@acbh_dmc4
あまりの怒りで何が切っ掛けで殺し合いのような喧嘩になったのかは思い出せないが、平和なローマの街中を嘗ての暗殺業よろしく壁やら屋根やらを駆け回る羽目になった挙げ句、足を掬われて徐々に体が天へと浮遊していったのにはとても驚いた。
俺自身、アニムスの仮想現実の中で神にでもなったような創造の力を持っているが、自分の意に反して力が行使されるようなことは初めての事だった。
そして現在進行形で浮遊し続ける身体をなんとか地面に留めようと、咄嗟に桟橋に掴まって凌いでいる始末だ。
冷静な判断など今の俺には無理な話で、原因となった男への怒りと、急に我が身に降りかかった謎の現象にすっかりパニック状態となってしまっていた。
どうにか現状を脱しようと、荒れ狂う怒りと突然の訳のわからない事からの恐慌を抑えようと深呼吸する。
すると見計らったように、今は近くにすら来てほしくもない全ての厄介事男が俺の様子を見に戻ってきた。
宙に引っ張られ逆さ釣りになっている俺を見て面食らった顔になる。
からかいや侮蔑などは含んでいなくとも、男のその仕草に苛立ちが募る。
「おい!なんとかしろ!!」
「それより…何故そうなったんだ?」
「煩い!答える義理はない!俺を地面に下ろせ!!」
焦って声を荒げてしまった事でどうやら群衆の注目を集めてしまい、遠巻きに「大道芸人か?」等の囁き声が聞こえて、思わず頭に血が上る。
真っ赤になった俺を憐れに思ったのか、男が手を数回パンパンと叩いて観客と化した群衆に向かって「今は大道芸の練習中なので散ってくれ」と言って人々を散らした。後で殺す。
そして辺りに人が寄り付かぬように何かしているのか、寸の間俺から背を向けたまま静止していた。
クルリと俺の方へと身体を向けて、さっさと対処すれば良いのに考える仕草をする。俺はすかさず声を荒げて再度降ろすようにと命令すれば、嫌らしい笑みを浮かべた男が意地悪く目を細めて鼻で嗤った。
「人にものを頼む態度ではないな。そもそも私に対する暴言と暴力に対する謝罪もない。それなのに私がお前を簡単に助けると思うか?」
「死ね!」
「ほう?それがお前の礼儀なのか?どれ、手を貸そう」
男がまるで良い玩具を見つけたと言わんばかりのゾッとするような笑みを見せると、必死に桟橋に掴まる俺の手を手刀で切り離した。
支えを無くし、ゆっくりと上昇する身体にいよいよ恐怖を感じて短く悲鳴を溢してしまう。
空を飛ぶ事は何度も経験しているが、男の言う補助つきの翼で自分の意のままに空を翔るのと、なんの制御もできず強制的に飛ばされるのでは訳が違う。
そこでハッとした。制御さえ取り戻せれば、空高く上昇しようと問題はない。
俺はなんとか心を落ち着けようと、今度こそ大きく深呼吸をして気持ちを鎮めた。
何時ものように己の背に翼を構築しようとコードを書き込む。
しかし、何故だか俺の背には翼が現れず、身体もひたすら上昇を続けていった。
最早地上に居る男も豆粒程度の大きさとなり、いよいよ絶望に目の前が暗くなる。
この強制的な浮遊と一緒に制御の力も失ってしまったのだろうか?
そして遠退いていく男も、俺に愛想をつかして助けてもくれないのだろうか。
ぎゅうと目を瞑り、理解不能な事象と見捨てられたかもしれない哀しみで涙が滲む。
「何をしている。制御を取り戻せば浮遊を止められるだろう?」
「エツィオ!」
以前の空中散歩で上昇を止められた辺りで男が飛翔し、俺の手を掴んだ。
そのまま男の腕の中に抱き留められ、ホッとしたと同時に、またいつ放されるかわからぬので力いっぱいしがみ付いた。
男が俺を抱き留めて溜め息を吐く。
「…絞め殺す気か…エツィオ、大丈夫だ。落ち着け。少々きつく灸を据えすぎた。すまなかった」
男があやすように俺の背をゆっくりと撫で、俺が落ち着くまで優しく抱き締めてくれる。
しかし最初から俺の手を桟橋から離させなければこんな風に恐怖する事もなかったのだ。段々と腹立たしさが大きくなってくる。
抱き着きつつ、男の脛を爪先で小突いてささやかな意趣返しをしてやった。
男は痛そうに呻き、涙目で睨んできたが俺がさらに睨み返すと何とも言えない顔をしてまたため息を吐いた。
「バグでお前に働くはずの物理演算が外れている。そのせいで体が浮かび上がったのだ。この世界も完全に外の世界を再現できているわけではないからこういうことが起こる。普通に制御を弄れば元に戻れるぞ」
「…翼が作れなかった」
「翼か…少々条件を絞っていてなぁ…あれは補助付きのものだから異常な条件下では構築できないようにしている。
バグを広げる事にもなりかねないからな。物理演算が外れている間は作れないのだ。だから落ち着いて設定を整えなさい」
男の指示に従い、俺から外れた演算を元に戻す。
体に己の体重が戻ったのを感じ、男の意地の悪さから今度は空に投げ出されるのを懸念してもう一度しっかりとしがみ付いた。
信用がないのだなと大げさに傷ついた顔をして見せる男に、そのふざけた態度と今までの仕打ちのどこに信用を置けというのかと問い詰めてやりたい。
気を取り直して男が咳払いをし、普段俺にシステムの構築などを教える時のような顔になった。
「で、今回は運悪くバグに引っかかって演算が外れたが、戻し方が分かったという事は外し方も分かったな?」
ある程度空の旅でそこに設定があるということはなんとなく意識してはいたが、どこを弄ればいいかはこういうことでもない限りはっきりと認識することはない。
同意することは癪だったが無言で頷けば、男はさらに講釈を続けた。
「空の旅を行った初回でも見せたが、私は翼なしでも飛べる。調度良いからお前も翼なしの飛行を覚えるといい。翼を生成する時間はそんなに掛かる訳でもないが、咄嗟の時必要になったりするだろう?」
「今回みたいにアンタを追い回したりする時にってことか?」
「あー…まぁそうだな。演算を外す訳ではないが、数値を弄ってやれば外れた時と同じように宙に浮く事も出来るし、空中で歩行を行う事も出来る。こんな風にな」
男は俺を抱えながら地上を歩くように歩行を始めた。
男にかかっている演算を鷹の目で確認すると、微細に数値が変動していた。
このように微調整をしながら行うとなると、それはそれで面倒なのではないか。男のように万能ならいざ知らず、俺に同じような芸当ができるとは思えない。こういうのは「慣れ」だとでもいうつもりだろうか。
思わず唇を尖らせてしまい、男が俺の顔を見て苦笑する。
「座標を決めておいて、そこを地面と仮定するのだ。あたかもオブジェクトがあるというように設定しておくとこのように階段を上るような上昇も出来る。勿論、地上を駆け回る際にも有用だ」
要は俺が認識している地面を一段ないし、自分の必要な位置に設定をすればいいということなのだろうが、それはそれで慣れるまでが大変そうだと思う。
しかしこれが出来れば相手の向かう方向に透明な壁を作ってやれば一瞬だけでも足止めすることができる。
いいことを思いついたと内心でほくそ笑んでいると、現実には表情を一つも動かしていないのに男が少々顔をひきつらせた。
「何か言いたそうだな」
「……まぁお前がどう悪だくみをしようと、大体の予想はついているから問題はないがな」
「ほう?なら試してみるか?」
「ふむ。実戦したほうが覚えも早いしな。良いだろう。格の違いというものを見せてやる」
男が俺を支える腕を離した。
俺も男にしがみ付いていた腕を離し、距離を取るように男から飛びのく。
さも自分の足元が元から地面であったかのように着地をすると、男が薄く笑みを浮かべまるで見下すように顔を上げた。
視線だけで挑発をしてくる男に、最初に感じていた苛立ちを思い出して男に向かおうと構えを取ろうとした。
しかし動いたのは男の方が早かった。不意を突くように俺の懐へと飛び出し、凶悪な速さで彼の左の拳が俺に襲い掛かる。
咄嗟に背後へと飛びずさると同時に俺の前に見えない壁を展開する。
男の拳はその壁で一瞬阻まれたが、直ぐに障害物を取り去りせいぜい稼げた時間はコンマ数秒にも満たなかった。
しかしそれだけあればこちらも反撃の手くらい用意できる。
そもそも規格外な強さ、スピードすら操り対峙できるのだ。俺は男の周囲を取り囲むように分厚い壁を展開させ男の周りを囲った。
目の前の壁を破壊するだろうその瞬間に、こちらから攻撃を仕掛け飛び掛かろうと足を踏ん張った。
だが、男は口元に笑みを浮かべると同時に、背後からグンと男の元に押し出されるような強い衝撃が襲った。
グングンと男の前に作り出した壁へと押しやられる。この勢いで挟まれれば俺の方が考えたくない結末を迎える。
咄嗟に男の周囲に張り巡らせた壁を取り去り、そして男の思うつぼになるまいと背後を押す圧力を利用して男に殴りかかってやった。
軽くひょいと交わされ、そのままの勢いでよろければ足払いをかけられた。
無様に転びそうになるところを設定した空中の地面の座標を切り替えて宙に体を投げ出し、地上からさかさまになったあたりで自分の足元に壁を形成して下へと勢いよく蹴り落ちた。
男は転がる俺のローブでもつかんでやろうとしていたのだろう、俺が居た場所に手を伸ばして空を掴んでいた。
正直この男に正攻法で勝つ事は無理だろう。
男の不意を突いても仕留めるまでには至らない。だが少しでも意趣返しをしなければ気が済まない。
男に教えてもらった手法で攻めても優位にはならない。では、直接教えられていない方法で鼻を明かしてやるのだ!
ここは空だ。雲を時折通り抜ければ、冷たさと服がわずかに湿り気を帯びる。
そういえば稲妻は雲の間を横に走る…それを知ったのはいつぞや好奇心から雷雲の近くへと飛び立った時だ。
危うく雷に打たれるところだったが、あの青白い光の渦が力強く間近を走り抜けるさまは壮観だった。アレに打たれれば一瞬にして消し炭になりそうだ。
思いついた戦法を試すべく、俺の体の周りを取り囲むように雲を発生させる。
目眩ましのように広範囲を雲で覆い、徐々に男の元へとその大きな雲を寄せ付ける。
鷹の目を駆使して男の位置を確認し、俺は一気に雲を積乱雲へと成長させ男めがけて閃雷させた。
しかし巨大な青白い雷は男を避けるように二股に分かれると、まるで男から激しい風が放出されているように雲が散ってしまった。
「発想はいいのだがな。雷だけを操るという発想には至らないか…見分の差、という奴だろうな」
訳知り顔に男が一人ごちる。
俺の作戦は失敗に終わり、歯噛みするがなんとか一発だけでも食らわせたい。
そう思った瞬間に男が腕を前方、俺の方へと翳すとその腕から鋭い雷が俺目掛けて迸った。
思わず体を仰け反らせ、無駄と知りながらも顔を覆うように両腕を前で交差する。
周囲には激しい雷鳴が鳴り響き、恐怖を増幅させたが、一向に衝撃は襲ってこない。大きく隙を見せてしまったことにようやく気付き、眼前を覆っていた両腕を勢いよく下して構えを取ろうとした。
しかし俺に対峙している男は、やる気なく腕を組んで俺を見つめていた。
特に呆れるでもなく、小馬鹿にするでもない普段通りの顔で俺の反応を見ている。
「おい!何故警戒を解いている!まだ勝負は決まっていない!」
「私が止めを刺さなかったからな。まだ続ける気か?作戦不足のように思うが」
「うっ、煩い!」
「こういう戦いを挑む前に、もっと知識を蓄えておくんだな。折角ただの人であれば出来ないような力が使えるのだ。
現代のファンタジーなんて全く突飛で面白い発想の宝庫だ。火や水を操って武器にしたりな。私もそういう戦いならしてみたい」
「何を訳の分からないことを…」
続けても結果は見えているが、どうしても負け惜しみが口を突いて出る。これ以上無様な事は晒したくないと言うのに。
そんな俺の事などまるで無視して目の前のひたすら腹の立つ男は、一人考え込むように顎髭を撫で視線を下げていた。
手元に投げナイフを生成し、どうせ避けられるだろうが本気で投げてみる。
全く此方に一瞥もくれず投げられたナイフを二本指で挟んで止めると、呆れた眼差しが寄越された。
「何故お前は本気で私を殺そうとするんだ。たった二人きりの同族だと言うのに」
「あんたが言えた義理か?」
いけしゃあしゃあと宣う男にはこれ以上無いほどの憎しみしか湧かない。
最大限の侮蔑を込めて見下してやれば、男は少々不貞腐れた顔をした。
「さっきは私に見捨てられたと泣きそうだったくせに…」
「なんだって?」
「いいや、なんでも。帰ったらお前にピッタリの教材を与えよう。テンプル騎士団の教材なのが些か気に入らないが、良いものなのは確かだしな」
帰るぞ、と俺を促しふわりと地上へと降りていく。
その背中を見やって、いつか必ず目にもの見せてやると決意を新たに男の後を追った。
*****おまけ*****
自宅へと帰って暫く、何やら談話室の改造を始めた男に呼ばれて降りていくと、そこは一変していた。
棚にはカラフルな変わった画風の絵が前面に描かれた書物がぎっしりと並び、また暖炉のあった場所には巨大な薄い黒い板が鎮座していた。
男が黒い板に向かって細長い棒を翳すと、中に人が現れた。
いいや、これは動く絵か…?
目を白黒させてそれを眺めていたが、男が何やらごそごそと絵を写し出す板に、黒くて四角い箱を繋げていた。
「お、おい…何をしてるんだあんた」
「いやな、上空で火や水を操った戦いがしたいと言っただろう?
それの見本をお前に見せてやろうと思ってな。うーん、ソフトは何にするかな…ファンタジー物が良いかな。ストーリー重視な物が私は好きだが…分かりやすさで言ったらやはり対戦物…」
一人ブツブツと訳の分からないことを呟く男の話は半分も頭に入ってこなかった。
男が先程黒い板に掲げて絵を写し出した棒を手に取り、表面にいくつも着いている突起を弄ってみたら、板の絵が次々に変わったのだ。
幾つか板の絵を変えていき、気に入ったものを見る。
男が何やら準備ができたようで、俺に板を操る棒を寄越せと言ってきたが、俺は今板の絵と流れてくる話を聞くのに忙しい。
何度も肩を揺すられ鬱陶しいと男の腕を叩き落とせば、何やら背後で自分の犯した失態について嘆いているようだった。
チラリと男を見れば、手に妙な形の物体を握りしめて不貞腐れている。
少々良い気味だと思いつつも、板から流れる不思議な物語を興味深く眺めるのだった。
END.