@toasdm
ずらり、ガラスのキャニスターの並んだカウンターキッチンは冬馬の城だ。戦場というにはあまりにも楽しそうだし、ただの台所というにはいささか豪華過ぎた。キャニスターの中には粒の形も様々な、名前も香りもわからないスパイスが、あるものはほとんど残らずに、またあるものは半分よりも多く、減り方すらもバラバラで、色も形状も賑やかだ。かろうじてブラックペッパーだけはわかったが、その隣に並んでいる米粒のようなベージュのスパイスは何なのか、彼女には皆目見当もつかなかった。
「あんたはそこで待ってな」
「う、ん……」
ぽすん、とソファに座ってキッチンで腕まくりをする冬馬を、彼女はじっと見守った。何も手伝えることはなさそうだったし、手を出してはいけない気がしたのだ。冷蔵庫から鶏肉と玉ねぎを取り出して調理台に置くと、冬馬はよしっ、と気合いを入れた。キッチンは、冬馬の城だった。
「カレーはスパイスが決め手なんだぜ」
ニッ、と年相応の笑顔で、冬馬はいつも口癖のように言っている台詞を彼女に向けた。手際よく玉ねぎの皮を剥き、あっという間にみじん切りにする。フライパンに油を入れて、冬馬はそこにパラパラと、ホールのままのスパイスを何種類か合わせて入れて火にかけた。
「スタータースパイスは焦がしたらまずくなるから弱火だぜ」
オイルにスパイスの香りを移すためだと説明しながら、フライパンの中のスパイスの粒を油と馴染ませているうちに、辺りにはなんともいえない香ばしい香りが漂ってくる。こんなもんか、とフライパンの蓋を取り出したのと、パチン、と爆ぜる音がし始めたのとはほぼ同時で、よしっ、と満足そうに呟きながら冬馬はフライパンに蓋をして火を止めた。パチパチパチとフライパンの中で爆ぜる音が持続して、やがて終息していく。その間に鶏肉をカットし終えた冬馬は再び火にかけたフライパンの中に肉を入れ、彼女の方をちらりと見た。
「こうやって、スパイスの香りを肉に移すんだぜ」
興味津々だな、と歯を見せて笑う冬馬の言うとおり、座って待っていろと言われたにも関わらず彼女は立ち上がってキッチンを覗き込んでいる。うまそうな匂いに惹かれたんだろ、とからかうように言われて頬を少し赤らめながらも、彼女の目線は手際のいい冬馬の手元に釘付けだ。
「っし、こんなもんだろ」
肉の色が変わった程度のフライパンの中身を別皿に移し変えると、冬馬はすかさずそこにみじん切りの玉ねぎを加えていく。
「カレーの玉ねぎっていうとさ、飴色とかイメージあるかもしんねーけど」
ジュウジュウと音を立てるフライパンをざっと操る冬馬の手つきはさながらシェフのようで、ほぁーと情けない声を上げる彼女をちらりと見てはニヤリと笑い、冬馬は続ける。
「別にそんなことしなくても、うまいのできるんだぜ」
「そうなんですか……?」
しんなりとしはじめた玉ねぎをフライパンの向こうへ寄せて、冬馬はトマトの缶詰をフライパンに開ける。すぐさま塩を振るのは酸味を飛ばす為だと説明しながら、ざっ、ざっ、とトマトはあっという間にその水分を飛ばしていく。
「このままじゃ、あんまカレーって感じしねーだろ?」
こくこくと頷く彼女はいつの間にか隣まで来てじっと見守っていて、今からこいつがカレーになるんだぜ、と冬馬はその大人しい頭を撫でてやる。
「まずはにんにく、それとあんた少し風邪気味だろ? しょうが多めにしといてやるよ」
すりおろされたにんにくとしょうがをトマトとあわせてしっかり炒めて、冬馬は電動ミルにざばざばと、ホールのスパイスを入れてスイッチを押す。ちょっとうるさいかもな、と音に驚いた彼女をちらっと見てからミルを止めると、どう見てもカレー粉のようにしか見えない粉末がミルの中にたまっている。嗅いでみるか?とミルを開けて彼女の鼻先に近づけると、恐る恐る匂いを嗅いだ彼女の目がカッと見開いた。
「か、カレー、だ!」
「だろ?」
渾身のドヤ顔で冬馬はそのスパイスの粉をトマトと合わせる。立ち込める香りは正真正銘カレーそのもので、除けておいた鶏肉とあわせてなじませると、ココナッツミルクの缶詰を一気にぶちまけ、冬馬は塩と砂糖で味を調える。
「食ってみろよ」
小皿に取り分けた味見用のカレーを差し出された彼女は、どこからどう見てもカレーになっているそれをぺろりと舐めて、ぱぁっと顔を輝かせた。
「カレー! カレーだ!」
「あんたの為のスペシャルブレンドだぜ」
よしできた、と火を止めて、ライスを皿によそう前に冬馬はぎゅっとその幸せの源を抱きしめた。
早く早く、とすっかり夢中になった彼女に急かされることが、冬馬にとっては何よりの幸せだった。