@corona_moca1111
先輩が風邪をひいていた。
心配しても全然休もうとしなかった。
カサンドラせんぱいが言うに常習犯で、かつ、ドクターストップがかかってるのに、あれらしい。
みんな困った顔をしてやれやれ、って言ってた。
僕は、なんとなく、みんなみたいに、置いておけなくて、考えた。
どうして先輩は休もうとしないんだろう?
久しぶりに来たレンタルビデオ屋さん。なんだか知らない作品ばっかだった。適当に歩いて、歩いて、ようやく見つけたのが、マトリックス。ちょっと聞いたことある、面白いやつらしい。
どうかなぁ、先輩。映画見るかなぁ。というかこういうの好きかなぁ。わっかんないや。
ピッ、というレジの音。店員さんが3日以内に返さないといけないけどって言ったのをメモする。リマインダーに送信。
ありがとう、って言ったら、ニコってしてくれた。
僕なりの結論は、多分、色々考えちゃうから動いてたほうがいい、ってものだった。(かなり僕基準だけど。)だったら、考える必要がないことをすれば、先輩でも休めるんじゃないかなぁ、と。
映画はお話だから楽しい。僕はお話、好き。
ポップコーンを作るやつを持っていくか、作ってあるやつを持っていくかなやんで、先輩が喉を痛めていたことを思い出す。とりあえずしょうがレモンのやつの液体を買って、お湯を沸かして一緒に飲もうと思った。あれは、なんとなくほっこりする。えへへ。
喜んでくれるといいなぁ。
スーパーのおばさんは顔見知りだから、僕に気がつくとお話ししてくれる。明日はお肉が安いんだって。美味しいんだろうなぁ。
先輩は職場でもなんとなくシャキシャキしてて、そんでもってキツめの言い方をするから、本当はあんまり得意じゃない。でも、お姉ちゃんになんとなくにてるから、大丈夫。
これは、何回も繰り返したフレーズだ。
なんだか、先輩は謝ると悲しそうな顔をして、しかもいいところを付け足そうとしてて、そこもなんだかお姉ちゃんみたいだと思う。きっと、口から出ちゃうんだろうなぁ。
そんなことを思ってたらすぐに先輩の住んでるところの前まで来ていた。ピンポンすると彼はガラガラの声で出てきた。
「……田町さん。」
「こんにちはー」
「分かんないところがあるなら…」
まだそんなこと言ってる。
「違いますよ。お見舞いです。上がっても大丈夫ですか?」
鈴城さんはびっくりすると黒目が小さすぎて見えなそうだなぁ。風邪っぴきだからうるうるしてる。全然そんな顔見たことない。
「なんで連絡しなかったんですか。」
「えへへ、断られたら、やだなぁって」
僕は先輩のおでこに手を当てる。あっつい。氷が溶けそう。
「まぁいぃ……」
そこまで言って咳き込み始めたから背中をさする。
「とりあえず座りましょう、ね、先輩。」
ふらふらしてるし。
中に入って、扉を閉めて、鍵をかけた。
先輩ったら、お仕事だけじゃなく、忙しくないとダメみたいだ。
いつまでたっても来ないと思ったら、キッチンで座り込んでたし。
「……何しようと思ったんですか?」
って、聞いたら、もごもごした後に咳き込んじゃったし。
とりあえずお水持ってった。んで、ゆっくりソファーベットみたいなところに移動して、毛布があったから鈴城さんにかけて。そしたら、納得できなそうな顔してて。
「先輩、風邪は休まないと治りませんよ」
僕がそう言ったら、
「風邪薬は飲んだし大丈夫ですよ」
って、咳き込みながら言ってきた。
「お薬は止めてるだけですよ」
「風邪には特効薬があるわけじゃないですし」
キリがないなぁ、先輩はやっぱり動いていたいんだ。
来ない方がよかったのかなぁ、と思ったけど、これを言うとまるできたくなかったみたいで違う。パパはどうしてたっけなぁ、と、先輩の頭を撫でてみる。髪の毛もちゃんとリンスとかしてるんだろうな、サラサラだ。
先輩ったら、顔からハテナを飛ばしてる。あはは、僕じゃないんだから。
「何ですか突然。」
「んーんと」
「田町?」
思い出した!楽しいことをしよう!
「映画見ませんか、先輩。」
急いで僕のバックを取ろうとしたら少しつまづきかけた。先輩が起き上がろうとした。危ない危ない。
そのままレンタルビデオを取り出してポン、と机の上にのっけた。先輩はそれをとってパッケージを見だした。
「……マトリックス。」
「そです。なんていうか、あの、弾除けするやつです。ひゅーんって。」
「アクションですか。」
「そですそです!見ましょう?ほんとはあの、ポップコーンも買いたかったんですけど、先輩の喉に悪いからやめて、えーと、ホットレモンにしました。DVDテレビで見れますよね?」
「見れたと……思います。」
「やった!えーと……怖いので先輩がそっちの準備してください!」
ホットレモンくらいは多分大丈夫。僕は台所に行って、一息ついて、そこの棚にあったマグカップを適当に2つ取った。あ、湯沸かし器がある!
「湯沸かし器使いますねー!!」
大丈夫、このくらい使ったことある。お水を入れて、蓋して、何にもないか確認して、置くだけ。大丈夫。うん。ちゃんと動いてる。
先輩がこっちに来る気配。
「ん、できましたー?」
僕が聞くと、先輩はほっとしたような顔をしつつ、マグカップを見て
「……それは来客用じゃないです。こっちの、これ、」
ってまたお節介しようとしてる。
「別にいいですよ先輩。十分綺麗じゃないですか。」
「いや……」
先輩の顔が曇った。そっか、やなんだ。
先輩のとってきたやつを受け取ってさっきのを元に戻す。これでいいかな?
途端に僕の中にふわっと香るそれを無視して僕は先輩を元の席に促す、背中を押して、といってもそんなに強くもなく、ソファーまで。
んで、戻る。まだ作らなきゃだし、えっと、その、なんでこんなに悲しいんだ、よくわかんないよ?
コップ2つの中にレモン液を入れてお湯がわけた。わけたお湯を入れてついてきたプラスチックスプーンで混ぜる。混ぜる。混ぜる。
甘くて酸っぱくてあったまって美味しいから大丈夫。きっと喜んでくれるよ、って、お母さんなら言ってくれる。きっと、大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて、
……いい匂いがした。
こぼれ落ちそうになった涙を拭いて、目をつぶって吸い込む。えへへ。いいにおいだ。
きっと大丈夫だ。
ガラスの反射を見て目が腫れてないか確認し、足元を見つつ手元も見つつで、ゆっくり先輩の方に歩きだした。
大丈夫だといいなぁ。