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[硲P♀]中間テスト

全体公開 1746文字
2019-06-03 12:47:49

「この時期は、ああいう学生さんたちを歌で応援できますもんね」

教師時代を懐かしむ硲先生と中間テストとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 イヤホンで音楽を聴きながら一人で。あるいは友達とわいわい言いながら。週末の午後のカフェは、そのテーブルにノートや教科書、参考書を広げてやっている。頑張りたまえ、とその光景に目を細めて、道夫はゆったりと、一人掛けの席に着いた。
 教師であった道夫にとって、この時期、中間テストの時期はなんとなく、心がそわそわしはじめる。それはアイドルになってからも変わらない日常のワンシーンで、もう心配する必要などないはずのテスト範囲の選定や小テストのスパン、学生たちの進み具合などを自動的に考えてしまう道夫は、頭のてっぺんからつま先までしっかり教師のままだった。
 立場や道が変わっても、自分自身の生き方や根底にあるものは変わらない。当たり前のことではあるが、道夫にとっては新たな再発見だった。カフェの喧騒に紛れて時折聞こえてくる、かつて自分が教えていた内容に耳を傾けては頷いて、道夫はふっと息を漏らした。
……私は、もう教師ではないはずなのだが」
 アイドルという切り口で生徒たちを導こう、と決めた時、共にその道を歩んでくれた二人の仲間には今も感謝しているし、日々の中で自分らしいやり方で情熱を傾けられる瞬間は充実していたが、それでもふと、故郷の、昔なじみの店に立ち寄るような感覚で、教鞭をとってみたいと思うこともあるのだ。自ら選んだ道に迷ったり立ち止まったりすることはなかったものの、本当にこれでよかったのだろうか、と一度も思わなかったといえばそれは嘘になる。注文したカフェオレの氷が溶けて、下の方に沈んでいる乳白色の淀みの様な、そんな気分になることもあるのだ。
「あ、硲さん」
「む?」
 そんな道夫の重たい気持ちを、すっ、と軽くする声は出し抜けに、道夫の右斜め後ろから響いた。お疲れ様です、と手を振って、トレイにカフェオレとケーキを乗せた彼女の姿に、道夫は目を見開いた。
「驚いたな」
「ふふふ、偶然ですね」
 ここいいですか、と隣を指す彼女の為に、道夫はそっと椅子をひいてやる。ありがとうございます、とにこやかに隣にかけた彼女は、道夫からしてみると「呪文のような」冷たいデザートドリンクのふたを外してかき混ぜて、ずず、と一口すすった。
「はーーーー……生き返りますねぇ」
……そうだな、外は暑い」
 盛夏の気配は気温と湿度になって、梅雨と共に訪れはじめている。新作なんですよ、とドリンクを楽しむ彼女の存在は、アイドルである道夫にとって今は道しるべのような存在だった。
「中間テストかー……
 チラリと店内を見回した彼女は、先ほどの道夫と同じことを思ったようで、うむ、と返しながら道夫も分離したカフェオレをかき混ぜて一口飲む。冷たい味わいは少し薄まっていたが、キリッと口の中をリセットするように、気持ちも少し上を向いた。
「やっぱり気になりますか?」
……そう、だな」
 彼女は何の気なしに聞いたのだろうが、道夫としては核心を突かれたようで少しドキリとする。顔に出ていただろうか、と頬を軽く押さえてみるが、別段、普段と変わらない仏頂面の自分がいるようにしか思えなかった。

「この時期は、ああいう学生さんたちを歌で応援できますもんね」

 ただその一言が、道夫の憂いを、雨上がりの空のようにさっと軽やかにしてくれた。
 ああそうだ、自分はアイドルの道を選んだが、生徒たちを導くという目標は何も変わっていないはずだ、と再認識させたのは、プロデューサーの何気ない、そんな一言だけだった。
「フッ」
「?」
 ずず、と勢い良くカフェオレを飲み、道夫はふぅ、と溜め息をついた。
「そうだな。私には私のやり方で生徒を導く手段がある。教壇に立っていてもステージに立っていても、私は教師だ。送るエールは変わらない」
……はい!」
 何がそんなに道夫の闘志に火をつけたのか、彼女にはわからなかったが、道夫が情熱を燃やしていることだけはなんとなくわかったのか、彼女はにこやかにそれを見守る。体を冷やし過ぎないように、と道夫は席を立ち、それから彼女のトレイを横目で見て、にやりと笑った。
「それと、カロリーには気をつけたまえ」
「っぶ!」
 冗談だ、と立ち去る道夫の足は、一ミリの迷いもなく前へと進んでいた。


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