@acbh_dmc4
薄く開いたカーテンの隙間から、一筋の清廉な朝の陽ざしが差し込み、微睡みの中ボンヤリと覚醒する。
光を避けるように寝返りをうち、心地よい弾力のある枕に頬を擦り付けて、深い眠りへと旅立つためシーツを抱き締めた。
しかし一度緩くとも目覚めてしまうと中々意識は落ちないもので、徐々に本格的な目覚めへと傾いていった。
寝るのを諦めてうっすらと瞼を開く。昔使っていた自室の上等なベッドの天外が目に入り、夢の続きでも見ているような錯覚に陥った。
もう一度寝返りをうって部屋へと視線を移すと、フィレンツェにあった嘗ての生家と全く同じ風景が目の前に広がる。
瞬いた視界の端に、無造作に脱ぎ捨てられた純白のローブを見て、ようやとこの部屋は男がわざわざ俺のために整えたものだった事を思い出した。
アサシンの隠れ家であったテベル塔は、造りはそのままであるが、フィレンツェのアウディトーレ邸やモンテリジョーニのヴィラのような内装に仕立てられていた。
この方が落ち着くだろうとの男の談であったが、その当の男の部屋はこことは全く意匠が異なる。
異国を思わせるカラフルで緻密な模様の絨毯が敷き詰められ、同じような柄の丸くてふわふわしたクッションが積まれた区画があったり、王室にありそうな重厚な執務机やベッドが置かれて些か落ち着けなそうな部屋だ。
そう断じれば男は薄く微笑み、飽きればまた変えるのだと言っていた。
ゴロリとまた寝返りを打つ。
こうしてベッドの上でだらしなくしていても、誰も文句を言う者はいない。
あの男に魔法のような創造の力の使い方を教わり、また空を飛ぶ術も学んでからは特にやる事がなくなってしまった。
時折男より空の散歩を誘われれば付き合う程度で、後はひたすらダラダラする。
以前は盛んだった女性との交流も、俺とあの男しか魂の存在しないこの世界で、虚しい事に思えて敬遠している。
強いて最近熱心なことと言えば、つい先日男が談話室に拵えた娯楽スペースにあるテレビを見る事か。
男はゲームとやらを俺とやりたがったが、どちらかと言えば俺は観劇に嵌まっている。
ふかふかのソファに腰掛けクッションを抱えて、甘くてシュワシュワした飲み物やしょっぱい軽い触感の菓子を食しながら映画というものを見るのは中々楽しい。
バラエティやらドラマやらもそれなりに興味深くはあるが、猥雑な情報が多すぎるため、短くしっかり纏められた物語の方が好みなのだ。
そして男に勧められるまま、ファンタジー物を見ているが、こちらの方がなんとなく時代的に馴染み深い気がして好んで見るようになった。
今日もお気に入りの指輪物語をもう一度観賞しようか。それぞれ前中後編とあるが、美しい風景や楽しげな魔法が詰まっている前編がとても好きだ。
ふわりと階下からパンの焼ける香ばしい香りが漂ってきて、急に空腹を自覚した。
この退屈な日常の中で、あの男だけは生き生きとここでの生活を謳歌しており、今もきっと階下に設えた「現代的な」キッチンで王宮の料理人の如く慣れた手つきで朝食を作っているのだろう。
のっそりと身を起こし、寝乱れた髪を整え楽な衣服を身に着けてから階下へと降りる。
その気配を敏感に察知した男が俺に向かって皿を運ぶ手伝いを申し付けた。
相変わらず見慣れない、そして魔法のように火を操る男の姿をまじまじと見ながら、出来た端から食堂へと運ぶ。
ナイフとフォークにスプーンを2人分そろえて置き、デキャンタに水ではなくフレッシュジュースを満たしてテーブルの中央に置いた。
男が最後の一品を作り終え、二人分の皿をそれぞれの座席の前に置くと席についた。
些か朝にしては豪勢な食事を前に二人向き合って朝食を食べる。
男は俺が朝食を食べるのを嬉しそうに眺めつつ、自身も優雅にフォークを口元に運んでいた。
毎日鼻唄混じりに進んで料理をする男は、心底楽しんで腕を振るっているように見える。
今の俺は男よりも十数年程若いエツィオの記憶しか持っていないが、もっと年月を生きていれば料理好きになったのだろうか。
「今日のも随分凝った料理だな。これはあんたが考えたのか?」
「ああそうだ。こうして盛り付けを考えるのも楽しい。ほら、この皿なんて芸術だろう?」
フフンと得意げに皿を指し示すのを見て、確かにピンク色の魚の身を使って作られた薔薇も、その茎や葉を模した緑色のソースの模様も美しく皿を飾り立てていた。
味をとってもどれも今まで食べた事のない美味なる味だ。
「俺にこのような才能があったとは驚きだ」
「…いや、そこは私の発想というよりもシステムの力というか、データの力というか…」
むにゃむにゃと小声で訂正する男にからかうように笑ってやる。
憎まれ口で「優秀な使用人っぷりで結構なことだ」と言ってやるが、男は仰々しく胸に手を当て一礼して見せた。
「今日は日頃の学習の成果を試してみないか?」
「何をする気だ?」
軽く洗った食器を食洗器に押し込んでボタンを押し、男が嬉しそうに振り返った。
この刺激のない世界では、男の齎す突拍子もない提案が最大の娯楽になる。
顔には出さないが、次はどんな提案をされるのかと期待を持って男を見やる。
「実は前々から町外れに新たな娯楽施設を建てていてな。その名も『ローマの地下迷宮』と言うんだ。ロムルス教壇の旗が掲げてある建物がそれに当たる」
「ロムルス?本気で言っているのか?彼奴らが現実世界でどんな悪さをしていたのか知っているだろう?」
「だが教壇のマークを掲げるわけにもいかないし、丁度良いだろう?奴等の地下施設を再利用したのだ」
そもそもあそこはカタコンベであって、ロムルス教壇の持ち物というわけでもなかろうに……この男の悪趣味は今に始まったことではないからまぁ置いておこう。
それよりも地下迷宮と銘打つとは、宝探しでもさせようというのだろうか。
男のことだからそこそこ凶悪な仕掛けなどもされていそうだ。まさか一般人には公開しはしないだろうが…少々嫌な予感がする。
「この世界で収入を気にする必要はないのだが、入場料を取るから収入源にもなる」
「何?!人を入れるつもりか?!本気で言っているのか?」
「娯楽施設だからな。別に皆が入れる部分に関しては大した変更は加えていないぞ」
「そんなものを開放するな!」
ヘラヘラと笑って、腕に覚えのある者しか入れないと宣う男の頭を思わずひっぱたく。
別にこの世界の者達が本物の命を持っているわけではないとしても、死傷者が出れば寝覚めが悪い。
折角平和な世界にわざわざ禍を呼ぶこともなかろうに。
「まぁまぁ、とにかく行ってみようじゃないか。中々面白い仕掛けを作ったんだ。お前もきっと気に入る」
背中を押されて屋上へ続く階段へと促される。
外出する為の身仕度もまだだというのにと文句を言おうとしたところで、いつの間にか衣服がアサシンローブへと着替えさせられていた。
男もキッチンに居たときに身に付けていた簡素な白いシャツからいつもの灰色のローブに身を包んでいる。
どうやらテベル塔から空を駆けて目的地へと行くようで、屋上に出て早々に背に翼を生やしていた。
「目的地はトラヤヌス大浴場だ。コロッセオのものと繋がっているから中々規模が大きい」
「待て待て!!こんなところから飛び立てば俺たちのことが噂になるだろう!せめて人目につかない場所までは馬で移動すべきだ」
「姿を見られないようステルスモードに切り替えてやるから安心して飛べ。さあ、行くぞ」
人の話を全く聞かない男は、フッとその姿を掻き消した。
羽ばたく羽音と、体に当たる煽られたような強い風が男が飛び立ったことを知らせる。
自身の体を見下ろすと男と同じように姿が消えており、自分の足元には俺の影だけを残した石床しか見えない。
仕方なく背に翼を構築して飛び立ち、鷹の目を発動させれば至極近くに男の姿を見つけた。
男自身も鷹の目で俺の姿を確認しているようで、俺が飛び立ったのを確認すると先導するように前を駆けた。
トラヤヌス大浴場の近くに降り立つと、翼を消して男が姿を現した。
俺も翼を消してステルスモードをオフにすると、男に続いてトラヤヌス大浴場のロムルス教団の隠れ家の扉へと向かっていった。
隠し扉の前と思しき場所にはロムルス教団の旗が立ち、ロムルスの使徒が2人見張りのように立っている。
また周囲に置かれた机にはそこそこ人が集まり食事が並び、どこの酒場が出店しているのか飲食を提供し忙しく働く者達で大層賑わっていた。
呆気にとられて眺めていれば、男が気安い調子でロムルス教徒に話しかける。
話しかけられた二人のロムルス教徒は朗らかな笑顔を男に向けて、この場所が如何に人気で羽振りが良いかを報告していた。
どうも男が提供した料理のレシピが人気を呼んだようで、連日の賑わいと、口コミによる集客で食堂の規模を増やしたいというようなことを男に提案していた。
勿論出資していたのは男で、人員の確保含めてロムルス教徒達に今後の運営拡大を約束していた。
受付と思わしきロムルス教徒との話を終えると、男が俺を手招いた。
「ダンジョン自体はあまり人気がないようだ…攻略報酬は結構おいしいのだが…これは宣伝方法を考えねばいかんな。
一先ず、入ってみよう」
男に呼ばれ、狭い入口を滑り落ちる。
まずもって入ってすぐ急な勾配になっており、初っ端から一般市民には難易度が高い。
案の定入り口近くで軽傷を負った一般市民が蹲っていたり、これからどうしたらいいのか途方に暮れる若者達が固まっていた。
そんな中軽快に降り立った俺たちに迷える若者達がどうしたらいいかと尋ねてくる。
それに対して男が合図を送り、この通路に待機していたらしいロムルス教徒を呼び寄せると、市民の案内をさせた。
「インストラクター付きにして、地下施設の見学などに変更した方が良いかもな。色々とアスレチックも改良して難易度を下げなければ…」
「大体カタコンベなんぞを見学したい物好きなんているのか…これは企画倒れだな」
「現段階ではもっと再考が必要だが、ここの目玉は地上にある大浴場も一押しなんだ。大規模な改修をしたからな。この地下迷宮で運動して、地上の大浴場で体を癒し、汗を流す。そして美味い飯に美味い酒とくれば人気が出ること間違いなしだろう!」
男の展望と施設案内を聞きながら、一度攻略した地下施設を先に進む。
メモリの中で何度も繰り返し攻略した施設の為、特に目新しい処はない。
そんな中、いつもはスルーする入ることのできない鉄柵の前まで進み出た。
男がいつの間にか手にしていた鍵の束から一つを鉄柵の鍵穴へとねじ込み解錠する。
「この先に私達しか入れないポータルを作ってある。私達にとってはここからが本番だ」
鉄柵の内側へと入ると、他の者達がここに入り込まぬように鍵をかけ、関係者以外立ち入り禁止の札を架けた。
奥の扉へと進むと、得意げに男が俺を見やってその扉を仰々しく開け放った。
暗いカタコンベに開かれた扉から眩い光が差し込み、その明暗に思わず腕を翳した。
眩い光に目が慣れると、目の前にはいつぞや見た真っ白く無機質な支柱の連なる空間が現れた。
嘗ての悪夢のような記憶が蘇る。
前にその部屋で繰り広げた冒険劇は、俺にとって男に対する不信感を煽られた体験以外の何物でもなく、今でさえ多少反感を持つに至った場所でもあるのによくもまぁ嬉々として案内できたものだ。
呆れて男を半目で見やると、男は心外だと言わんばかりに肩を竦めた。
この空間はVRルームと言い、アニムスに掛かる外の人間たちがバーチャル世界に慣れるために練習用に作られた空間だという。
「この空間で暫く技の練習をしようと思ってな。それ専用の空間だからちょうどいいと思ったのだ」
「技の練習ね…」
「VRルームはそれぞれのダンジョンに必ず1つ用意してある。現在解放してあるダンジョンはここのみだが、今後増やす予定だ。
この鍵を使ってそれぞれポータルに移動が出来る」
ジャラリと音を立てて10はあるだろう、鍵の束を振って男が説明をする。
というか、それだけの数の訳の分からない場所が出てくるのか…
男が部屋に入るのに続いて扉を潜ると、周囲の支柱郡が音もなく地に沈み、辺りはだだっ広い白の空間となった。
部屋の全体像を見渡せば、最初に入ったVRルームよりは狭いようだ。男に続いて部屋の中央付近へ進んだ。
「これまで勧めて来た映画の魔法は覚えているな?私が作ったポータルの先にはオークやゴブリン、トロール等と言ったクリーチャーが出てくる。
それを狩るのがこのダンジョンの本当の目的だ」
「狩ってどうするんだ?何か意味があるのか?」
「貴族の鷹狩りと一緒だ。ただの娯楽だよ」
俺は戦闘狂という訳ではない筈だが、随分と好戦的な娯楽を作ったものだ。
男は掌を胸の前で軽く掲げ、それぞれ火・水・雷の玉のようなものを出現させた。
「それなりに攻撃に使えそうなものはやはり火と雷かな」
男が片手をあげると、前方に細目の支柱が生えた。
「まず火は火力を上げる。中心の温度を如何に高温にするかが肝だろうな」
確認するようにそう言って、火の玉を支柱に投げると火の玉がぶち当たった場所が丸く穴が開き、支柱を勢いよく燃え上がらせた。
支柱は何の素材で出来ているのか知らないが、焼け落ちた支柱が真っ赤な熔岩のようになって熔け落ちるのを見て、その随分な威力に思わず喉が鳴った。
「雷は電圧で衝撃を与えるのが良いか…水も風も原理としては圧力をかければ攻撃になりそうだ」
掌から蒼白い球体が放たれて支柱にあたると、当たった先から支柱が砕け散る。
水や風も圧力で切りつけるようにすればすっぱりと綺麗に支柱を真ん中から切り離して見せた。
どれも映画で見たものとは違い、派手さはないが威力は十分実用に値する。
俺は注意深く男の放つそれらの解析をして、真剣にやり方を覚えた。
「しかしこれでは面白くない。もっとこう、雷を使うなら派手なエフェクトをつけて格好いい技と呼べるものにしたいな。
必要はないが、火の玉の周りを飾り火を走らすとか、弓や鳥の形を象るなど見映えがするかもしれない。どうだろうか?
お前もなにか考えてくれ!的は好きなだけ作れるから色々試そう」
男は俺にも意見を出して欲しそうにキラキラした目を寄越してきたが、おかげで男の話を真剣に聞く気がなくなった。
そして、俺との温度差など気にも留めない男は一人で技のデザインやネーミングにああでもないこうでもないと研究を続けるのだった。