@875108Express_
「あれが紺碧の三日月で、あれがこの世で一番綺麗な六等星」
黒い太陽は、一つずつ指をさして少年に教えた。
「あれが君の故郷でもある地球。この世界では、星が降ることで生命が誕生するんだ」
黒い太陽は、電波塔に登って旗をふる。
「このステーションで救難信号を送ると、地球の人に『流れ星』として届くらしい」
黒い太陽が旗をふるたびに、ヒュウゥ…と白い放物線が描かれる。放物線はやがて雨となり、少年をすりぬけて地球へと降り注ぐ。
「どうして僕は、ここにいるの?」
少年は、銀河を揺蕩いながら黒い太陽にたずねた。すると黒い太陽は、可愛らしく首をかしげた。
「どうして?どうしてだろう。君がここで必要とされたからじゃないかな?」
黒い太陽は電波塔から飛び降りると、少年がいる銀河へと飛び込んだ。少年の手を掴んで、黒い太陽が笑う。
「君は、歌うのは好き?」
「うん。好きだよ」
「私も好き。ねぇ、一緒に歌おう?オーケストラを呼んで、楽しいパーティーをしよう?」
黒い太陽が手をひいて、少年を銀河から引きずりだした。
その時少年は、無数の星を身にまとっていた。
鼻歌を歌いながら、黒い太陽は少年の手をひいて歩いた。
「楽しそうだね」
「楽しそうじゃなくて、楽しいの」
スキップをするように歩く黒い太陽に、少年もつられて小躍りしそうなほどの喜色を表す。
「君も楽しいの?」
「うん。何だかわからないけど、なんだか楽しい」
歩くたびに、少年の体からきらきらと光る星の数々。その中に、一際輝く星が一つあった。黒い太陽はそれに気づくと、歩みをとめた。
「ねぇ、なんだかとても楽しいことが好きな子がいるよ」
「ほんと?どこだろう?」
少年がぐるりと辺りを見渡していると、少年の体から一つの星が弾けとんだ。弾けとんだ星はやがて紺色に輝き、一人の少女へと変化した。少女は、ローブのようなものを身にまとっていた。
「こんにちは!君はどこからきたの?」
黒い太陽が挨拶すると、少女はぼんやりと銀河を指差した。
「あたしはみなしごの女。お腹をすかせた上に、歩き方を知らないことを人々に馬鹿にされたから、家出しにきたの」
少女はお腹をさすった。それをみかねた黒い太陽は、ポケットからチョコクッキーを差し出した。少女はそれを受け取って静かに食べた。
クッキーを食べ終えた少女は、深々と頭を下げた。
「あたしはスピカ。あんたたちは?」
「僕はサファイア。こっちは…」
「私は黒い太陽。魔法使いなの」
サファイアと黒い太陽も、スピカにお辞儀した。
「あんたたちは、これから何かするの?」
「歌を歌って、オーケストラを呼んで、楽しいパーティーをしにいくの!」
黒い太陽が元気よく答えた。
「あたしも、そこについていっても構わないかしら?」
申し訳なさそうに、スピカがたずねた。
「僕は構わないよ。あなたはどうする?」
「私も構わないよ。スピカさんも、歌うのはすき?」
黒い太陽の問いに、スピカは少しだけ考え込んだ。そして。
「…うん、とても好きよ。あたしもパーティーに参加したい」
「なら決まりだね」
黒い太陽は、サファイアとスピカの手を取って、ぐるぐると回り始めた。二人もそれにつられて、ぐるぐるとまわった。
「一人では出来ないパーティーも」
「二人なら出来ちゃう」
「三人いれば、もっと楽しい!」
それぞれがそう言い合うと、三人は手を繋いでまた歩き出した。
星と星をたどって歩いていると、白い薔薇を身に纏う人形が倒れていた。人形は煤だらけで、身にまとっていた薔薇がどんどん痛んでいく。
スピカがそれにかけより、抱き起こそうとする。
「この子は…人形?」
スピカは人形の顔を覗き込む。その様子をみた黒い太陽は、彼女の隣でしゃがみこむ。
「あら?ただの人形ではないみたいだよ」
黒い太陽が、人形の輪郭をなぞった。すると、人形がゆっくりとまばたきをした。それにともない、痛んでいた薔薇が深紅に染まっていく。
「この子は?」
サファイアが人形の手を握ろうとすると、ぶわっと薔薇の花びらが舞った。人形の体にあった煤は消え、纏っていた薔薇がみるみるうちに美しい赤薔薇へと変わった。
人形は三人の顔をじっくりと観察する。
「…お前たちは?」
人形に問われ、三人は自己紹介をした。
「僕はサファイア」
「私は黒い太陽。魔法使いなの」
「あたしはみなしごのスピカ」
人形は袖で顔を隠して告げた。
「わたくしは…リサ。この世で一番、薔薇が似合わない人形」
リサは三人から距離をとろうとした。
「あなたの薔薇、とても綺麗だと思うけど」
サファイアがそういうと、他の二人もうんうんと頷いた。しかしリサは、怯えたような表情をした。
「……嘘だ。同情なんていらない。わたくしはいつか、人々の根拠のない占いのために、身をちぎられるさだめ。それか、痛んで枯れるまで、作り物の花瓶から出られないままだ…」
リサの一言に、黒い太陽が首をかしげた。
「あなたは花なの?人形なの?どっち?」
黒い太陽の質問に、リサは黙りこんだ。スピカとサファイアは、それぞれリサの手を握った。
「リサって、素敵な子ね。あたし、リサと友達になりたい」
スピカの言葉に、リサが耳を疑った。
「とも…だち……?」
「えぇ。あたしはみなしごだから、もしかするとリサと似ているところがあるかもしれないわ。でも、まだリサとは会ったばかり。よかったら、あんたの話を聞かせて頂戴」
スピカがいうと、今度はサファイアが告げた。
「リサさん、僕らとパーティーをしよう。歌を歌って、オーケストラを呼ぶんだ」
「パーティー…?」
パーティーというワードに、リサの表情が少しだけ明るくなった。
「そうだよ。リサ、君は歌を歌うのはすき?」
黒い太陽が問うと、リサは恥ずかしそうに顔をそらした。
「上手じゃないけど…嫌いじゃない」
「なら、一緒にパーティーをしようよ」
サファイアとスピカに手をひかれて、リサが立ち上がる。黒い太陽がそっとリサの頭を撫でた。
「リサがいれば、パーティーはもっと楽しくなるよ」
ポンッと黒い太陽が手を叩くと、どこからともなく青い薔薇がリサの胸元に咲いた。
「とても似合ってるよ」
サファイアが褒めると、リサはうつむいて「ありがとう」と呟いた。
四人で手を繋いで、歌いながらどんどんと先へと進んだ。
「きーらーきーらーひーーーかーーるーーー♪」
黒い太陽が、隣にいるサファイアの手をブンブンと振る。サファイアもそれにあわせて、隣にいるスピカの手をふりながら続いた。
「おーーそーーらーーのーーほーーしーーよーー♪」
スピカもブンブンと手を振ったが、この先の歌詞がわからなかったので、鼻歌で続けた。リサも戸惑いながら手を振られ、鼻歌に続く。
手を振られながら、リサは隣にいるスピカに訊ねた。
「…ねぇ、スピカはなんで家出したの?」
リサに問われ、スピカは目を丸くした。
「あたし?歩き方を知らないからだよ」
「歩き方?」
「そう。世渡りの仕方でもあり、人との繋がりの持ち方でもある。あたしはみなしごだから、そういうのを知らないと上手く生きていけないの」
スピカの答えに、リサがぼんやりと「そうなんだ」と呟いた。
「そういえば、リサさんとスピカさんはどこからきたの?」
ふと、サファイアがそんなことを訊ねた。
「あたしはカルカタッタってとこ。リサは?」
「わたくしは…箱庭から…」
「どっちも知らないなぁ」
サファイアが歩きながら呟くと、黒い太陽が爛々と目を輝かせた。
「カルカタッタ!箱庭!私の知らないところだ!どんなところ何だろう?」
黒い太陽があまりにも興味津々といった感じだったので、スピカが少しだけ笑った。
「カルカタッタは、死者が住まう言われる幻の街であり、幸せの街とも呼ばれてる所だ。一見スラム街のように寂れた雰囲気の街だけど、至るところに色とりどりの花と街灯があるんだ」
「とても素敵だね」
「あぁ。僕もそう思う」
「だろ?自慢の故郷だ」
スピカが少しだけ胸をはった。
「歩き方をマスターしたら、是非ともカルカタッタに皆を招待したいよ」
「まぁ!じゃあ、その時はカルカタッタでもパーティーをしよう」
「おっ、そいつはいいな」
黒い太陽は、まだ見ぬカルカタッタに思いをはせた。
「で、リサの故郷はどんなとこなの?」
スピカに問われると、リサはまた暗い顔をした。
「…白くて、なにもないところ。色彩も窓も扉もなくて、壁と天井だけがある」
「何だかブラックボックスみたいだね。色は白だけど」
サファイアがいうと、リサは静かに頷いた。
「わたくしは、そこでずっと閉じ籠ってたの。でもあるとき、壁が壊れたから、そこから出ていかないといけなくなった」
「どうして壁が壊れたの?」
「……わたくしが人の心を持ってしまったから」
リサが歩みをとめて、地面をながめた。きらきらと輝く星が、リサの暗い表情を照らす。
「もしかして、その壁を壊したのはリサなんじゃないの?」
黒い太陽が告げると、サファイアとスピカは少し納得した。
「どういうこと?」
リサが首をかしげる。
「だって、リサは人形だったでしょ?人としての心を持ったのなら、それを解放したいとは思わない?」
「…?」
いまいちリサはわかっていないようだった。
「つまり、リサさんが自分意思で自分を解放した。箱庭そのものが今までのリサさんで、壁が壊れたことによって、自分の心を解放しようとした。みたいな?」
サファイアの考察に、黒い太陽は「その通り」といわんばかりに頷いた。
「あんたが煤だらけで、薔薇が痛みかけていたのは、多分まだ箱庭の外で生きていく術を知らなかっただけだと思うよ?」
「そうなんだ…」
「だからリサ、私達とパーティーをして、いろんなことを知ろう?そうすれば、君はこの世で一番薔薇が似合う子になるさ」
スピカと黒い太陽に励まされ、リサは深呼吸をした。
「わたくし、がんばる」
「うんうん。リサなら大丈夫」
「リサさんなら出来る」
「あたしもがんばるから、リサもがんばろうね」
四人は励まし合って、また歩き出した。
四人がたどり着いたのは、大きな教会だった。
「ここでパーティーをしよう」
黒い太陽がそういって、祈りをささげた。残りの三人も、黒い太陽にならって祈りをささげた。
「オーケストラはどこで探すの?」
スピカが問うと、黒い太陽が得意げに笑った。
「それはね~、この場所そのものがオーケストラだよ!」
黒い太陽が両手を広げた。すると辺りに人が集まり、拍手の大合唱が聞こえた。
「なるほど、そういうことなんだね」
サファイアが笑うと、黒い太陽がサファイアの手をまた繋いだ。サファイアもスピカの手を繋ぎ、スピカもまたリサの手を繋いだ。
息を吸って、四人は高らかに宣言した。
「はじめまして!ようこそ、星渡りオーケストラへ!」
四人は手を繋いだまま歌い、ダンスを踊る。周りの人も輪になって躍り、歌う。
歌って踊って、ステップの踏みかたは完璧になっていた。
「サファイア!スピカ!リサ!空をみて!」
黒い太陽にそういわれ、三人が空を見上げた。
するとそこには、紺碧の三日月と流星群が。
「わぁ…!綺麗だ!」
「あたしの故郷では見れなかったものね」
「箱庭の外には、こんなに綺麗なものがあったんだ…!」
三人が空に見とれているのをみて、黒い太陽は幸せそうに笑った。
気がつくと、サファイアは見知らぬ場所で寝かされていた。
周りには黒い太陽やスピカ、リサはいなかった。あんなに綺麗だった三日月と流星群もなく、代わりに蛍光灯が取り付けられた天井があった。
「…夢だったのか」
そっと体を起こして、窓の外をながめようとした。ふと、窓際に何かがあるのが見えた。
そこには、黒い太陽が描かれた紺色の花瓶に、赤と青の薔薇が活けられたものがおいてあった。
サファイアはそれをながめて、少し笑った。