@toasdm
苦手といっても嫌いなのではなく、誠司は女性をどう扱っていいのかがわからないという意味で苦手だった。その証拠に最近では、付き合い始めた彼女と手を繋ぐこともできるようになってきたし、キスもなんとか、できるようにはなったのだ。女性全般は相変わらず苦手だが、何よりも愛しい彼女のことを自分が思ったように、好きだという気持ちを伝える手段は、誠司の中には元々備わっていた。
ただし、男性が苦手過ぎて慣れる為にも、このままじゃいけない、と一念発起して男性アイドルが所属しているこのプロダクション事務所に勤めた彼女にとっては、まだまだ慣れるとは程遠い雰囲気だった。未だに周囲の、事情を知る人々に言われるのだ。「どうして付き合った」と。もっと初心者向けから始めればいいのに、とからかわれた時に「慣れる為に信玄さんを選んだんじゃなくて、信玄さんが好きだから信玄さんとお付き合いしてるんです!」と真っ赤になって叫んだあたり、彼女は誠司の、その人柄を本気で愛しているのだろう。
そんな彼女だが、未だに誠司に肩を抱き寄せられる度に「ひぃ」とか「ぎゃあ」とか言うものだから、怖がらんでくれ、と苦笑する余裕が誠司に出てきたのも、誠司の余裕を生む一端を担っているのかもしれない。怖いわけじゃないんです、と怯えながら言う彼女は誠司を愛していたが、男性全般はまだまだ怖かった。
「あ……」
だから、通り過ぎようとした雑貨店のショーウィンドウに飾られていた巨大なくまのぬいぐるみを見て、誠司さんみたいだ、と吸い寄せられて、気がつけば二メートルはあろうかというその大きなぬいぐるみを買って帰った彼女の思惑は、これに慣れれば誠司さんにも慣れるかもしれない、というものだった。今になって思えば、そんなことはない、と冷静に判断できるのだが、こうして見比べてみても、やはりこのくまのぬいぐるみと誠司とは、どこか共通点があるように思えて仕方がなかった。
「すまん、もう一度いいか」
「はい」
頭を抱えた誠司は彼女の部屋で、巨大なくまのぬいぐるみを指差してこれは、と彼女に尋ねる。
「せーじさん……」
「これは……?」
「誠司さん」
自分を指差した誠司の目をじっと見つめて、彼女はきっぱりと、誠司とせーじの発音を変えて答えた。どういうことだ、と頭を抱えるしかない誠司に、彼女はぽつぽつと、理由を説明しはじめる。
「似てるから、こっちの、せーじさんで慣れたら、その……うまくいくかと思いまして」
「似てるのか?」
「はい!」
そんな満面の笑みで言わんでくれんか、と誠司はせーじをもふもふと検める。自分はこんなに毛深くないぞ、と苦言を呈せば、もっと内面をみてください、と無理難題を返される。内面もなにも、こいつの中身は綿じゃないのか、と馬鹿正直に答えれば、誠司さんの馬鹿!と彼女は誠司のがっしりとした肩をべしべしと叩いた。
「誠司さんの馬鹿! せーじさんは優しくて包容力があって、穏やかであったかくて大きくて頼りがいがあるんですから!」
そんなにぬいぐるみの肩を持つのか、と一瞬落ち込みかけた誠司だったが、いや待てよ、と冷静になった頭は、彼女の言葉をそのまま自分に当てはめる。
「優しくて包容力があって、穏やかであったかくて大きくて頼りがいがある……」
「そうですよ!」
ぬいぐるみのおなかに顔をむぎゅう、と埋めて抱きつく彼女の頭をぽんぽんと撫でる誠司は、彼女の知らないところで顔を真っ赤にして呟いた。
「……プロデューサーさんには、自分はそんな風に見えてるから、似てると思ったのか」
とんだ殺し文句だ、とからから笑う誠司をばっ、と振り向いて、彼女は誠司よりも真っ赤な顔で違うの、でも違わない、とおろおろしはじめる。やっと気付いた自分の発言のストレートさに恥ずかしくなる彼女を、誠司は身を捩りたくなるほどに愛おしく感じた。
「あんまり可愛いと参ってしまう、ほどほどにしてくれ」
「違うの、あの、違わないんですけど、違う、違わないけど」
支離滅裂になった彼女をひょいと抱きかかえると、誠司はせーじに背中を預ける。なるほど確かに、体格のいい自分が身を預けてもどっしりとしていて、優しくて包容力があって、穏やかであったかくて大きくて頼りがいがあった。
「いくら自分でも、そんなに誉めそやしているのを目の当たりにすると妬けてしまう」
「違うのぉぉ……」
早くこっちの誠司にも慣れてくれ、とぎゅうっと力いっぱい抱きしめた彼女はただただ、小さく震えて真っ赤になるしかなかった。