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あまやどり(獏海)…単語お題「昼の浴室・キスをする・雨」より

@kaiba_chiri
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2019-07-16 16:23:12

単語お題「昼の浴室・キスをする・雨」より。梅雨が長引きすぎてうんざりしたので雨の話でお茶を濁す。まだ未満でこれからお初な獏海(身も蓋もない)

 ざあざあと響く雨の音を耳障りに思い、閉ざされたままだった不可思議な色をしたカーテンを引き開けると、窓の外は既に暗闇に包まれていた。施錠を外し、確かめる為に窓を少し開けてみると雨の気配はもうすっかり消えている。

 つい一時間前まで滝の様に降り注いでいたあれはなんだったのかと舌打ちして、オレは肩から下ろすタイミングを失っていたバスタオルを畳んでテーブルの上に乗せ上げた。その間も相変わらず水音は聞こえている。一体なんだと思っていると、それは唐突に途切れて今度は別の音が聞こえて来た。

 ああ、そうか。これは奴が浴室で立てている音だ。

 新築ではあったが酷く狭く、如何にも家賃が安そうなこのマンションでは部屋内の音など丸聞こえだろう。独身者向けのワンルームマンションなのだから別に不都合はないだろうが、つい先程その浴室に籠っていた身としては、もし万一相手が同じ様にこの音を聞いていたらと思うといたたまれない。

 意識し過ぎる方がどうかとも思うが、全く気にしない訳にもいかなかった。

『ボクの家、ここからすぐ近くだから、寄って行ってよ。そのままじゃ風邪を引くよ?』

 そう言って殆ど強引に奴に手を引かれてこの部屋までやって来たのは丁度一時間前だった。今日は午後からだったが時間を作って学校へ登校し終業時刻まで在席した後、そのまま街中へと付き合わされた。なんでも新作のフィギュアがどうの、という話だったが、奴の……獏良了の用事など毎回然程変わりがなかったから何でもいいと思って聞き流した。

 ところが、いざ目的の店へと行ってみれば月に一度の定休日で、ならば他を回ろうと外に出た途端、突然の土砂降りに見舞われた。外に出て頭上に屋根のない場所に出てから降られた為、オレ達は一瞬にして濡れ鼠になってしまった。まるで制服のまま水の中にでも入った様な有様で、車を呼ぶ事も戸惑っていると、この土砂降りにも全く動じなかった獏良が、にっこりと笑いながら先程の台詞を口にしたのだ。

 その時点でオレの手首は奴にしっかりと捕えられてしまい、異を唱える間もなく再び雨の中を歩かされた。そして初めて獏良の住居である小奇麗な建物へと連れて来られたのだ。

 中心街の外れ、丁度住宅地との境目にある主に童実野大学の学生が多く住んでいるというそのマンションは、時刻が時刻故か人の気配が殆ど無かった。

『干しておけばすぐ乾くから、海馬くんはシャワーでも浴びて。凄く狭いけど我慢してね』

 部屋に連れて来られてまず最初に命じられたのは浴室に入る事だった。オレは別にいいと固辞したのだが、濡れたままその辺に居られても困ると言いくるめられ、結局言われるがままにシャワーを浴び、着替えを借りてこの場にいる。その着替えも奴の物では大分寸足らずだろうと思っていたが、差し出されたシャツはかなり大きく、このオレが羽織っても袖も裾も十分に長かった。

 聞けば獏良は家ではこれ一枚で過ごしているのだと言う。まるで女の様だな、と嫌みを言うと「そういう事言うと襲っちゃうよ」と真顔で言われた。奴がそれを口にすると洒落にならないので黙りこむと、今度はにこりと笑って頬にキスをしてきた。

 全く、意味が分からない。

「海馬くーん。タオル忘れちゃったー。取ってー」

 ごちゃごちゃとモノが多く、座る場所が限られた部屋の中央で何をするでもなくそんな事を考えていると、不意に今まで盛大な水音を響かせていた浴室から、間延びした声が聞こえて来た。何だとドアの前まで行き、そのタオルは何処にあるんだと聞くと、君が持って行ったじゃない。と返って来る。

「人の使用済タオルを使おうとするな。濡れていて使い物にならんぞ」
「別にいいよ。水気取るだけだし」
「そういう問題じゃないわ。いいから、使えるタオルは何処にあるのだと聞いている」
「洗い物が増えるから君のでいいのに……ベッドの下が引き出しになってるんだ。そこを見てくれる?」
「最初から言え」

 ドアを開けないままそんな会話を交わし、指示された場所へタオルを取りに行く。全く、洗濯物が増えるのが嫌ならばオレをここまで連れて来なければいいのだ。貴様の気紛れで殆ど拉致の様にこの場所に引き入れた癖に全く理不尽な。そう思いながら、オレが使用したのとは色違いで同じものを引っ張り出し、やや大きな足音を立てて浴室へと戻る。

 ドン、と大きくドアを叩くと何故か勢い良くそれが引き開けられ、大量の湯気と共に全裸の獏良がオレの方に手を突き出してきた。慌てて持っていたタオルを投げつけて、ドアを閉めようとする。が、存外強い力でそれは開かれたまま押さえ付けられていてビクともしなかった。獏良の髪や身体から落ちる湯が、オレが立つ廊下に落ちて木の床を濡らして行く。

「ありがと」
「貴様何やって……!」
「何って。ボクはいつもお風呂に入った後はここを開けてるんだけど……最近換気が悪くて暑いんだよね」
「は?!部屋が湿っぽくなるだろうが!」
「冬はむしろ乾燥するからいいんだよ。って、別にいいでしょ、ボクの家でボクがどうしててもさ」

 いや、確かにそれはそうなのだが。そういう習慣は一人の時だけにしろ!来客がいる時に同じ様に振舞うな。裸を見せるな!

 咄嗟にそう怒鳴りつけようとしたが余りにも獏良が平然としている為、過剰反応する自分の方が常識知らずに見えて声が出てこない。そんなオレの事を知ってか知らずか、奴はいつもののんびりとした調子で体中の水分を拭い、部屋着としているオレが着ているものとと同様の大きめなシャツを羽織って漸く廊下へと降りて来た。そして、何故かそこから立ち去る事が出来ずにずっとその様を眺める事となってしまったオレを見て、可笑しそうに肩を震わせる。

「そんなに吃驚する事ないのに。普通でしょ?」
「普通な訳ないだろう!オレは今まで他人の前でこんな振舞いをする人間など見た事がない……!」
「他人?君もボクにとっては他人だと思ってるの?」
「……他人だろう?当たり前だ」
「告白して、君はそれを受け入れて、キスまでしたのに?」

 湿り気を帯びた獏良の身体がほんの僅かにオレに近付く。思わず一歩後ずさると、狭すぎる廊下では直ぐに背が壁に触れてしまった。それをいい事に暖かな手が身体に触れる。

 僅かに開いたオレの足の間に奴の白い足が入り込む。

『君の事が好きだよ』

 確かにさほど遠くない過去にオレはこの男から告白を受けて、付き合う事を了承した。性格は驚くほど違っていたが、共通する話題が多く退屈する事もなかったのでそれなりに楽しく過ごしていると思う。それが世間一般で言う友達付き合いという奴なのか、恋愛関係であるのかは曖昧だったが(どちらも等しく経験がないので分かる訳も無い)、ある日獏良から「ボクは恋人だと思ってるけど」と言われ、唇にキスをされて以来、その様な認識になった。ただそれだけだ。

 それ以上の事は何もしていない。だから関係的にはやはり曖昧なままだ。けれどその日以来意識をする様にはなった。男同士で馬鹿馬鹿しい。そうは思うが、獏良は時たま酷く真面目な顔でオレを見る。その顔を見る度に、オレは無意識に緊張し、どうしたらいいか分からなくなる。

 今のこの瞬間も全身の筋肉が硬直し、ただ眼下の顔を見つめる事しか出来ない。そんなオレの事をどう思っているのか、獏良はこちらを見上げる視線を僅かに緩め、殆どしがみ付く様に身を寄せて来た。

「そんなに緊張しないでよー。とって食べたりはしないからさ」
「………………」
「海馬くんって凄く可愛いよね。ボクがちょっと強引に手を引くだけでここまで付いて来てくれたり、言う事聞いてちゃんとシャワー浴びたりしてくれて。可愛いけど、ちょっと危機感がなさすぎるなぁ」
「……どういう意味だ」
「ボクが悪い奴だったらどうするの?部屋に閉じ込められて何されるか分からないんだよ?」

 くすくすと笑いながらそんな事を言う少女めいたその顔に、オレは呆れるやらこんな奴に緊張している自分が馬鹿みたいだと腹が立つやらで、何故か脱力してしまう。まあ、何があっても仕方がない。それを承知の上で付き合っているのだから。そう投げやりに思いながら無遠慮に身体にしがみ付いて来る奴の手を押しのける。

「ふん、貴様ごときにどうこうされるオレではないわ」
「そーだよねー」
「それにオレは気に食わん奴と付き合うほどお人よしでもない」
「わ、それ愛の告白?このシチュエーションでそれは危ないよ~」
「阿呆か」
「ほんとだよ。実は今もドキドキしてる。ボクも男だからね」
「……オレも男だが」
「うーん、でも。海馬くんはする方よりもされる方が好きでしょ?」
「勝手に決めるな」
「でも、君から何かして貰った事って全然ないじゃん。だからそーゆー事もボクがした方が自然かなぁって思うんだ」

 そう言う事ってどういう事だ。とオレが反射的に尋ねる前に襟元を掴まれて身体ごと下に引かれ、唇を塞がれた。暖かな奴の唇の感触が気持ちよくて背筋が震えた。驚いて引き剥がそうとしても上手くいかず、頭ごと抱き締められる。舐めまわされる口内が唾液で滑り、上手く息が吸えなくて苦しくなった。こんな事は初めてだった。

 苦しさを奴の身体を掴んだ指先で訴えると、漸く少し距離が空く。自然と見つめてしまった奴の瞳にはいつもの穏やかさは消えていた。触れている場所がじわりと熱くなる。

 腕を引かれ、その場から連れ出される。行き先は先程一人で座っていた場所ではなく、少し奥まったベッドの上だ。再び雨音が聞こえてくる。

「これだけ外が煩いと、中の音は聞こえないね」

 そう言って笑う獏良の顔は今は確かに男の顔だった。

 少女めいた、とはもう言えない。


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