@toasdm
「ど、どうしたんですか?!」
外は快晴、真夏日、炎天下。局地的なゲリラ豪雨もプールイベントも祭りも、道夫がずぶ濡れになるような出来事はどこにもないはずなのに、上から下まで余すところなくぐっしょりと濡れた道夫は、足元に水溜りを作ったまま事務所の入り口で棒立ちになっていた。
「アクシデントに見舞われてしまった」
聞けば打ち水をしていたお年寄りが面倒になったのか、柄杓で掬うのもまどろっこしいとばかりにバケツの水を思いっきりぶちまけた先に偶然飛び出してしまったのだという。
「気にしていない、と声をかける以外に、私には何もできなかった……」
少しは色々気にしてください、と気を利かせた道夫を気遣って、彼女は慌ててタオルを持ってまずはどこから拭いたものかと困惑する。
「ええと……とりあえず着替えますか?」
「うむ」
予備のTシャツとハーフパンツはあるにはあったが、果たして背の高い道夫が着ても大丈夫だろうか、と一抹の不安を胸に彼女は事務所を後にする。別室にあった仮の着替えは幸いにも埃などは被っておらず、ほっと胸を撫で下ろして彼女はずぶ濡れ道夫の元へと戻る。
「硲さん、着替え……え…………ぇ」
「うん?」
ひとつ。色素の薄い胸板は水滴でキラキラときらめいていたこと。
ふたつ。バランスよく筋肉のついた上半身はほどよく引き締まっていたこと。
みっつ。濡れてぺたりと張り付いた前髪を、ちょうどかきあげたタイミングで事務所に戻ってしまったこと。
他にも細々とした(例えば鎖骨がだとか、二の腕がだとか、首筋だとか眼鏡をかけていなかっただとか)理由はあったが、主にその三つの理由は、彼女の口からぽろりと本音を漏らさせるには十分だったのだ。
「はざまさんえっちだ……」
言ってしまってから彼女は、おっと今自分は何を口走ったんだ?うん?落ち着こうか?と思ったのだが、一度飛び出してしまった言葉は彼女だけのものではなくなってしまっていて、つまり道夫は一瞬の間を置いてから、破顔して爆笑するしかなかった。
「ッフ、ふふふふ、っはははははは!」
「あ、いや、あの、違っ、いやえっちだけど、そういうあれの、そうそれの、それじゃなく!」
そうかえっちか、と漸く鎮火した笑いのキャンプファイヤーが苦笑の種火程度になった頃合で、道夫は肩にタオルをかけて彼女に近付く。
「君にはどうやら、私は随分とえっちに見えるようだ」
お望みならばえっちに着替えてみせようか、とからかう道夫に背を向けて、忘れてくださいと叫ぶ彼女を後ろから抱きしめて、まだ種火の燻る濡れた道夫は、耳を食べてしまいそうなほどに唇を近付け囁く。
「君ほどではないが、私も程々にえっちだ」
最早叫び声にすらならないような悲鳴じみた音を漏らした彼女をひとしきりからかって、道夫はややぴったり気味の着替えに袖を通した。
道夫がえっちに着替えたかどうかは彼女は確認することはできなかったが、アクシデントが生んだアクシデントは午後の事務所の気温を、体感五度ほど上げていたように彼女には感じられていた。