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[東雲P♀]相合傘

全体公開 1646文字
2019-06-10 12:44:47

「濡れるからそこいてください」

雨の日に傘も持たずに買い物にでかけたPさんを傘一本でお迎えにいく東雲さんのお話です。同棲してます。

Posted by @toasdm

 この時期は十分気をつけるようにと言っておいたにも関わらず、どうやら彼女は傘を持たずに出かけたらしい。帰宅した荘一郎の目に飛び込んできた赤い傘に、はぁ、と溜め息をついて脱ぎかけた靴をまた履いて、荘一郎は家を出た。折りたたみ傘を持っているとは思えなかったし、この程度の雨なら平気ですよ、とずぶ濡れになって帰宅するのは目に見えていたのだ。本当に、手間のかかるお人だ、とついた溜め息が少し嬉しそうだったのと、見上げたカーブミラーに映った自分の口角が少し上がっているのとを確認して、自分は随分と、彼女に絆されているのだとまた溜め息が増えた。それに、一本しか傘を持って出なかったことも。曇天に咲いた赤い傘は、荘一郎の欲だ。
「さて……どこでしょう」
 彼女がこの時間に出かけているとしたら、どこだろうか。もう一緒に暮らし始めて随分経つ荘一郎にとって、彼女の居場所にあたりをつけるのは、スマートフォンを操作するよりも簡単だった。それでも一応、と足はそちらへ向けながら、荘一郎はスマートフォンを操作して彼女に電話をかけた。
「お疲れ様です」
『あ、荘一郎さん!』
 電話の向こうの弾んだ声は、背景にスーパーのBGMを流している。やっぱりですか、と苦笑して、荘一郎は角を曲がった。
『えへへ、今日の晩御飯なんだと思います?』
「ハンバーグ」
 能天気に浮かれて、と微妙な気持ちになりながら、荘一郎はさり気なく彼女に夕飯のリクエストをする。ハンバーグじゃないんですよー、とガサガサ袋が音を立てているところを聞くと、どうやら買い物は済ませてしまったようだ。
『ハンバーグがよかったです?』
「ハンバーグじゃなくてもええです、傘持ってないでしょう」
『あ』
 やっぱり、と溜め息混じりに呟いて、荘一郎は角を曲がった。商店街のアーケードから少し離れたところにあるスーパーは、確か今日が、彼女の好きなゼリーの特売日だったと記憶していた。今降ってますか?の問いかけに、降ってます、とだけ答えた荘一郎に、彼女は縋るような甘えた声を出し始めた。
『荘一郎さぁん……
「今迎えに向かってます」
 やったーと喜ぶ声が可愛らしくて、荘一郎はまたカーブミラーを見上げた。やや小降りになった雨に濡れたミラーの中の自分は、先ほどよりもいっそう嬉しそうに見えた。
「好きですよ」
『へ?』
「なんでもないです」
 その表情はまさしく、ぽろりともれた荘一郎の本音をそのまま形にしたようなものだった。何の話、とつっこんでくる彼女を、さて、と流してかわしながら、荘一郎はルーパーの前に到着した。
「あ! ほんとにきてくれた!」
「濡れるからそこいてください」
 小走りに駆け寄ろうとする彼女を電話口と手とで制して、荘一郎は電話を切った。レジ袋からのぞく野菜類をちらりと見とめて、ハンバーグじゃないんですね、と荘一郎はまた苦笑した。
「今から材料買ってきます?」
「不経済です。ついでにエコバッグも持っていかないと不経済です」
 一枚五円のレジ袋くらい、と彼女は唇を尖らせたが、ちりも積もればの一言で荘一郎はそれをぴしゃりと言い伏せる。どうぞ、と傘を傾げて、頭の上にハテナマークを浮かべた彼女から袋を受け取ると、荘一郎はニッコリと微笑んだ。
「帰るでしょう」
「え、でもなんで傘」
…………二本も濡らしたら、不経済やろ」
 関係なくないですか、と頬を赤らめる彼女の腕を取り、傘を持つ腕に絡めさせて荘一郎は、今度はにんまりと笑った。

「たまにはいいもんですよ、相合傘も」

 鉤型に曲がった持ち手の部分よりも少し上を持ち、彼女の方へと傘を傾けて、荘一郎は多少大人しくなった彼女と並んで帰路に着く。迎えの道すがら見たカーブミラーに映った赤の下の顔二つは、荘一郎には今日一番嬉しそうに見えた。
「楽しそうですね、荘一郎さん」
「そうですか」
 荘一郎さん濡れちゃう、とその傘を荘一郎の方へと傾けようとする彼女との攻防戦は、家の前までずっと続いた。


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