだ。あのさ、説明している時間はないんだけど」
 家庭教師はいつになく深刻そうに言った。
「君のご両親は、おかしいよ。君は逃げた方がいい」
「えっ」
「逃げることが難しくても、いつかは自分の意志で家から出て、街に行ってみてごらん。それで全てわかるから」
「おい」
 何かを察したように父親が乱暴にドアを開けた。
「そろそろ時間だ」
 はいと言って家庭教師は素直に立ち上がった。もう二度と会えないとわかっていたから、僕は泣き出しそうだった。
 彼も唇を噛みしめていたが、最後に握手をした時、僕の耳元にささやいた。
「明日、東海地方で大きな地震がある」
 聞き返そうとしたが無理だった。彼は父親と一緒に部屋を出て行った。
 翌日は朝早くからずっとテレビを見ていた。驚いた。彼の言った通り大地震が起きていた。それで僕は家庭教師を信じた。
 そんなことがあったのに、僕には勇気がなかった。逃げ出すことができなかった。何より、この生活が気に入っていた。もし両親に、この家に、おかしなことがあったとしても、ここは居心地が良すぎたのだ。僕はずるずると、ぬるま湯の中のカエルのように日々を過ごしていた。
 通信大学を卒業して、父の経営する会社の一つに就職した。もちろん在宅ワークだった。自宅からアクセスして、社内ネットワークの管理を担当した。コネ入社であること、出社できないことを差し引いても、僕はよく仕事をしていたと自負できる。社内メールでは、僕は過去の管理者の倍のスピードでトラブルを解決してくれると感謝されたりしていた。
 自然な人生であるとは思わないし、疑惑はあったけれども、まあ幸せと言える日々だった。ただ一つだけ、困ったことが起きた。
 僕はとある女性と、恋愛関係になった。しばらくはネット上でのやりとりだけで満足していたが、やがてお互いにどうしても会いたいということになった。
「いつかは自分の意志で家から出て、街に行ってみてごらん」
 家庭教師の言葉を僕は思い出した。
 僕たち家族はタワーマンションの上層階に住んでいる。窓から見下ろす街はとても小さかった。行き交う人々は豆粒のように、クルマはどれもミニカーのように見えた。
 近くて遠い世界。
 決心してからは、早かった。
 その夜、僕は家を抜け出した。両親は全く警戒していなかった。簡単だった。
 マンションの1階から外に出た。殺風景な街並みが、寝静まっていた。テレビで見る風景と変わりはなかったが、なんだか少し違和感があった。
 ときおり行き過ぎるクルマが、どれもすごくゆっくり走っていた。
 そして、空気が重い感じがするのだ。早足で歩こうとすると、どうしても足がもつれる。
 僕の携帯端末は、外に出ると使いものにならなくなった。電波が違うのだろう。
 どこかに非常用の電話や端末が設置されていれば、彼女に連絡することができるはずだ。
 真夜中だったから開いているのはコンビニエンスストアだけだった。僕はもたもたと歩き、その店にたどりついた。
 入ると、その場所はさらに違和感に満ちていた。
 音楽がなんだか調子っぱずれだった。店にいる人がみんな僕を見ていた。そしてみんな、彫像のように静止していた。
 いや、よく見ると動いていた。すごく、ゆっくりと。スローモーションの動画のように。
「すみません」
 僕は、レジの店員に声をかけた。店員は目をぎょろりとむいて、こっちを見た。そのままじっと止まった。やがてゆっくりと口を開けた。その口が開いたままで止まり、そこから言葉ではなくため息のようなうめき声のような音が出た。
 ぅわはぁぁぁあああああああいいいいいいぃぃぃぃぃぃ
 思わず後ずさりして身をすくめた。その時、肩をぽんと叩かれて僕は飛び上がった。
 振り返ると、父がいた。無表情で僕の手を引き、店の外に連れ出した。
 僕はすぐに自宅まで連れ戻された。

「そろそろ本当のことを教える」
 父も母も怒っていなかった。むしろすまなそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。あなたはね、本当は病気でもなんでもなかったの」
 それだけ言って泣き出した母親を制して、後は父が話した。
「お前をほとんど外に出さなかったこと、限られた人としか会わせなかったこと、それには理由がある。まず、知ってほしい大前提がある。今、この世界は、狂っている」
 父は話した。僕はただ聞くしかなかった。
「狂った法律がこの世界を支配しているということだ。定寿法というものだ。つまりな、全ての人は50歳で死ななくてはならない」
「えっ。じゃあ僕は」
「そうだ。もうすぐ50歳の誕生日だ……としたら、本当は、もう死ななくてはならない」
「そんな」
「でもあなたは、死ななくてもいいのよ」
 母が泣きながらそう言った。
 僕は50歳になっても殺されないように、ここに隠れて暮らしているということなのか?
「なぜならね、50歳というのは嘘なの」
「今のお前は、本当は25歳なのだ。説明する。よく聞け」
 父親が僕のことをじっと見ながら言った。
「脳には余力がある。例えば録画した映画を観るとき、2倍速でも十分わかる。そこで私達は、自分の子供を倍の速さで育てようと考えたんだ。この家の中だけは、全てのものを倍速で動かした。時計の針も、テレビの映像も。窓の外の風景も、窓枠に高精細モニターを仕込んで映像を流した。夜と昼が倍速で過ぎていく風景を。そして自分達は、早口で話し、高速で動くように務めた。もちろん、家庭教師にもそうするように頼んだ」
「ちょっと待って。父さん、母さん。ふざけないでよ。テレビに流れているものを倍速にするって、そんなことできるわけないじゃないか」
「それが、できるんだ。お前が見てきたテレビ、そして雑誌も、ネットのサイトも、全て録画やアーカイブだった。それを早送りしていたんだ」
 理解できずに顔をこわばらせている僕に、父はさらに丁寧に説明してくれた。
「つまりな、お前は生まれた年より25年前に生まれたことにされていたのだよ。そして、50年分のテレビや雑誌やネット情報を、2倍速で、実際には25年間かけて、見ていた。25年で50年を体験していたというわけだ」
 ようやくわかってきた。
 たとえば僕が2025年に生まれたとする。両親はそれを2000年に生まれたことにしていたわけだ。そして2050年までの25年で僕に50年を体感させた。
 僕は、過去の時代に生きていたのだ。
「あなたが外の普通の人達とメールや電話をすることもあった。そういうやりとりは全て私達がチェックして、不都合な情報は削除してからあなたが見られるようにしたわ。ネットの掲示板もあなたのためだけにいちいち作り直していたのよ」
「なかなか大変だったぞ。だがそのおかげで、お前は人の倍のスピードで考え、学ぶようになったのだ。5歳で10歳の、10歳で20歳の知能と知識を持つようになった。お前は天才になったのだ。幼いころからオンラインで各種検定試験にパスして、通信高校にも通信大学にも飛び級で入学して、卒業した。お前はな、22で大学を出て就職したと思っていただろうが、実際はその時、11歳だった」
「じゃあ今は……」
「50歳のつもりだろうが、本当はな、お前は25歳だ」
「じゃあ、まだ」
「そうよ、まだ死ななくてもいいの。25年余っているのよ。限られた時間の中で長く生きてもらうために、私達はあなたを特別な方法で育ててきたの」
「ただ、それももうあとわずかだ。お前の時間はもうすぐ現実の時間に追いつく。そうなったらもう倍速にしておくことは不可能だ」
「それにね、私達、父さんと母さんの時間がもうすぐ終わるの、私達、来月に50歳になるの」

 いつの間にか朝になっていた。僕は事実を知り、頭が混乱していた。考えが整理できない。
 もう一度、外に出てみたかった。ネット恋愛の相手に連絡して、できれば会ってみたいと強く思った。
 両親は、もう反対しなかった。徒歩でまた外に出た。現実の街を眺めながら歩いた。
 人々はみんな、とてものろい。ゆっくりと喋り、ゆっくりと歩く。きっと頭の中の考えもゆっくりなのだろう。
 つまり僕は倍速で考え倍速で動く、この世界ではスーパーマンになっているということなのだ。
 信号も、いつまでたっても変わらない。クルマも、のろのろと走っている。
 僕は赤信号を気にせずに道路に踏み出した。自動車もトラックも、このスピードだったら、歩いてその隙間をすり抜けられる。
 そう思った。ところが、走り出した瞬間、思い出した。粘度の高い液体の中を動いている、あの感覚を。
 思ったように、走れないのだ。
 脳には余力があると、父さんが言っていた。僕の考えたり喋ったりするスピードは確かに速くなっているのだ。
 しかし、体の動きはどうだったか。そのことを考えていなかった。
 車道でもたつく僕に向かって、大きなクルマが、迫ってくる。
 とてものろい。
 しかし、それを僕は避けられそうにない。


ぷよ太郎 @yorikone

会おうとした彼女も倍速で育ったのかとか、彼女のことが気になりますね

2019-05-30 05:45:38
押利鰤鰤 会社倒産して無職3ヶ月 @yawaren

頭の中にとても映像が浮かぶ作品でした。ピチカートファイブとYouTubeのチャットに書いた時に頭の中で流れていたのは、渡辺さんが言ってた「東京の夜は7時」でしたw

2019-05-30 10:27:18
押利鰤鰤 会社倒産して無職3ヶ月 @yawaren

できれば彼女との絡みも読みたかったですが、ボリュームがSSじゃなくなってしまいますものね

2019-05-30 10:31:10

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