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徒花

全体公開 815文字
2019-06-11 18:03:00

文字書きの為の言葉パレット1 19「唇」「砂糖」「後ろ姿」

 幼さの消えた唇と深く口づけを交わし、それが離れる頃には忌々しいまでに透明な瞳に晒される。何度も繰り返した行為ではないか。込み上げる不愉快さを隠すように噛みしめる。
 それでいて或る事を思いつき、ふっと美しい笑みを浮かべると月は青年の白い頬に手を伸ばした。
「僕のかわいい《L》は、何処に行ってしまったんだ?」
 ぴくりと青年の眉が動く。肉体が成長するにつれ、彼は月の漏らす「かわいい」という言葉が気に障るようになったらしい。
 そんな相手の反応を期待を込めて見守る。望み通りの行動を相手が取るとは限らない。そういう口を叩いた後に無言で立ち去る相手の後ろ姿を見たのも、一度や二度ではない。
 しかしどういう結果であっても、青年から引き出される反応の全てが月の数少ない娯楽であることに変わりなかった。
「角砂糖でも咥えていれば満足ですか」
 今回はニアも負けてはいなかった。ぞんざいな物言いに無神経さを投げ返す。最も月の内側を抉る存在は《彼》しかいない。それを青年は反射的に答えていた。
 けれど、そういった相手の新しい反応に月も黙ってはいない。
「チョコレートがいいかもね。安価な板チョコじゃない方がいい」
 パンッ!
 乾いた音が一度だけ鳴る。
 その行動に誰よりも動揺していたのは、手を上げた青年自身だった。
……痛いよ、ニア」
 吐き出された言葉と共に向けられた嫌味の込められた笑みが、青年の背筋を静かに寒くさせる。
 仕掛けたのは月である。手を出した事実はあるものの、ニアが何か負い目のようなものを感じる謂れはない。しかしその一瞬の隙を男が見落とすことはなかった。
「ああ、まだここにいたんだね」
 追い詰められた体を慈しむように、じんと痛む白い手に優しげな手が重なる。そのまま弱い力で掴まれ、赤みを帯びた頬へと引き寄せられる。その手にすり寄せるように首を傾けた月は、喜びを隠すつもりもなくただ愉快そうに笑って見せた。


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