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[雨P♀]即席雨彦さん

全体公開 1 1915文字
2019-06-11 21:07:05

……どうしても辛くなったら、ちゃんと病院行けよ」

風邪引いたPさんを一人にしておきたくない雨彦さんと、即席でも雨彦さんで誤魔化されて安心しちゃうPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 ぽやんとした表情と赤い顔、熱い頬、額。首筋に手を触れれば燃えるように熱く、医者ではない雨彦にも一見して風邪だとわかる彼女の様子が雨彦の胸を締め付けた。そんな顔をしないで、と力なく笑う彼女を布団に寝かせて、雨彦は考えた。
「今日のスケジュールは」
「穴空けたら怒りますよ」
 さりとて彼女を置いて仕事に行くのは忍びなかった。大丈夫ですから、と言うそばから咳き込む彼女の背中をさすりながら、雨彦はまた考え込んだ。
 冷蔵庫の中には彼女が普段食べているような軽いものがいくつか入っていたし、炊飯器の機能を使えば軽い粥くらいなら雨彦にも用意ができる。飲み物は十分にあったが、発汗で失われた水分とミネラルバランスを補う為にもスポーツドリンクのようなものは必要だろうし、できれば喉に負担をかけずに食べられるゼリーの類はいくつか補充しておきたかった。
「起き上がれないわけじゃないですし」
「病院まではどうするんだい?」
「タクシー、とか……
 熱で潤んだ瞳が泳いで、雨彦は目を眇める。お前さん、と顔を近づければ、伝染るから近付かないで、ともっともらしいことを言いながら顔をそむけた彼女に、雨彦は念を押すように聞いてみる。
「そうだな、タクシーなんてもんが存在することは確かだ」
……
「だが」
 熱い彼女の頬に手を添えて、雨彦はぐい、と多少強引に自分の方へと向かせる。う、と唸りながら上目遣いに雨彦を見上げる彼女の瞳を真正面から覗き込んで、雨彦はゆっくりと、問いただすように聞いてみた。
「俺はまだ、お前さんの口から、タクシーで病院に行くとは聞いてないもんでね」
…………うぅ」
 ちゃんと行くのかい?と真剣な瞳が、有無を言わさぬ圧力を彼女にかける。気が向いたら、ともごもご言う彼女の額に、雨彦は中指をかまえてピンッと弾いた。
「あ痛っ!」
「ちゃんと病院に行くのかい?」
 この程度たいしたことないですから、ととうとう本音を漏らした彼女をじっと見つめて、雨彦はどうしたものかと腕を組んだ。
 少し遅れる連絡を入れて、今すぐ彼女を肩に担いで病院へ連れて行くことは難しくはなかった。実際そうしたかった。しかし彼女にとってそれは好ましいことだろうか、と考えると、雨彦にはどうしても、それを実行する気にはなれなかった。だいたいお前さんは妙なところで頑固なんだ、と、デコピンの餌食になった額をさする彼女を横目で睨んで、雨彦は深いため息をついた。
……どうしても辛くなったら、ちゃんと病院行けよ」
「うん……
……ん?」
「あ、いえ」
 この様子なら買い物に出かけても問題ないか、とぽんぽんと彼女の頭を撫でて立ち上がろうとした雨彦の袖口を彼女の手が引くまでは、雨彦は彼女は大丈夫だろうと思っていた。なんでもないです、とすぐに手を引っ込めた彼女の寂しさが見て取れて、雨彦は彼女を振り返る。
 相当参ってるんだな。
 気丈に振る舞いきれていない彼女が、大丈夫ではないことは明白だった。目を細めて雨彦はにんまりと笑い、彼女を見下ろす。
「随分と可愛げがあるな」
「い、いってらっしゃい……
 無意識に引き止めてしまうほど寂しいのならもっと素直に甘えたらいい、とは思ったが、そんなことを言えば彼女が意固地になるのは目に見えていた。風邪を引くと心細くなるからな、としゃがみこみ、雨彦は優しく彼女の頭を撫でて歯を見せてニッと笑った。
「ほんと、あの、大丈夫ですか、ら……?」
「ほら」
 手近にあったタオルケットをくるくると丸め、雨彦はそれに今着ていたシャツを脱いで着せる。きょとん、と目を丸くする彼女にそれを抱かせて、雨彦はウィンクをした。
「即席雨彦さんだぜ」
「へ……?」
「抱いてみな」
 言われて素直に大人しく、彼女はそれを抱きしめる。ふわっと香る雨彦の匂いと温もりは、抱き心地さえ除けば確かに、雨彦のようではあった。
「飲み物と、あとは喉越しのよさそうなもんでも適当に見繕ってくるさ。リクエストはあるかい?」
「だいじょうぶ……
 即席雨彦に顔を埋める彼女のまどろんだ声に、雨彦は内心苦笑する。すぐ戻るさ、と頭を優しく撫でてから、雨彦は急いで家を出た。

 買い物を済ませてそっとベッドを覗いて、即席雨彦にしがみついたままぐっすりと眠る彼女の様子は、また別な意味で雨彦の胸をぎゅっと締め付けた。口パクだけのいってきますを済ませて、雨彦は再び家を出る。
「はぁ……ああいうのにはどうも弱くてね」
 まだ袖口に残るくいくいと引く感覚に、知らず雨彦は袖をさすった。できるだけ早めに帰るとするか、と気合を入れて、雨彦は少し遅い一日を始めた。


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