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令和元年のゲーム・キッズ 31「自分ゲーム」

@kozysan
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2019-05-31 05:19:02

渡辺浩弐のショート・ショートです。
※メイキング→https://youtu.be/EV8DWWr4Emk
※完成品→https://www.amazon.co.jp/dp/4065169321

 メガネ型のヘッドマウントディスプレイを買った。自分が見ている風景を録画し続けることができる。再生スイッチを押せば、メガネのレンズ部分が液晶モニターになり、そこに録画した映像が再生される。何年何月何日何時何分。その時に見ていた視覚を、そのまま再体験できる。
 まあ人間用のドライブレコーダーのようなものだ。最近はこれをつけている人がずいぶん増えている、記録や記憶の助けになるし、トラブルの時は証拠にもなって安心だ。
 このメガネで視界を録画している時、レンズ部分は透明になっているのだが、間違えてそこにカメラが撮影している映像を表示していたことがあった。ところが僕はずっとそのことに気づかなかった。
 目の前の光景をそのまま見るか、いったん映像にして見るかの違いだけで、見ているものは全く変わらなかったのだ。1/60秒くらい現実とズレていたかもしれないが、全く気にならないレベルだった。
 それでちょっと面白いアイデアが浮かんだ
 僕はこのメガネを少しだけ改造してみた。メガネの両目部分に付いている米粒大のカメラを取り外して、クリップに貼り付けた。体のどの部分にでもカメラをセットできるようにしたのだ。
 つまり両目を移動式にしたわけである。頭のてっぺんに着けると、視点がとても高くなり、背が高くなった気分が味わえる。
 胸に着けてしばらく生活してみた。最初は背が低くなったように感じられたが、慣れるにつれだんだんと、胸に両目がついた人間の感覚を獲得できるようになった。自分の首や頭が、上の方に感じられるのだ。
 とても新鮮だった。普通に暮らしていると自分の意識は両目の間あたりに存在すると思ってしまうが、それは両目から入ってくる視覚の情報があまりに大きいからそう感じられているだけで、そもそも錯覚だということがよくわかる。視覚の場所を移動すると、意識の場所も移動してしまうのである。
 僕は考えた。意識を自分の体から切り離すことすら、できるかもしれない。
 僕はこの視覚カメラを小型のドローンに着けて飛ばしてみた。視覚が体から離れて大空を飛ぶ……と思ったのだが、そうはうまくいかなかった。ただ、飛んでいる鳥や昆虫の視界を疑似体験している感じだった。
 ドローンには自撮り用の自動追尾機能もあった。セットするとずっと僕を追って飛び、頭上から僕の姿を撮り続けてくれるものだ。
 それでしばらく行動してみることにした。自分の視界を、自分自身の姿を頭上から見下ろしているアングルに変えたわけである。
 これが思ったよりも自然で、すぐになじんだ。既視感があると思ったら、テレビゲームだった。ゲームの場合はキャラクターの目の位置からの映像より、この、頭上からの映像の方が普通なのだ。
 僕は四六時中この視覚で過ごすようになった。ごはんを食べるときも、道を歩く時も、仕事をする時も。自分の頭の上や背後を飛ぶドローンからの視覚で、全ての行動を問題なくこなせるようになった。
 ドローンは数センチ程度のもので飛行音も静かだったから、周囲の人に気づかれることもなかった。気づかれても、ハチかハエが飛んでいるくらいに思われるだけだ。まさか僕の目玉が僕を追いかけているなんて想像もされないだろう。
 これは感覚としては、目玉が体から離れて空を飛んでいる、というものではなかった。意識はドローンの方にあって、つまり僕自身はそのハチかハエみたいな生き物になっていて、そこから地上にいる僕の体を操作している、そんな印象だ。そう、ゲームでマリオを操作しているみたいな。
 この感覚が、とてもいいのだ!
 なんと言うか、自分自身との距離感ができる。そしてこれには副産物があった。つらいことも平気になるのだ。
 上司に怒鳴られていても、その自分をこの視点から見ていると、やれやれ大変だねぇと笑っていられる。僕は仕事はできないし、モテないし、友達もいない。けれど、女の子に冷たくされても、同僚にいじめられても、街で怖い人に因縁を付けられても、なんだか人ごとのようだ。それどころか、むしろゲームみたいに、ひどい目に遭うことまで楽しめてしまう。なかなかのハードモードだなこのゲームは、僕の人生は。ふわふわと空中を飛びながら、僕はそうつぶやいていた。

 ある日、僕は上司をいきなり殴ってみた。
 別に腹が立つことがあったわけではない。ただ、ここでこの人を殴ったらどうなるんだろう。そう思って実行しただけだ。そういうことを試してみたりするでしょう? ゲームでは。
 何も起きなかった。同僚はみんな僕を見ていたけれど、何も言わず、何もしなかった。
 外に出てみた。よく晴れていた。僕はスポーツ用品店でバットを買った。繁華街に向かい、人混みの中でそれを振り回してみた。
 僕の体はとても非力に設定されていたけれど、逃げ惑う人の中から、女や子供の数人を、殴り倒すことができた。僕を止めようとする人はいなかった。警察もなかなか来なかった。結局キャラのHPがなくなるまで暴れさせた。僕はしばらく地面にへたり込んでいたが、ようやくサイレンの音が聞こえた頃には多少回復していた。バットを捨て、いったん人混みに紛れ込んだ。それからさりげなくパトカーに近づいた。あたふたしている警官たちの隙をみてパトカーに乗り込んだ。キーはついたままだった。僕はドアを閉め、アクセルを踏んだ。
 ハンドルが定まるまでに数人の歩行者をはね飛ばした。
 それから軽自動車に追突した。軽は対向車線に飛びだしトラックと正面衝突した。僕の方はバイクと自転車をはねてから、タクシーとぶつかり、それで歩道に突っ込んだ。また数人が空中を飛んでいった。
 そのままビルに激突した。ガラスをぶちやぶり、コンビニの店舗内に突入、陳列棚と客をなぎ倒してからレジを潰して止まった。
 僕はパトカーから降りた。これから、どうするんだっけ。
 ふと、僕が振り返った。
 僕が、僕の方を見ている。その血走った目。
 僕が近づいてくる。僕の方に。いや、僕が借りているハチの、ドローンの方に。
 僕が、手を上げて、僕めがけて振り下ろしてくる。それは僕の知らない動作だ。僕は、ドローンは、叩き落とされる。
 僕は地面に倒れている。情けない、死にかけのハチのように。
 僕は近づいてくる。その赤い目玉が僕のことを捉える。
 その大きな足が高く上がり、下がる、僕の上に。
 そして、くちゃ。僕は、僕に踏みつぶされる。
 視界にノイズが走り、ぶつんと消える。何も見えなくなる。
 わずかに、音が聞こえる。僕が、走り出した足音だ。
 一体ぜんたい、あいつは誰なんだ。
 僕は、誰だ。


ぷよ太郎 @yorikone

おつかれさまでした。朝起きてから読むのが日課でした。

2019-05-31 07:10:23
伊波 九悟 @173kyugo

31本連続執筆完走おめでとうございます。
この定寿法という設定があまりにも面白く、人生で初めて小説を書きたくなり
ノートの下書き機能を使って1本出来上がりました。誰に公開するでもありませんが
凄く頭が刺激された気がして楽しい体験でした!次の配信も楽しみにしています。

2019-05-31 11:58:49
沢しおん@小説『ブロックチェーン・ゲーム』ヒット御礼! @sionic4029

連日の体験を、ありがとうございました!

2019-06-01 15:16:30

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渡辺浩弐
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