@toasdm
コン、コンと響く音はぐるりと一周、ガチャガチャと音を立てたドアは開く気配すらない。どうやらそういうことらしい、と道夫は目を閉じる。目を閉じても閉じなくても変わらない暗闇は、左手に伝わってくる震えの主を恐怖のどん底に叩き落すには十分だった。ぎゅ、とその震える右手を握って、道夫は声を出す。
「プロデューサー」
「は……はい……」
余りにもか細く弱々しい声は、暗闇の中で消えてしまいそうだった。スマートフォンなどはなく、喫煙者ではない二人は自力で明かりを灯す事はできなかった。暗闇の中閉じ込められていると二人が気がついたのがどのくらい前のことなのか、時間間隔すら消失してしまいそうな狭い部屋の中、落ち着けという方が無理だった。
「出る方法は先ほどの通りだろう。壁には異常がなく、ドアは開かなかった」
「…………っ」
二人がはっと気がついたその時だけ、この部屋には明かりが灯っていた。事務所ほどの広さしかない部屋の壁、一箇所だけ茶色のドアが見えていた。そのドアの張り紙に二人で近付いて、道夫が訝しみながら読み上げた数秒後、部屋は今のように、明かりの全くない状態になってしまったのだ。
張り紙には、こう書かれていた。
『気持ちを落ち着けないと出られない部屋』
気持ちが落ち着いているというのはどう判断したらいいのか、道夫にも彼女にも、わからなかった。ただ、スゥ、と明かりが消えて真っ暗闇に放り出された瞬間、きゃあ、と悲鳴を上げた彼女が落ち着いていないことだけは理解できた。即座に手を繋ぎ彼女と離れ離れにならないように配慮しながら、道夫は彼女に尋ねる。
「暗いのは苦手だろうか」
こくこくと激しく頷く彼女の振動が伝わってきて、声も発することができないほどに彼女がパニックになっているのは問題だ。部屋から出られないという可能性よりも、今恐怖に震えている者がいるというのであれば、それをなんとかしたいと思うのが道夫だった。がたがたと音でも立てそうなほどに震える彼女をどう落ち着けたものか、道夫はドアの前で考え込んだ。
一応部屋を検めてみよう、抜け道があるかもしれない、という一縷の望みをノックの音に託して、彼女と手を繋いだままぐるりと部屋を一周してみたが、希望は見出すことができなかった。何度も確認したドアは開くことなく、道夫はそこで立ち尽くす。
「プロデューサー」
「ぅ……っ」
ぐす、と音が聞こえて、道夫はますます動揺する。泣いているのか、と暗闇の中、繋いだ手から腕を手繰り頬に手を添えてみると、冷たい涙が震える頬を濡らしていた。
「っ……!?」
「落ち着いて欲しい」
無理なことはわかっていても、道夫の腕は勝手に彼女を抱きしめて、唇は勝手に言葉を紡いだ。
「私は落ち着いている。君が隣にいて、護らなければならないと思えば自然と落ち着いた」
「うぅっ……ごめ、なさい……っ」
「君を落ち着けてやりたい」
委ねてもいいの、と惑う手が、道夫の背中に回される。私でよければ、と応える道夫の手が彼女の頭をよしよしと優しく撫でて、彼女はとうとう我慢ならずにそのまま、ぎゅう、っと道夫に抱きついた。
「君は一人ではない。私がいる。大丈夫だ、落ち着いて欲しい」
「はい……うっ……ぐすっ…………」
いい子だ、大丈夫だ、安心していい、とひと撫でごとに彼女の心が落ち着きを取り戻していくのを、道夫は腕の中の彼女の呼吸と体の震えで感じ取った。
「いい子だ」
「はい……」
すり、と道夫の胸板に彼女が頬を、すり寄せた瞬間。
「………………すまない」
「はい……?」
道夫は、今までになく気まずそうに彼女に告げた。
「……君に甘えられて、私がドキドキしてしまった」
「…………はいっ!?」
思わずがばっと体を離した彼女の手を慌てて握って、道夫は深呼吸を繰り返す。暗闇の中、互いの表情は何もみえなかったはずなのに、一呼吸おいたあと、二人はどちらからともなくくすくすと笑い出し、そのうち大爆笑になってしまった。
爆笑の最中、ドアのロックがガチャッと外れた音はかき消されてしまっていたせいで、二人は笑いが落ち着くまでしばらく、解放されたことに気付くことができなかった。