@sakusaku_sousak
「あっ、やべ。学校にノート忘れてきた…。」
学校からの帰り道。俺はスクールバックを覗きながら言った。
「は?何の教科忘れてきたん?」
「数学。」
「マジ?確か課題出てはったよな。あの先生怒らすと怖いで?」
苦笑いをする彼の名前は、葉原京。小学校の頃から仲が良い、所謂幼馴染みってやつだ。ちなみにこの口調は、何やらテレビの影響らしく、エセ関西弁と京都弁が交じっている。
「取りに行くか…今ならまだ先生いるよな?」
「今は…七時か。んー、いるんやな…って、あ、オレも忘れもんしてきたわ。」
「お、じゃあ一緒に取りに行こーぜ。それよりお前、何忘れてきたんだ?」
「携帯。」
「あー、そりゃ取りに行かなきゃな。」
「そうそう。ホンマ、二人揃って忘れもんとかツイてないわぁ。」
そうぼやきつつ、京は道に転がっていた小石を蹴る。他愛のない会話をしつつ、俺らは通学路を辿って行った。
「じゃ、京。また後で。」
「ん、また後でなー。」
手を振る京を後にし、階段を上っていく。京と俺は別々のクラスだ。京が二組であるのに対し、俺は六組。階が一つ上なのだ。階段を上り終わり、廊下を進んでいく。先生がまだいたおかげで教室の鍵を借りられた。鍵を上に投げては取ってを繰り返し、手の上で遊びながら歩いていると、六組の教室まで来た。鍵を開けようと引き戸の前に立つと、教室に誰かがいるのが見えた。
「…?中に誰かいるのか?」
もしかしたら開くかも、と思い、試しに引き戸を開けてみると、開いた。教室に入ると、俺の席の前に、男子が一人、顔を埋めて座っていた。俺の前は誰だっけ、と考え、やがて思い出した。
そいつの名前は石原零。いつもパーカーのフードを被り、授業はいつも寝て過ごす、クラスの中でも変わっている奴だ。今年初めて同じクラスになったのだが、もう七月になるというのに、声どころか、顔すら見たことがない。そんな彼にはもう一つ、変わったところがあった。それは、いつも飴を舐めているというところだ。休み時間はもちろんのこと、授業中でも舐めている。先生達は注意しねぇのか、と思った事もあるが、特に注意されている様子もなく、その光景もすでに日常の一部になっていた。
そんな彼は、いつもと変りなく寝ていた。…まさかこいつ、ホームルームの時からずっと寝ていたり…。そんな考えが頭をよぎった。このままじゃ風邪引くだろうし、親も心配するだろう。俺は石原を起こそうと、石原の元へ行く。やはり彼は寝ているようで、微かに寝息が聞こえた。
「おーい、石原!起きろー!」
やや乱雑に石原の体を揺らす。すると彼は鬱陶しそうに俺の手を撥ね除けた。寝起き悪いな、と思いながら、もう一度揺らそうと石原に手を伸ばした、その時、
「煩いなぁ…黙って。」
そう呟き、俺に何かを突き付ける。よく見てみると、それは石原がいつも舐めている飴だった。俺はそれを不思議に思いながら受け取る。いや、飴受け取って何になるんだ。後で石原に返そうと、制服のポケットの中にしまった。すると、石原は突然顔を上げる。それに驚き、思わず後ろに下がった。
「…危ないなぁ……今取り憑こうとしたでしょ。」
まるで誰かと話している様に言って、席を立つ。そして、今までずっと被っていたフードを取った。所々跳ねている黒髪に、眠たそうな目。真っ白な肌からは、何処か病弱な印象を受ける。
「此処では騒ぐなって言ったよね…あんたらが騒ぐせいで、目冴えちゃったよ。」
普段、声も出さない石原が饒舌に話している。俺は何よりもそれに驚き、唖然とその光景を見つめていた。
「あまり使うなって言われてるけど…あんたらはどうされたい?」
石原は気だるそうに言う。やがて溜息を吐き、俺に視線を向けた。
「…で、あんた誰?」
「えっ、俺!?」
「あんた以外に誰がいんの…って言うか、あんたいつから居た?」
「え、お前が起きる前からだけど…」
認識されてなかったのか、と地味にショックを受ける。すると、石原は目を丸くし、
「…あんた、まさか今の見てた?」
「今…?あぁ、あの一人で話してた…って、は!?」
「リアクション遅くない?」
「お前、頭可笑しんじゃねぇの…?」
「急に手の平返さないでよ。」
初めて会話したとは思えない程、会話が弾む。石原とこんなに話せるのか。
「はぁ…めんどいなぁ…えーっと…わたる、だっけ?」
「しょうだよ。干渉のしょう。」
「あーそうそう。しょうだったね、しょう。」
覚える気あんのかコイツ、と適当に言う石原に疑いの目を向ける。すると、教室の引き戸が開き、俺の幼馴染みが顔を覗かせた。
「渉―?まだ見つからんのー?」
「あ、京。」
「遅かったから迎えに来たわー…って、零。あんさんも此処におったんか。」
「あ、みこ。久しぶりー、元気だった?」
「みこって呼ぶな。しかも久しぶりって可笑しいやろ。最後に会ったの先週やし。ってか、オレの体調より、自分の体調心配せぇよ…。」
「煩い。もう丈夫だから良いの。」
「…強がりも程々にせえよ?」
石原に軽く釘を刺す京。仲良さげに話す二人に少々驚いた。この二人、仲が良かったのか。
「んで、渉。数学のノートはあったんか?」
「え?…あ、忘れてた。」
「…渉、ボケてきてはる?」
「違ぇよ!石原が居たから忘れただけで…。」
「あ、そーだ、みこ。大変な事になった。助けて。」
「今度は何やらかしたんや、お前。場合によっては処分も十分ありえるで?」
「…それでもいいかも。」
「冗談も程々にせえよ。」
「はい。」
自分の席に行き、机の中を覗く。一冊のノートがあり、取り出してみると、数学のノートだった。一安心し、スクールバックに入れる。すると、京の大声が俺の耳に届いた。
「はぁっ!?渉に話しているところを見られた!?」
「煩い…別にいーじゃん、見られたことくら…」
「アカン!オレらが巻き込んでどうすんねん!一般人は巻き込むなって、小さい頃から言われとるやろ!?どうして…」
「…寝惚けてて、誰もいないと思って、それで…。」
「…体調悪いならすぐ家帰れって、よく言われてたやろ。なんで聞けへんねん。」
「…ごめんなさい。」
下を向く石原。話を聞くに、何やら俺について揉めているらしい。理由を聞こうと口を開いたが、先に京が話を切り出した。
「…なぁ、渉。」
真剣な顔で俺を見る京。京のこんな顔、久しぶりに見た。京が真剣な顔をする時は、本当に真面目な話をする時のみ。今回も例に違わずそうなのだろう。
「…最初に謝っとく。巻き込んでしまってごめん。お前はこれから見るものを信じられないと言うと思う。けどな、百聞は一見にしかずだ。これだけは覚えておいてくれ。」
久しぶりに京の標準語を聞いた。そんなにすごいものなのだろうか。
「零、飴はどこや?」
「飴?飴ー…あれ、ない。」
あめ、あめーと言って身の回りを漁りだす石原。そう言えば石原に飴貰ったな、と思い出し、ポケットを探る。飴を見つけると、そのまま取り出し、石原に差し出した。
「ほい、石原。この飴返す。」
「…は?え、何でしょうが持ってんの?」
「寝惚けてたお前から貰ったんだよ。」
「ったく、零は…まぁ説教は後でな。じゃあ渉。目ぇ瞑ってその飴食べてみ?」
「あ、あぁ、分かった。」
言われるがままに目を瞑り、飴を食べる。飴は特に味もせず、ただ口の中で溶けていくだけだった。
「石原、お前普段こんな不味い飴食ってんのか?」
「酷いなー。別に、おれも好きで食べてる訳じゃないんだけど…。」
じゃあ何で、と聞こうとした矢先、京が口を出した。
「じゃあ、渉。ゆっくり目ぇ開けてみ?」
「わ、分かった…。」
恐る恐る、目を開ける。…そこは、別世界だった。
「ようこそ、オレ達の世界へ。」
「う、うわぁぁっ!!!」
目の前で、子供の幽霊が無邪気に笑う。幽霊がいたり、おかっぱ頭の花子さんや、角が生えた鬼などの妖怪がいたりと、さながら悪夢のようだ。
「…お、お前ら…いつもこんなの見てんのか…?」
「んー、まぁそうやね。」
「これが日常みたいな感じー。」
あっさり肯定され、耳を疑った。
「お前ら、一体何者なんだ…?」
「あー、そうやね。まずそれを説明しなきゃあかんな。…オレたちはな、この世にある物の怪を祓ってるんや。」
「物の怪…」
「そう。幽霊とか、妖怪とかな?元々オレらの先祖さんがそういうのやってて、オレらがその次期当主みたいな、そんな感じや。ちなみに、零の石原家は、幽霊専門。オレの葉原家は、妖怪専門で祓っとる。」
「おれとみこは従兄弟で、小さい頃から知ってんの。ねー、みこ。」
「だから、みこって呼ぶなっつってんやろ。巫女さんやあるまいし…。」
はぁ、と溜め息を零す京。話は聞いたけど、突拍子すぎてついていけていない。そんな俺を置いて、京はどんどん話を進める。
「まぁでも、今渉が舐めてんのはお試しみたいなやつやし、時間が経てば、これらも見えんくなるよ。」
「見えなくなるのか、これ。」
「ずっと見えとったら嫌やろ?だからー…って、零、どうした?」
「…おれの飴がない。」
「零の?あんさんのポッケん中、入ってるんちゃいます?」
「ない…って、あ。」
そう呟き、顔を青くする石原。
「みこ、ごめん。おれ、処分になるかも。」
「は?って、まさかお前…!」
「しょう、ごめん。おれ、おまえにおれ用の飴あげちゃった。」
「…え、は?」
突拍子に謝られ、混乱する。すると、京がバツ悪そうに、
「あー…、渉。さっきオレ“お試し”言うたやん?」
「あぁ、そうだな。これもそのうち見えなくなるって…」
「すまん、それ訂正させてくれ。…あんな、落ち着いて聞いてくれよ?」
何やらまずそうな顔で、俺を見つめる京。
「その飴は零用のやつでな、少し特殊なんや。普通の飴やったら、もう少し効力を弱くして作ってあんのやけど、零はちょいと事情があって、それの十倍くらい強くしてあんねん。だから…」
パチン、と両手を合わせ、おれに頭を下げた。
「渉が死ぬまでずっと、物の怪が見れるようになってしもうた…!本当にすまん!!!」
「…え?」
「ごめんね、しょう。おれもまさか自分用の飴渡したとか思わなくて。」
悪びれる様子もなく淡々と謝る石原。それを見た京が「きちんと誠意見せなあかん」とまるで母さんのように叱った。でも、俺に気にしている余裕はなく、ただ呆然としていた。
「…う、嘘だろ…?」
「あ、安心してな!石原の家行ったら、多分その飴の効果抑える何かくれると思うで!なぁ、零!?」
「うーん、どうなんだろ…?」
「お前が引き起こしたもんやろ!?何でそんな曖昧やねん!!」
「だって分かんないし。って言うか、みこも共犯だよ。しょうに飴食えって言ったのはみこでしょ?」
「はぁぁ!?元々お前が見られたのが悪いんやろ!?」
「何でおればっか悪いみたいになってんのさ。まずみこが…」
言い争いをする二人を横目に、俺はチラリと遊んでる物の怪達を見た。物の怪、と聞くと何かおぞましいものを想像するが、実際は小さい子供のようだった。きゃっ、きゃと、鬼ごっこをして遊んでいたり、お手玉をしていたりなど、人間の子供と特に変わらない。俺がじーっとその様子を見ていると、お手玉をしていたキツネが飛び上がり、教室の隅に逃げていった。
「…怖がらせたか?」
「ん?どーした渉…って、あぁ。こっくりさんかぁ。」
言い争いを止め、こちらに歩み寄る京。
「こっくりさん…?あのキツネがか?」
「そう、元々は下っ端の幽霊だったんだけどね。子供達の噂のせいで、幽霊から妖怪に変わったんだよ。もし祓うんだったら京に…って嘘だよ。こっくりさんはおれ達に無害だから、祓わないよ。」
こっくりさんが怯えた様に石原を見たが、それを聞いて嬉しそうに尻尾を振った。
「…ま、このまま話してても埒あかんし、とりあえず零の家行くか。渉、おばさんに連絡しといた方がええんちゃう?」
「あー、そうだな。」
ポケットの中からスマホを取り出し、メールを開く。『京と一緒に勉強会する。』と入れ、送信されたのを確認してから、電源を落とした。
「出来たか?ほな、零の家行こうか。」
「そういえば、急に押しかけて、石原家は大丈夫なのか?」
それを聞いて、石原は一つ欠伸をし、
「大丈夫、うち、押し掛けとか日常茶飯事だから。…あ、でも、今回は久しぶりに生身の人間だから、多少驚くかも。」
さりげなく恐ろしい事を呟いた。
「そこら辺の説明は歩いてる時に話すわ。突然やし、渉も混乱しとるやろ?」
「ま、まぁ…。」
正直、話がとんとん拍子で進むせいで、すごく混乱している。最早、今起きてる事全てが夢じゃないか、とさえ思った。クラスメイトが急に一人で話始めたと思ったら、幼馴染に飴を食えと言われ、食ったらこのザマ。物の怪、とか祓う、とか、十一年も一緒にいた京から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。…まぁでも、それで軽蔑とかする訳じゃないし、ここまで来てしまったら、もうどうにでもなればいい。とりあえず今の状況を説明してもらおうと意気込み、先に歩いて行く京たちの後を追った。
「で、渉。何から説明して欲しい?」
学校を出てから、数分。外の熱気で汗が滲んできた頃、京が話を切り出した。
「…とりあえず、俺の今の状況を説明してくれ。」
「そっからかい!…まぁいいわ。それ話すついでに、オレ達の事も話していくな。」
パタパタと、制服のワイシャツの襟で扇ぎながら、話し始めた。
「まず、オレ達について話してくわ。これ話さんと、渉の状況説明しにくいし。…さっきも言ったけど、オレ達は物の怪を祓う奴等…“祓い師“っちゅーんやけど、生き物に害のある物の怪を祓っとる。悪霊とか、人に悪さをする妖怪とかな?ここまでは分かるか?」
「まぁ、一応。」
「簡単に言うと、悪者倒すヒーロー、みたいな風に思ってくれたらええと思う。…さっき言ったと思うけど、オレは妖怪、零は幽霊を専門に祓っとるんや。正直専門外でも祓えるっちゃ祓えるんやけど…あんま効果無いから、足止めくらいにしかならへん。」
「ねぇみこ。おれ達の力の話してなくない?」
急に横から口を出した石原。京はそれを聞いて「あぁ、そうやね。」と言った。
「んー、でもオレ達の力とか説明しにくいしなぁ…見せることが出来たらええんやけど、ここ学校の帰り道やから出来へんし…。」
そう言って、うーん、と腕を組み考える京。
「学校だと、物の怪は出ないのか?」
「お?そうやで。元々小さい頃は、皆こういう力を持っとるんや。だから、物の怪達は安易に近寄れん。でも、こっくりさんや、学校の地縛霊なんかは例外で、あいつらは子供達から出来たで、あそこじゃないと存在できないんや。だからほら、あいつら子供の姿しとるやろ?」
京が指した方を見る。外で駆け回る幽霊や、猫娘、教室にいた物の怪達も、皆子供の姿だった。
「あいつらは正直力も弱いし害もない。…まぁたまにイタズラしかけることもあるけど、比較的安全な物の怪や。…それに比べて危険なんは、幽霊とか、そういう自然の力で出来た物の怪、神の端くれみたいなもん。あいつらは強いから、まだオレ達には倒せ…」
「倒せるよ。」
石原が遮るように言った。京は石原に何か言おうと口を開いたが、しばし迷った末、口を閉じる。
「…で、話戻すな。オレ達の力は…そうやな、例えると…。って、着いたな。」
まるで狙ったかの様に、京がそう言うと、足を止めた。そこには普通の三階建ての一軒家があった。
「…え、石原の家ってこんな普通なのか?」
「あ、やっぱり神社とか、そういうの想像してたな。」
「…裏口から入るから着いてきて。」
ボソリと呟いて、猫背のまま、家の庭に向かって行く。オレは慌ててその後を追った。
「なぁ、石原。何で裏口から入るんだ?」
「それは後で説明するよ。…はい、着いた。」
先程通った庭よりも、広い場所に出る。けど、これも普通の庭だった。変わっている所といえば、不自然に家に扉がついていることくらい。
「みこー、妖怪呼んで。ついでに、しょうに害の無さそうな妖怪も。」
「え、ちょ、注文多いとちゃいますか…?オレあんま力使いたくないんやけど…」
「おれより代償軽いからいーじゃん。しかもおれ、あんま使っちゃダメって言われてるから。」
「いや、それオレも言われとるし。でもせめて、渉の分は負担してくれや…。零はその扉物の怪呼ばんくっても入れるんやろ?自分の分やと思て…つーか、妖怪より幽霊の方が安全や。さすがに一度も憑依された事のない人にやらすのはちょっと…」
「…じゃあ飴使う。」
「最初からそれやりゃええのに。」
「いや、ちょっと待て!何の話か全然分かんねぇんだけど…!」
さっきから俺抜きでどんどん話が進んでいくので、流石に少しくらい説明してほしい。
「あー…、そーだね。面倒だけど言わなきゃダメか…。」
ボソリと言って、家にあった扉を指す。
「おれの家…石原家は、表の顔は一般家庭としてやってる。けど、裏の顔…家の地下は、幽霊専門の祓い屋をやってんの。困った人たちから“依頼”を貰って、こなす店。だからあんま目に付かない裏側に扉を作ってる。この扉は物の怪しか入れないようになってるから、物の怪に憑依されないと入れない。だから、コレ。飴食べて。」
「いや、唐突すぎだろ。憑依しないと入れないのに、飴食うのか?」
「おれの飴は、物の怪もよく使うやつだからいーの。あ、今度のはちゃんと効果切れるやつだから安心して食べていーよ。」
そう言い残し、石原は俺の手に飴を一つ乗せると、扉の向こうに消えていった。
「ほらほら、はよしないと、置いてくで?」
そう言った京は、何故か狐の耳と尻尾が生えていた。思わず目を疑う。
「え、ちょ何でお前、狐…」
「あ、説明してなかったか?妖怪に憑依されると、妖怪の特徴がでるんや。オレは今狐に憑依されたから、こうなっとる。あ、よかったら耳とか触ってみるか?めっちゃモフモフやで。」
「いや、遠慮しとく。」
誰が好んで男の幼馴染の耳をモフモフしなきゃならないんだ。京は「冗談やから、そんな引いた顔せんでよ。」と笑いながら言って、扉の向こうへ行ってしまった。…何か、故意的に俺だけ残された気がする。石原が乗せた飴を見て、その後辺りを見渡す。とりあえず、これ食べればいいのか?石原はお試しとか言ってたが、さっきあんな目にあったせいで、信用出来ない。どうすれば…。
「…あぁもう!」
俺は覚悟を決め、全く味のしない飴を口の中に入れ、家の中へ入った。
「おじゃまします…。」
「おー、渉。きちんと来れたんやな。偉い偉い。」
そう言って、俺の頭を撫でる京。
「こ、子供扱いすんな!」
「あ、いやすまん!正直、渉逃げるかと思ったから…。」
「だってこのままじゃ目覚め悪いだろうよ。」
俺がそう言うと、京は笑って「せやな。」と言った。
「零は今効果抑える薬をもらいに行っとる。「ここで待ってて」って言うてはった。待っとる間に、少しオレ達の力について話すな。」
近くにあったソファーに腰かけ、京は話し始めた。
「オレ達の祓う力は、ご先祖様の力をお借りしてるんや。例えるなら、走る時に体力使うやろ?それがご先祖様の力になった…みたいなそんな感じや。で、そのご先祖様の力を借りるには、代償が必要なんや。祓い師は、力を使った後代償がきて…あ、代償は人によって全然ちゃうで。オレや零やって、ちゃうし…けど、結構それが重いもんやから、オレらはあんまり使うな、って言われとる。」
だからさっき、力を使うことに抵抗があったのか。
「なぁ、京。その代償って、一体…」
「しょう、持ってきたよ。」
そう言って、階段から降りてきた石原。手には何かが入った袋が握られている。
「はいコレ。中身はタブレットで、効果は一日。おれの飴の効果を無効化してくれるから、物の怪達は見えなくなると思う。」
「ん、ありがと。」
石原から袋を受け取り、鞄のなかにしまう。
「じゃ、俺帰るわ。」
そう言って、鞄を持つ。
「ならオレも一緒に帰るわ。零、依頼来とるやろ?」
「まーね。けどほぼ雑用。」
「じゃあ、邪魔しちゃあかんな。ほな行くでー、渉。零は頑張ってなー。」
「じゃあな、石原。また明日。」
そう言って、石原の家を出た。庭を歩いていると、京が「そうや。」と言い、
「渉、こうして貰ったんやし、一回食ってみたら?」
「そうだな。食ってみる。」
鞄から先程貰った袋を出し、袋からタブレットを一つ出すと、目を閉じて、口の中に入れる。これもまた、石原の飴と同じように、何も味がしなかった。
「どうや?物の怪、ホンマに見えんくなったか?」
京がワクワクしながら聞く。目を開くと、そこは見慣れた、何も見えない景色だった。
「…ようやく戻ってきた…。」
体が透けている子供や、鬼の子の姿も見えない。たった数時間見ていただけなのに、いざ見えなくなると、途端に安心感が襲ってきた。
「良かったな、渉。」
ポン、と肩に手を置き、京は笑顔を浮かべる。
「何か…すっげぇ疲れた。」
安心感と共に、疲労も感じる。俺が半分ぼやきながら言うと、京が笑いながらこう言った。
「せやろな、見慣れない世界を見たし、色々説明したし…ホンマお疲れ。ジュース奢ったるわ。」
「お、京、太っ腹。」
「せやろ?」
京に感謝しながら、意味もなく空を見上げた。何だか、頭が凄くぼーっとする。まるで、数時間ずっと勉強したような感じだ。気を抜いたら寝てしまいそう。
「ホンマに疲れ切っとるなぁ、渉。歩いたまま寝んなよ?」
「………あ、あぁ。」
「ちょ、今寝てたやろ!?ほら、家まで頑張れ!」
「分かった分かった…」
ホンマに分かっとんのかコイツ、と呆れながら京が言う。眠気に負けないよう、頑張って話そうと思い、
「あー…現実なんだよな、コレ。実は夢でした、とかじゃないんだよな?」
と、言った。すると、京は少し笑って、
「ちゃうよ。…信じられへんけど、現実。困るよなぁ。こんな漫画のような世界が、現実なんて、正直、オレも未だに信じられん。本当はこれがすべて夢で、起きたら普通の高校生で…なんて、ありえへんけど。」
まるで諦めたような物言いに、思わず京の顔を見る。京は、何処か悲しそうな顔をしていた。俺がその顔を見て驚いていると、京が、
「…なぁ、渉。」
と、小声で呟く様に言った。
「何?」
なるべく普通に接してやろうと思い、いつものトーンで言う。京は一瞬言うのを躊躇い、「何でもない。」と言って、笑った。その笑顔が無理矢理笑っているように見えて、何か声をかけようとした。けど、何を言えばいいか分からなくて、結局「そっか。」だけしか言えなかった。何だか気まずくなり、下を向いた。…こんな時、どうすればいいんだろう。何か話題を、この空気を払拭してくれる話題…
「…あっ、そうだ京!今日、俺ん家寄れる?」
俺がなるべく明るくそう言う。すると京は最初分からなそうにしていたが、やがて思いついた。
「あぁ、そっか。今日数学やもんね。渉、数学苦手やし。」
「そうそう。だからいつも通り京先生に教えて貰おうかと…あ、夕飯は俺の家で食っていっていいからさ。」
さっき「勉強会してる。」と送ったし、きっと母さんはその後送りに来た京に「お礼に食べていって。」と言うだろう。だから、多分大丈夫なはず。
「おー、それはありがたいし、別にええんやけど…こんな遅くにお邪魔して大丈夫か?おばさんとかに迷惑なんじゃ…」
「今更何言ってんだよ。京だったら、母さん許してくれるって。」
俺が笑いながら言うと、京は暫し迷った末、
「じゃ、お言葉に甘えて、そうさせて貰いますわ。」
「よし、決まり!久しぶりだな、京が家来るの。」
「せやな。おばさんの料理美味いし、楽しみやわ。」
「今日の夕飯なんだろう…。」
「じゃあ二人で予想して、負けたら百円な。」
「よし、その話乗った。…絶対負けねー。」
「オレも。」
その後、夕飯のメニューで口論が始まり、話が脱線しながら家に帰ると、結局どちらも外れて、引き分けという結果になった。
次の日。京と別れ、廊下を進む。すれ違う友人に挨拶をしながら、教室へ入った。いつも通り机に伏せている石原を横目で見て、自分の席に着く。鞄に入っていた教科書等を出しながら、ぼんやり昨日のことを思い出した。今思い出しても、昨日のことは夢だったんじゃないか、と思う。物の怪が見えなくなった今、昨日起きたことが現実だと教えてくれるのは、昨日石原に貰ったタブレットだけだった。登校中、京は昨日のことには触れず、他の事ばかり話していた。俺がその話を持ち出そうとしても、無理矢理変えられるばかり。今思えば、昨日の夜から、極端に物の怪の話を避けていた。どうしてだろう。結局代償のことについて聞けずじまいだったし、ここまで知ってしまったら、もう後戻りは出来ない。あと、単純に知りたかった。きっと京は話してくれないから、石原に聞こう。…まともに答えてくれるかは知らないけど。そう思いながら、俺は朝の支度を急いだ。
時間が過ぎるのは早く、もう昼休み。俺は昼食を確保する為、購売に向かっていた。結局、石原とは話せていない。教室にはいなかったから、きっとそこら辺にいるだろう。そう思い、辺りを見ながら向かっていると、人ごみの中に、見知った人物が二人見えた。京と石原だ。俺は二人に近づこうと、人ごみの中に潜り込む。二人は何か話し合うと廊下を進んでいった。俺は見失わないよう、人ごみをかき分け、二人を追いかける。二人はどうやら階段に向かったようで、石原のフードがチラリと見えた。俺もそれに続く。石原がフードを被っていてよかった。二人は三階、四階と上がっていき、遂に屋上まで行ってしまった。確か屋上は今工事中で、入れないはずなのに。疑問に思いながらも、俺は屋上に続く階段を上がっていく。屋上の扉まで行くと、何やら蹴破られた跡があった。無茶苦茶だな、と心の中で突っ込みを入れながら、屋上へと足を踏み入れた。
「あれっ、渉!?」
屋上に出ると、石原と京がいた。何故か二人は戦闘態勢に入っている。京は俺の姿を見ると、目を丸くした。
「ちょ…何でこんな所におんねん!屋上は立ち入り禁止やで!?」
「それはこっちの台詞だよ。って言うか、何でお前らここに…」
「今それ説明してる場合ちゃうねん!って、うわっ!?」
京がそう言うのと同時に、遠くへ飛ばされる。まるで、誰かから攻撃を受けたみたいだ。
「っ…げほっ、思い切りやりすぎやろ…。零、渉のこと、頼んます!」
土埃に軽く咳き込みながらも、体勢を立て直し、何かに向かっていく。
「派手にやってるなぁ…みこ。」
いつの間にか俺の隣にいた石原が、おぉー、と棒読みで感嘆を漏らした。
「…何が起きてんだよ、これ…」
対する俺は、目の前で起きていることに、動揺していた。何で京は戦ってるんだ。
「あー、そっか。しょうは今見えてないから分からないんだ。」
京を目で追いながら、石原はそう言う。
「な、なぁ、石原!どうして京は戦ってるんだ?」
混乱している中、かろうじてそれを聞くと、石原は「みこ説明してなかったんだ。」と呟いた。
「しょう。あれが“祓う”だよ。物の怪と戦って、祓う。結構殺伐としてるんだよ、おれらの世界って。」
まるで当然の様に言う石原。飛ばされては向かい、飛ばされては向かい、を繰り返す京は、さながら漫画の主人公に見えた。
「今は妖怪を払っているから、みこに任せて…って、こっち来た。」
危機感もなくそう言って、俺を自身の後ろに下げる。
「あんまり離れないでよ。妖怪だから力出せないし。」
「で、でも、京は…」
「大丈夫、あんなのでみこはやられない。みこは強いからー…って、うわっ。」
石原は上を見上げながら言うと、俺の後ろに回り込んだ。そのまま目線をまっすぐにし、空中に手をかざす。
「みこー?そろそろ回復した?早くしないと結界破れる。」
のんびりそう言って、石原は京を横目でチラと見た。視線を戻し、やがてはっとする。そして、ニヤリと笑った。
「なるほどね…。あんた、おれらに復讐しに来たんじゃなくて、しょうを喰う為か。どうせ、しょうは美味しいとかそんな理由…。みこ、いける?」
唐突にそう言って、石原が上を見上げる。上には人影が。
「任せときぃ!」
京はそう言って、地面に降り立った。前を真剣に見つめていたが、やがて安堵の息をつく。それが合図だったかの様に、場に広がっていた緊張感が消えた。
「おつかれー、みこ。大活躍だったね。」
「どこがやねん。押され気味やったし…つーかあんなデカいの一人じゃ無理や。めっちゃ力使ったし…。」
帰ったらオカンに叱られるわ、とぼやき、その場に座り込んだ。
「…あっ、そうだ、渉!怪我ないか!?」
急に凄く心配され、驚いた。
「あ、あぁ。俺は大丈夫だけど、京は…」
「え、オレか?オレは大丈夫やで。ちょいと疲れたけど…こんなん休んどきゃ治るよ。あんがとな。」
そう言って、京が笑う。とりあえず、京が無事で何よりだ。
「そうや、零。さっきの話…」
「あー、うん。しょうのことでしょ?間違いないと思う。普通、学校にあんな妖怪来ないし。」
石原はめんどくさ、と呟くと、一つ欠伸を溢した。
「あぁー…疲れた。久しぶりに力使ったからもうヘトヘトや。」
そう言って、ごろんとその場に寝転がる京。
「もうここでサボっちゃえば?先生何も言わないだろうし。」
「せやな、そーしよか。あ、何なら零も休むか?力使っとったし…辛ないか?」
「大丈夫。っていうか、おれに過保護すぎだよ。」
「だって心配やし…。」
京は何かと石原の体調を気にしているような気がする。もしかしたら、石原は体が弱いのかもしれない。って言うか、さっき俺の名前が出たような気がする。
「な、なぁ。さっきさ、俺の名前が出たような気がしたんだけど…」
気のせいであってほしい、そんな気持ちで聞いた。すると、石原はあからさまに嫌そうな顔をしながら、京を見た。
「…みこー、言わなきゃだめ?」
こてんと首を傾げ、可愛い子ぶって言う。
「そんなことして許すと思うか阿保。言うに決まっとるわ。…下手したら、渉死ぬし。」
「は!?え、そんな深刻なのか!?」
取り乱す俺を他所に、京はそれを促すようにこう言った。
「まぁ、その説明は放課後にでも話すわ。…って、そう言えば渉。お前お昼食ったか?」
「え?いやまだだけど…。」
それがどうした、と言うのをかき消すかのように、鐘が鳴った。固まる俺を他所に、京が苦笑いを浮かべながら、
「もうそろそろお昼終わるって言おうとしたんやけど、遅かったな。」
「どんまい、しょう。」
そう言って、ぽんと俺の肩に手を置く石原。
「お、俺の昼休みが…。」
ショックで打ちひしがれる俺に、京が焦りながら、
「お、オレが昼飯奢ったる!だから、それまで我慢しよう!な?」
「男子高校生の胃袋舐めんな!餓死する…。」
「あ、何ならおれの飴食べる?」
「腹膨れるか!…って、やべっ。授業始まる…。」
チラリと時計を見ると、残り三分しかなかった。
「もうおれの飴舐めたらいーじゃん。素直になりなよ。」
「お前の飴のせいで色々巻き込まれてるんだけけど!?…あーもう!京、後で絶対昼飯奢れよ!」
絶対だからな!と念を押し、俺は屋上を後にした。昼飯を食べなかったから、午後の授業は腹が鳴りっぱなしで、クラスメイトから笑われたのは、言うまでもない。
「…渉…もうちょい落ち着いて食べぇや。まるで餓死寸前の子見たいやで?」
午後の授業を何とか乗り切り、放課後。部活動に入っていない俺等は、学校の近くにあるコンビニに来ていた。昼休みの約束通り、京に昼食を奢って貰い、俺は今それらを食べている。
「っあー…美味かった。ごちそーさん。」
ぱんっ、と胸の前で両手を合わせた。
「相変わらず食うの早いなぁ。…あ、ついでに昨日言ってたジュースも奢るわ。何がいい?」
「お、サンキュ。んーと…じゃあコーラ。」
「おれはラムネで。」
「オッケー。コーラとラムネな。じゃあ買っ…って、はっ!?」
そう言って、俺の隣を見る。俺もそれに続いて横を見た。すると、そこには…
「零!?何であんさんがここにおんねん!」
しれっと混ざった石原は、「やっほー」と、気の抜けた挨拶をした。
「何か二人がいるなーって思って、来た。」
「それ理由になってねぇぞ。」
「酷いなぁ、しょう。みこは従兄弟だけど、おれとしょうは友達でしょ?」
何とも嚙み合わない会話。俺は半ば諦めながら、「そうだな」と返した。
「ちょい待ちぃや。渉はいいとして、何で零のまで奢らなきゃあかんねん。オレ今月金欠なんやけど…。」
肩をがっくり落としながら言う京。
「え、何で?」
「最近妖怪の依頼が減っとるんや。“ぬらりひょん”が何かを企んどるらしくてな…葉原家を中心に色んな祓い師が警戒しとる。零ん家、その話回ってきたか?」
「いや、別に…。最近、幽霊は動きが活発だから、其れ所じゃない。」
「あぁー、そうやな。今の時期は絶好の機会やもんなぁ。」
成程、と呟く京に、石原はそっと、自身の両手を差し出した。
「…と、言う訳で、毎日忙しなく依頼をこなしているおれに、何か労いをちょーだい。」
「コイツ…上手く言いくるめて、奢らせようとしたな?」
「えー、ダメ?」
じーっと京を見つめる石原。数秒石原を見つめた後、やがて目を逸らし溜息をついた。
「しゃーない…。二人分の飲み物買ってくるから、ここで大人しく待っててな?」
そう言い残し、京は再び店の中に入っていった。しばらくして、石原が唐突に話を切り出した。
「ねぇ、しょう。」
その声が、普段の時よりしっかりしていて、結構真剣な話というのが分かる。どうした、と言うと、石原はゆっくり話し始めた。
「…最近さ、みこ、物の怪とか、祓い師とか、極端に避けてるでしょ?」
「えっ?…まぁ、そうだけど。」
まさか京の話だとは思わなくて、一瞬面食らった。
「あれは…しょうが、普通な、何でもない“日常”を過ごしてほしいからだよ。」
えっ、と呟いた。まさか俺の為にしてくれただなんて。
「…でもよ、昨日からもう散々巻き込まれたんだ、もう他人事には出来ないだろ。」
「うん、それはおれも思った。…けど。」
斜め上を見ながら、石原はこう言った。
「みこは何処か、物の怪も何もない“日常”に憧れてる気がする。少しでもしょうと過ごすことによって、しょう達の“日常”を知りたい。だから、しょうを巻き込みたくないんだよ。…おれらにとっては物の怪があってこその日常なのに。逆に言えば、物の怪のいない世界なんておれたちにとっては非日常だ。…けど、みこが一般人と関わったせいで、自分の認識していた“日常”が人とは違うことが分かった。…人間は人との違いをやけに恐れてしまうから。そのせいで、みこはおれたちの世界を“非日常”だと思い込んでる。だからむやみやたらにしょうを遠ざけようとするんだ。」
まるで独り言の様に言った石原。理解力のない俺は、正直話を聞くのがやっとだった。けど、
「どうして俺に言うんだ?単純な話、その日常とか非日常とか、京にそのまま言ったら済む話なんじゃねぇの?」
そう言うと、石原はピタッと固まる。俺に京の話されても、京の考えてることなんて分からないし。
「…でも、もしかしたら間違ってるかもしれないし…。」
「何で急に弱気になるんだよ。だったら聞けばいいだろ?」
「…おれには関係ないから、しょうが聞いてよ。」
「じゃあ今までのは何だったんだよ。石原は京がいつもと違うから心配なんだろ?だったらその気持ち、素直に言えばいい。そしたら京も大人しく話すだろ。」
「………恥ずかしい。」
「恋する乙女か。
「…ねぇお願いだよしょう。聞いてみてよ。しょうも気になってるでしょ?京が避ける理由。」
「ま、まぁ気になるっちゃ気になるけど…」
「じゃあしょうがみこに聞いてね。おれはもう知らないから…って、みこ帰ってきた。おかえりー。」
店から出てきた京に、石原が適当に手を振る。
「ただいまー。ほい、買ってきたで。コーラとラムネ。」
「おー、サンキュ。」
京から袋を受け取り、中からラムネを取り出し、石原に渡す。
「ありがとー、みこ。」
「ったく、零、オレに感謝してな?無い金はたいて買ってきたんやから…。」
「だからありがとーって言ったじゃん。」
「もう少し感謝の意を示せ。」
「ほら京どーどー。俺のコーラ一口あげっから元気出せって。」
そう言って、袋ごと、京にコーラを渡す。
「えっ。いやいや、これは渉への労い品や。飲む訳にはいかへん。」
「いや、いいって。…何なら半分にすっか。」
俺がそう言うと、京は途端に焦りだし、
「いやいやいや!それは流石に申し訳ないわ!素直に奢られてや、な?」
「いいって。…つーか、京自分の飲み物ないだろ?ほらほら、水分補給、水分補給…」
「ちょ、無理矢理押し付けんなや!」
ぐいぐい、と無理矢理押し付ける。
「飲めって、ほらほら。」
「分かった、飲む!飲むからもう押し付けんといて!」
「言ったな?ほい、じゃあ先に京が半分飲んで。」
「ったく、無茶苦茶やこんなん…」
ぼそりと愚痴を溢しながら、袋を受け取る。キャップを開け、全部飲み干す勢いで飲んだ。半分くらいになったところで、口元を拭いながら、俺に渡す。それを受け取り飲むと、少しぬるくなっていた。それを飲み干すと、ボトルにキャップを閉め、ごみ箱に捨てた。
「んで?これからどーすんだ?」
「あーっと、どうしよ…あっ、そういえば渉に説明するって言ってたな。んー、ここじゃあれだし、場所移すか。」
そう言って、歩き出す京。俺もそれについていった。
「移動するっつっても、どこ行くんだ?」
「公園。近くにあるし、丁度ええやろ。」
「ねぇ、みこー。ラムネの中に入ってるガラス玉取ってー。」
ラムネの瓶を覗きながら言う石原に、子供か、と心の中で突っ込んだ。口には出さないが。
「ガラス玉?…ってあぁ、それか。公園に着いたら割ったるから、それまで我慢しとき。」
京がまるでお母さんのように言う。すると、公園が見えてきた。公園には、五時を過ぎたからなのか、子供の姿もなければ、人っ子一人いない。
「んーっと、とりあえずベンチ行っといて。オレは零の瓶割ってくる。」
石原から瓶を受け取り、「なるべく遠く行った方がええでー、ガラス飛んでくるかもしれへん。」と過保護なことを言いながら、俺等から離れていく。京ってあんなに過保護だったか、と思いながら、とりあえず言われるがままベンチに行く。しばらくすると、手に光るものを持って帰ってきた。
「ほい、零。これでええか?」
「おぉ。ありがとーみこ。」
「いえいえ。でも、そのガラス玉何に使うん?」
「特に何も。ただガラス玉を取りたくなったから。」
「何やそれ。」
笑いながらそう言い、俺の隣に座る。
「で、何説明すれば…って、あぁ。祓う方法か。」
「みこ、言ってなかったんだね。てっきり言ったもんだと…」
「全部教えたら、渉が混乱するやろ?」
石原が、じっと俺を見る。
「理解力なくて悪かったな。」
「あぁ、もう喧嘩すんな!」
京が仲介に入り、宥める。両者しぶしぶ身を引いた。
「で、話し戻すな。まず、オレは狐火っちゅーのを使って祓っとるで。例えるなら…鬼火とか、火の玉とかか?それらを敵に投げつけて祓っとる。零はその場に応じて祓い方変えるから、一様には言えん。まぁ、ある意味最強になるんかな?」
「えっ。」
「何でそんな驚いてんの。そんなに信じられない?」
「…いや、別に……。」
ふいっ、と石原から目を逸らした。
「あ、ちなみに今日祓っとったやつは“がしゃどくろ”っちゅーやつで、めっちゃデカい骸骨や。そいつが結構悪い妖怪で、簡潔に言うと、人を喰う。」
…人を、喰う?その言葉に固まる俺。
「えーっと、人を喰うって、具体的にどういう感じなんだ?」
俺がそう言うと、京は顔を青くし、零はにやりと笑う。その正反対な二人の反応に、嫌な予感がした。
「みこ、説明してあげなよー。」
「えっ!?い、いやオレは…」
「嫌なの?」
「嫌や。絶対に嫌。」
断言する京に、零は「しょーがないなー。」と言って笑顔を浮かべた。石原のこんな上機嫌な顔初めて見た。
「…人を喰うってそのままの意味だよ。生きている人を口の中に入れて、もぐもぐって嚙み…」
「あぁぁ!ストップストップ!もういい!分かった、分かったから!」
想像すると、絵面が凄くアレだから止めた。
「えー。しょうもこういうの苦手なんだ。」
「苦手っつーか…なぁ?京。」
「分かる分かる。何か言い表せんけど…なぁ?」
通じる仲間に感動し、硬い握手を交わす。それを見た石原が「意味分かんない。」と冷たい目で見た。
「逆に、何でお前は大丈夫なんだよ?」
「え、おれ?んー…依頼で廃墟とか行くと、そういう幽霊が沢山いるからじゃない。」
「「ひぃっ。」」
「何二人して女見たいな声出してんの、気持ち悪い。」
思い切り引きながら言う。酷いなこいつ。
「…で、えーっと…あ、そうや!大事なこと言わなあかんな。んーっと…渉、落ち着いて聞いてな?」
何やらまずそうに言う京。
「単刀直入に言うとな…どーやら渉は、“物の怪に好かれる体質”らしいんや。」
「…は?」
多分京は真剣に言ってると思うが、好かれるなんて予想の斜め上をいった。
「好かれる、っちゅーのはそのままの意味で、そこにいるだけで四方八方から物の怪が寄ってくる、ってことや。」
「…え、じゃあ死ぬって言うのは…」
「がしゃどくろみたいに悪い妖怪とか地縛霊とか引き寄せたら、渉の命が危ない、って訳。」
あっさりととんでもないことを言い出した。
「はぁあ!?え、何か対策とかないのか!?」
「んー…まぁあるっちゃあるんやけどー…。」
「じゃあ教えてくれ!」
お茶を濁す京なんてお構いなしに、詰め寄る。物の怪が見えなくなった今、周りにどんな物の怪がいるか分からない。知らないうちに死ぬなんてごめんだ。京は俺から気まずそうに目を逸らし、
「…オレら祓い師が四六時中一緒にいることしか方法はないな…」
と言った。
「え、だったらいいじゃん。いつも京と登下校してるし、教室には石原がいるし。」
俺がそういうと、京は「それだけで済むならまだよかったんやけど」と呟いた。
「さっきオレ“四六時中”って言ったよな?つまり学校はおろか、朝起きた時から寝る時までずっと一緒ってことや。まず同居は当たり前かな。」
「…え。そんなめんどくさいのか…。」
「だから言ったやん。それだけで済むならまだよかったって。」
他に方法はないのか、と京に聞くが、「生憎オレが思いつくのはこれくらいしかあらへん…こんなの初めてやから。」と申し訳なさそうに言った。すると、今まで会話に入ってこなかった石原が口を開いた。
「じゃあ、おれがしょうに結界張ったらいいんじゃない?」
「え、ちょ零…。」
「結界張れば物の怪寄ってこないし、もし破れたとしても、その時はおれが気付けるし、いーんじゃない?」
「おぉお…じゃあそれで」
「良い訳ないやろ」
遮ったのは京だった。その声はいつもより低い。
「それやと零の体が持たん。そんなの無茶や。それは諦めて、他の方法探そう、な?」
まるで我儘を言う子供を宥めるかのように、そういう京。結界張るのにも代償があるのだろうか。だったら、石原の代償は一体なんだ。
「な、なぁ。話の途中で悪いんだけど…お前らの“代償”ってなんだ?結界張るにも、代償がでるんだろ?それがやばいやつだったら、俺は大人しく誰かと四六時中一緒にいるよ。」
俺がそう言うと、京は石原に視線を向けた後うつむき、石原は少し目を丸くし、京を見た。
「…みこ、まだしょうに代償のこと話してないの?」
「だ、だって、オレはまだしも零は…」
「今更でしょ。おれは別にいーよ。」
「でも…。」
でも、どうせ、だって、と後ろ向きな言葉を並べる京。…どうして京は、石原のことになると消極的になるんだろう。今、聞かなきゃ。
「なぁ、京。」
俺が言うと、京は石原との会話を止め、「どうした?」と言った。
「…どうしてお前は、物の怪や祓うことになると、消極的になるんだ?」
京は目を丸くする。
「昨日からずっとそうだ。俺が物の怪とかの話をしようとすると極端に避けるし、今の代償の話だって何故か消極的だし…なぁ、教えてくれよ。お前がそうなる理由を。」
京の目を見てはっきり言った。京はぱっと目を逸らし、口元を抑える。
「急に何言いだすと思ったら…」
「はぐらかすなよ。」
「あぁ、ちゃうねん。ただ驚いただけで…。まさか渉に言われるとはなぁ…。」
譫言のように呟いた京の表情は、泣きそうな顔をしていた。
「…お前らのことが、心配なんよ。この祓い師の仕事で、死にかけたことがぎょうさんあった。そんな危ない仕事に、大事な二人を関わらせたくない。零に関しては、もう止めて欲しい気持ちでいっぱいや。…けど、零は強いからどうしても必要になってくるし、渉だって、もう野放しに何か出来ない現状やから…せめて、せめてでも、オレの口からそういう話をしないことにして、少しでもこのことから遠ざかって欲しい、と思ってしたことなんやけど…」
迷惑やったかな、と消え入りそうな声で京は呟いた。こんな京は初めてだ。いつも笑って、時には過保護になって叱ったりして。あぁ、オレ、物の怪とかに関わってから、こいつらの色々な一面見れたような気がする。
「…京。別に迷惑なんて思わないし、その気持ちはありがたいんだけどよ…んーと、なんつーか…」
「おれらのこと弱く見過ぎ。おれら別に子供でもなければ女でもないんだけど。自分の身は自分で守れる。」
「そうそ…って、石原はっきり言いすぎだ!」
「…大丈夫や、渉。」
京の方を見ると、京は下を向きながら、もう一度大丈夫、と言った。
「で、昨日から散々関わってきたし、今更遠ざけられても、逆に何か、落ち着かない?っつーか…何か上手く言えねーけど、とりあえず、俺等は京が思うより強いし、自分の身は自分で守れる!」
「え、いやでも、もし上級幽霊とか、ぬらりひょんに会ったら…」
「そん時はどーにかするでいいだろ。」
「でも太刀打ち出来なかったら…あ、怪我した時どうすんねん?」
「…何でそんな悪い方向に考えるのさ。」
ボソッと石原が呟く。
「っ…だったらもう、実際に戦って強いこと証明すればいいだろ!?前京言ってたよな、「百聞は一見に如かず」って。聞いても不安なら実際に目で確かめろ!」
「…そ、そんな無茶させられ」
「いーの。…おれだってもう腹くくってるし。確かにおれの代償は重いけど、もう今更なんだって話。しかもちょうど、依頼が届いてるしね。」
「いやけど…って、はっ!?依頼!?」
「うん、そう。何かだめだった?」
「あかんに決まっとるわ!何言うねん!」
「山にある墓地でのお祓いだって。丁度いいでしょ?」
「あかんよ!墓地の霊は強いし、零は…」
「…って言うと思ったから、先に引き受けてきたよ。ついでに、しょうも同行していいって許可ももらった。」
石原がドヤ顔をしながら言う。京はそれを見て何か言おうとしたが、あきらめてためいきをついた。
「…全部予測済み、っちゅーことか…。こりゃ、一本取られたわ。」
あちゃー、と言う京。
「京はどうすんだ?一緒に行くか?」
そういうと、京はうなりながら考え、やがて苦笑いを浮かべ、
「しゃーない…二人だけや心配やから、オレも一緒に行くわ。…もし妖怪が出ても、オレが祓えばええしな。」
「京がいると心強いな。」
「そーそー。」
「おい零、棒読みやめーや。……んで、祓うのはいつや?」
「んー…明日にでも行きたいな。明日って何曜日?」
「えーと、明日は土曜日だな。」
「授業は午前中だけか。じゃあ…明日の夜七時、おれの家の裏にしゅーごー。」
「渉、道分かるか?何ならオレと一緒に行くか?」
「分かるから大丈夫。」
「あ、あとしょうはタブレット食べてこないでね。見えないと困るから。」
「えっ。」
タブレットを食べない、つまり昨日の物の怪が一日中見えることになる。
「死にたいって言うんだったら食べてこなくていいんだよ?多分祓うことに手一杯だから、しょうに構ってられないと思うし。自分の身は自分で守ってね。」
さりげなく恐ろしいことを言う石原。絶対に食べないでおこうと思った瞬間だった。…しかし、何だか勢いであぁ言ってしまったが、正直コイツらが祓っている間俺は何をしたらいいんだろう。つーか、足手まといになるんではないか…。と不安な要素をあげたらキリがない。
「明日の作戦とかは明日話す。」
「分かった。」
「りょーかい。」
返事を返し、京の方を見ると、とても心配そうな顔をしていた。対する石原は、いつもと変わらず眠たそうな表情だ。不安はたくさんあるが、こいつらとなら、なんとかなるような気がする。ふと、空を見上げる。空は徐々に曇り始めていた。
次の日の夜。おじゃまします、と呟き、庭へ歩いていく。開けた所へでると、石原と京がいた。
「お、やっほーしょう。」
「さっきぶりやなー。」
そう言って笑う京には、特に緊張感は感じられなかった。
「しょう、一応確認するけど、タブレット食べてきてないよね?」
「あぁ。」
「…一応確認。みこ、力使って何か出して。」
「うおっ、いきなりやな…戦う前やから、あんまり力は使いたくないんやけど…ほい。」
京の掛け声と同時に、京の手に火の玉が浮かんだ。
「うわっ、なんだそれ。」
「お、ちゃんと見えてるな。これが昨日説明した狐火や。今はこんくらいの小さいやつやけど、力使えば大きくなるで。」
「へぇ…。」
狐火の色は青色で、ユラユラ揺れるそれは、かなり不気味だった。
「あ、そうだ、しょう。コレあげる。」
そう言って俺の手に何かを握らせる。何かと思い開いてみれば、それは
「コレ、昨日のガラス玉じゃないか?」
「せーかい。よく分かったね。けど、これは普通のガラス玉じゃない。霊力込めたから、何かあったときはこれが守ってくれる。だから、無くさないでよ。」
手作りだし、と呟く石原。俺はありがとうと言ってそれを受け取り、服のポケットの中に入れた。
「今回の依頼は山の中の墓地でのお祓い。結構強いから、作戦立てるよ。作戦は、まずしょうがおとりになって…」
「いや、ちょっとまて!」
続けようとした石原を遮るように止める。
「俺おとりなのか!?」
「うん、そうだよ。だってこんないいおとりそうそういないし。」
「酷いやつだな…」
「ちょ、零!それは流石に危なくない?」
「だからさっきガラス玉渡したでしょ。はぁ…ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くよ。移動は…」
そう言って、じーっと、と京を見る石原。京は石原の目線に気づき、驚きの声をあげた。
「はぁっ!?またオレなんか!?」
「妖怪に乗って移動した方が夢があるでしょ?」
「そんなん知らんわ!オレを便利な道具だと思っとるやろ!?」
「違うよ。いつも感謝してるし。…けどさ、ポルダーガイストで移動するのはあまりにも…ねぇ?」
コテンと首を傾げ言う石原。それを見て京はしばらく考え、「しゃーないなぁ」と言った。石原はやったーと棒読みで言う。何だかんだ言って、京は石原に甘い。
「ちょい待ってな。九尾呼ぶ。」
「九尾…って、あの尻尾が九本生えた狐のことか?」
「そうそう。オレ、何かキツネの妖怪に好かれやすいんよ。だから祓う時も狐火使っとるんやけど…って来た。」
そう言って上を見上げる京。俺もつられて上を見る。すると、そこには、飛行機よりも遥かに大きい巨大な狐が浮かんでいた。
「うわっ!?何だあれ!?」
「あれが九尾や。」
すると、九尾がその大きな顔を近づけてきた。標的は京。どんどん京に近づいていく九尾に食べられてしまう、そう思って目をつむった。すると、京は手を伸ばし、九尾の顔に触れ、優しく撫で始めた。
「突然呼び出してすまんな。ん、元気そうで安心したわ。んで、早速なんやけど、ここまで乗せてってくれへん?ん、あぁ。渉も頼んます。…大丈夫やって、後で油揚げお供えしとくから。…うん、あんがとさん。」
一通り会話をし、俺等の方を見た。
「渉。九尾に乗って移動するから、はよ乗りぃ。九尾めっちゃモフモフやで。」
九尾が京の服を齧り、その大きな首を降り、自身の体の上に乗せる。
「え、でも俺どうやって乗…って、うわぁっ!?」
先ほど京がやられたように、服を齧られ、放り投げられた。
「あいてっ。」
「よーし、皆準備いいな?九尾、よろしく頼んます。」
京がそう言うと、九尾は返事をするかの様に鳴くとぴょん、とその場で飛び跳ねた。すると、九尾の体はみるみる内に浮いていき、気づけば人が見えないくらい上に行っていた。何だか冒険しているみたいで、少しわくわくした。
「じゃあ、皆。作戦会議するからしゅーごー。」
二人で皆と言えるのか、と小さく思いながら、落ちない様慎重に石原の元へ集まる。
「えーと、まずは今回祓う対象が墓地にいる。そこにいるやつはもの凄く強いし、正面突破なんて死にいくもんだから、おとりを使う。そのおとりがしょう。しょうが逃げてる間、おれらは上で見てて、タイミング見計らって飛び出していく…って感じ。何か意見は?」
いつも眠そうな石原が作戦を立て、しかも場を仕切っている。珍しいな、と思いながら、とりあえず返事をした。
「特にない。」
「オレも。まぁ強いて言うとするなら…こんな当てずっぽうな作戦で大丈夫か?」
「あー、みこなら絶対言うと思った。…けどさ、どうせ作戦立てたって、八割形あっちがぶっ壊してくるんだから、おれらはアドリブきかせよ。」
チラリと石原が前を見据える。山が見えてきた。
「…ま、そんな緊張してもあれだし、気軽にいこー。」
そう言って、ぼふん、と九尾の毛に埋もれる石原。
「はあぁ…逃げきれっかなー…。」
「お、渉にしては弱気やな。…オレに証明してやるっつったのはどこのどいつやったっけ?」
京の方を見ると、意地悪い笑みを浮かべていた。
「…何だその顔。気持ち悪いぞ。」
「酷いな!?…ま、オレも頑張るから、渉も頑張ってな。」
ポン、と優しく肩を叩き、笑顔でそう返した。
「…あぁ。」
前を見る。目的地は、もうすぐそこだった。
虫の声が、あちらこちらで聞こえてくる。懐中電灯とガラス玉を持った俺は、誰もいない墓地にいた。正直怖いし帰りたい。けど、何の力もない俺に出来るのはこの位だ。その幽霊を探す為にそこら中をうろうろしていると、
『ア…アァ、ア……』
と言う声が聞こえてきた。叫びたいのを何とか抑え、恐る恐る振り返って見る。するとそこには、ゆうに二メートルを超すであろう大きな半透明の女の人が立っていた。俺は足首を少し回すと…一目散に走りだした。墓石の前を走りぬき、山道を滑り降りる。時折後ろを確認して、ついてきているか確認する。さっきから地味に足首が痛い気がするが、そんなこと気にしてられない。いつ来んだあいつら、と考えていたその時。
「うわっ!?」
木の根に躓き、そのまま転がり落ちて行く。叫ぶことも出来ず、ただただ転がり続けていると、
「何しとんねん、渉。こけて死にましたなんて笑い話にもほどあるで?」
そう聞こええてきたのと同時に、何かモフモフしたものに突っ込む。何かと思い見てみると、それは九尾だった。
「っと…みこ。ここじゃ足場が悪い。違う所に移動しよう。」
「せやな。えーと、狐火見せたらついてくるか…案内役は任せとき、零達は九尾で追いかけてな!」
そう言うや否や、京は自身の手に火を灯し、それを幽霊に見せびらかしながら、木々の間をすり抜けていく。
「おれらも追いかけるよ。九尾、みこを追って。」
石原が指示すると、九尾は俺を胴体にのせ、京を追いかけていく。
「しょう、ないすふぁいと。捨て身の逃走だったね。」
「あ、あぁ…」
半分瀕死になりながら、かすれた声で言う。これで少しは役に立てたか…?
「しょうはこれから、おれらの祓いが終わるまで九尾の上で待機。結界張ってあるから、幽霊には見えていないと思う。後はおれらに任せといて。」
九尾から身を乗り出し、暗闇を見つめながら、石原はそう言った。しばらくして、石原がストップ」と言うと、九尾から降りていった。
「っ、零、いけるか!?」
「任せて。」
そう呟くと同時に、幽霊に突っ込んでいく。どこかから出した刀を取り出し、幽霊に攻撃を仕掛ける。
「みこ、サポートは任せた。」
「りょーかい。」
狐火を幽霊にぶつけながら、京はそう言った。石原は幽霊を見つめ、そのまま空中に手をかざす。すると、木々が途端に揺れだした。
「…“式神”」
そう呟くと、木々にあった葉達が集まり、人の形になっていく。
「みこ、式神作ったから、燃やしておーけー。」
「オレあんま式神燃やしたないんやけど…バチ当たりそうやし。」
文句を言いつつ、京は狐火の一つを葉達に投げた。すると、狐火が葉に燃え移り、火だるまになっていく。石原が幽霊を指さすと、その葉達は幽霊に向かっていった。幽霊は苦しみだし、怒りを露わにする。
「おぉ、めちゃくちゃ怒っとる。」
「そんなのいいから早く倒すよ…けほっ」
咳き込みだす零。けど、それもお構いなしに、どんどん葉を集め、人の形にして、指示を出す。
「っ…零、あんま無理すんなよ!」
「大丈夫、こんく…っ!みこ、伏せて!!!」
そう言うのと同時に、京が飛ばされた。幽霊の隣に、何かがいた。辺りが暗いせいで姿がよく見えない。
「っ、みこ!“ぬらりひょん”、いける!?」
「げほっ…あぁ、何とかなっ!!!」
石原が叫ぶと、京がそう言い、飛んできた。
「こいつぁ厄介やな、力持つか…」
独り言を溢しつつ、的確に攻撃を仕掛ける京。石原も攻撃を入れるが、何だか葉の数が減っている様な気がする。すると、石原の口から、何かが滴り落ちた。よく見るとそれは…血だった。ふらつきながら、乱暴に口元を拭う石原だったが、幽霊が攻撃を仕掛ける。その攻撃を直に受け、飛ばされた。
「っ、零っ!!!」
京がそう叫ぶが、石原は倒れたままで、ピクリとも動かない。
「っ、石原…!」
俺が下に降りようとした瞬間、九尾が動いた。
「うわっ、ちょ…大人しくしろ!石原が…っ」
そう叫ぶが、九尾は止まらない。まるで、俺を下に行かせないとでも言うように。下では京が石原を庇いながら、二人の相手をしていた。あのままじゃ、きっと京もやられてしまう。こんな無力な、普通の俺を恨んだ。見ることしか出来ないなんて嫌だ。何か、何か俺に出来ることは…。
「っ、九尾!」
俺がそういうと、九尾は返事をするように、たくさんの尻尾を揺らした。
「このままじゃあいつらがやられる、だから………」
九尾はそれを聞き、それを肯定するかの様に鳴いた。一回深呼吸し、タイミングを伺う。ぶっつけ本番だ、失敗は許されない。二人が視線を逸らした…今だ。俺は九尾から降り、
地面に着地する。すると二人は、自然に俺の方を見た。目を丸くする京に、石原から貰ったガラス玉を投げつけ、走り出した。…俺がおとりになって、京と石原から離れれば、やられることはないし、万が一物の怪が来ても、あのガラス玉が守ってくれるだろう。正直逃げ切れる気はしないし、多分喰われて終わりだ。けど、普通な俺が唯一出来ることはこれだけだ。何も出来ないよりは断然いい。あてもなく走り続け、三十分。遂に、行き止まりに来てしまった。
「っ、クソ…っ!」
後ろを見ると、もう二人が間近に迫っていた。もう、逃げられない。後ろに下がると、背中に木が当たった。絶体絶命とは、このことだろう。もし、俺に祓う力があったら。俺に襲ってくる二匹を見ながら、俺はそんなことを考えていた。すると、目の前に突如、眩い光が現れた。
「えっ…!?」
目を開けると、そこにはどんどん消えていく幽霊の姿と、もがき苦しむぬらりひょんの姿があった。
「んだよ…これ…」
消えていく二人を見ながら、俺はただ茫然と呟く。二人が消える瞬間、人影が見えたような気がした。光が完全に消えた後、俺はその場に座り込む。
「…終わったんだよな……?これ…」
謎の光やら何やらあったが、とりあえず終わった…はずだ。警戒心を持った方がいいと思うが、そこまで考えられる余裕すらなかった。「渉―!渉っ、どこやー!!?」
茫然とその場に座り込んでいると、上の方から、京の声が。上を見ると、九尾が浮かんでいるのが見えた。俺がおーい、と叫ぶと、九尾が降りてきて、京が手を伸ばす。その手を取り、九尾に乗った。九尾が上がっていくのと同時に、京に肩を掴まれる。
「っ、怪我ないか!?」
凄い権幕でそう言った京。その迫力に怯みながらも、大丈夫、と言った。
「それより、京と石原は…」
「あぁ、大丈夫、しばらく休めば治っから。」
代償が殆んどやし、と呟き、チラリと石原を見た。石原は起きてはいないものの、どうやら寝ているようだった。
「怪我ないのが分かったから…まず説教な。」
そう言うと、途端に京の顔が変わる。げっ、と思った矢先、京の怒鳴り声が聞こえた。
「渉の阿保っっっ!怪我ないからよかったものの、何で急に無茶したんや!オレに任せときゃよかったやろ!?」
「だって、あのままじゃ京やられてただろ?」
「だとしてもや!…本当に心臓止まるかと思たわ…もうこんなことやめてな?」
そう言った京の顔は酷く安心していて、心配かけたな、と自責の念が沸いた。
「ごめんな、京。でも、思いついたのがあれしかなくて…」
「はぁぁ…ホンマ心臓に悪いわ。」
もう止めてな、と念を押す京に、分かったと返した。
「あ、そうだ。渉に教えるわ。」
何を、と聞くと、京は代償、と答えた。ようやく教えてくれるのか。
「まずオレの代償は…“人格”。だからこんな関西弁になっとる。」
またその内変わるかもな、と嘯く京。だからこんな口調なのか。
「んで、零は“生命力”。だからさっき吐血とかしたんや。…そのせいで霊力が薄いから、定期的に飴を食っとる。あいつ、学校にいるときいつも食ってるやろ?あれは昼間力弱くなるからや。断じて不良じゃないんよ?」
成程、それだと全て納得がいく。京が石原の体調をよく気にかけているのも頷ける。
「んーっと、後何か言わなきゃあかんこと…あぁ、そうや。渉、あんた一般人じゃなかったわ。」
衝撃のカミングアウトをされ、思わず面食らう。
「渉は自覚ないかも知れんけど、さっき光が現れたやろ?あれ実は、渉が“神様”を下界に下ろしたんや。そうして物の怪を祓う…つまり、神様で祓う祓い師ってことや。」
「え、は?訳分かんねぇんだけど…つまり俺は?」
「オレらと一緒の“祓い師”ってこと。だから物の怪に好かれるんよ。物の怪は神様の座を取ろうとしとるからな。」
俺が、祓い師?
「ま、その説明はまた追々としてくわ。とりあえずきゅーけー。」
そう言って、寝っ転がる京。俺も続けて寝っ転がった。さっきの説明を早くしてほしい所ではあるが、とりあえず今は、京が言った通り休憩にしよう。視界に夜空が広がる。空には、満月が輝いていた。
「あっ、やべ。学校にお守り忘れてきた…。」
学校からの帰り道。俺はスクールバックを覗きながら言った。
「は?あれないと困るんちゃいます?」
「しょうのドジー。」
「うるせぇよ、京、零。」
「…あ、オレも忘れてきたわ。」
「お前もかよ。」
「…あ、おれも飴忘れてきた。」
「結局全員じゃねぇか。取りに行くか…今ならまだ先生いるよな?」
「今は…七時か。いるやろ、前おったし。」
「早くいこー。」
そう言って引き返す零。待ってや、と言い零を追いかける京。…あの日の夜から、変わったことが沢山あった。まずは俺のあの力。あれは結局、祓い師の力で、今はその力をコントロールするために、二人と特訓中だ。まだ依頼をこなしていないから、代償もよく分からない。けど、二人が言う割には、「神の力を借りているから、代償は覚悟しといた方がいい」ということらしい。で、俺が学校に忘れた“お守り”というのは、コントロールが出来るまで、物の怪を退けるために持っているものだ。…前、零と話した“日常”。前の俺が見たらきっと“非日常”って言うだろう。けど、実際体験してみたら、案外“日常”としてやっていける。
「はよ来んと置いてくでー!?」
「しょう遅いよー。」
そう言う二人。物の怪のお陰で仲間になったやつもいる。だから…案外、物の怪がいる日常でもいいのかも、なんて。俺は今行くーと告げ、大切な仲間たちの所へ走っていった。