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[神谷P♀]聞き間違いとアイスティー

全体公開 1 2169文字
2019-07-26 12:31:48

「今、なんて」
「アイスティーでしょ?!」

暑くて死んでるPさんにアイスティー作ってあげる神谷さんの聞き間違いのお話です。

Posted by @toasdm

 今年の夏はそこまで暑くない、のニュースを観たのは幻だったのだろうか。十分あっついわよ!と半ばどころか全力でキレて、彼女は事務所で温度と湿度に悪態をつく。暑いの大好き!という人に会った事はなかったが、一周回っても逆立ちしても、彼女は夏の暑さというものを一生好きにはなれないと痛感した。節電と経費削減ですよー、とのんびりした口調で空調の温度を高めに安定させて外回りに出た山村を睨みながら、彼女はデスクで溶けていた。
「暑い……
 掠れた声で唸る彼女の背後、事務所のドアが開いてお疲れ様、と爽やかな声が響いても、彼女は声の主を振り返る気力すらなくお疲れ様ですとだけ答えた。
「おっと。瀕死の重傷だ」
「も~、ダメ、かも~……
 飼い慣らしきれていない温い風を送るだけの空調のリモコンを、一切の躊躇なく神谷は操作して室温設定を下げた。怒られちゃうんですよ、と泣き言を言う彼女に、今は怒る人はいないから、と軽く受け流して、神谷の姿は給湯室へと消えていった。

「プロデューサーさん」
 少し涼しくなった事務所の中で、漸く息を吹き返しかけた彼女の後ろで、神谷はちょいちょいと手招きをしている。んぇ、とまだ重たい頭をなんとかあげて、彼女は振り向いて応接テーブルの上をちらりと見た。
「あいす、てぃ……?!」
 氷で満たされたグラス、ポットから漂う茶葉の香り、瞬時に彼女は理解する。最高においしいアイスティーが飲めるぞ、と色めき立つ。紅茶のことなら任せてよ、と常日頃豪語している神谷のアイスティーは、茹で過ぎたほうれん草のようになった彼女を歯ざわり抜群のおひたし程度に復活させるには十分過ぎた。
「えっ?」
 ただ、ぐったりとしたままアイスティーと呟いた彼女の間延びした言葉が、神谷には別な言葉に聞こえてしまったのが問題だった。
「今、なんて」
「アイスティーでしょ?!」
「あ……ああ、うん、そうそう、アイスティー」
 そういえば、熱中症という言葉をゆっくり言うとキスを強請っているように聞こえる、などという言葉遊びもあったかと、神谷は自分の聞き間違いを瞬時に理解して頬を染めた。そんなわけないよね、と蒸らしたポットを持つ手に意識を集中させて、神谷は近寄ってきた彼女の目の前で、ゆっくりと薫り高い紅茶を氷にあてながら注いだ。
 まさか、プロデューサーさんが、俺に、愛していい?なんて聞くわけが――
「私、好きなんですよ」
「うんっ?!」
「アイスティー」
 口調がしゃきっとしていて助かったよ、と一瞬手元がぶれそうになりながら、聞き間違いの後の追撃に、神谷は彼女をちらりと見る。

 愛していいとか好きだとか、心臓に悪いなぁ。

 神谷の苦笑の理由どころか、苦笑していること自体彼女は気付く由もない。ただただひたすら、目の前で丁寧に仕立てられていくアイスティーに視線が釘付けになっている彼女は、神谷の動揺など知るわけがなかった。
「ん? 神谷さん」
 冷房のおかげか、はたまたアイスティーの魔力なのか、彼女は漸く気が回るようになってきたようだ。なんだい、と聞き返した神谷が紅茶をゆっくり注ぐ氷のグラスの底の方、オレンジ色を指差して彼女は尋ねる。
「これ、オレンジジュースですよね?」
「うん。オレンジアイスティーだからね。ガムシロップを混ぜて比重を変えてあるから、後から紅茶を注いでも、ほら」
 うわぁ、と目を瞠る彼女の目の前に、キラキラと、紅茶の透明感が氷のキラキラを透かして溶かしたような二層に分かれたオレンジアイスティーが出来上がった。
「すっ……すごい……えっ、すごい、お店みたい」
「あはは、一応お店もやってるんだけどね」
 そういえばそうでした、と決まり悪そうに笑う彼女の前にストローを挿したグラスをスッと差し出す所作すら丁寧で完璧で、ほんとにお店みたい、と繰り返す彼女に神谷も、お店だってば、と笑って返す。
「うわぁぁぁぁ、おいしそう、キレイ、映える、写真撮っていいですか?!」
「カメラアプリ起動してから言われると、ダメとは言えないなぁ」
 やった、とキラキラを彼女史上最高「映える」角度で何枚か収めると、彼女はご丁寧に手を合わせていただきます、とグラスを手に取った。
「混ぜるのもったいないなぁ……
「飲むなら混ぜた方がオススメだよ」
「うーーー……
 清水の舞台から飛び降りるような覚悟で、彼女はグラスの中をかき混ぜる。透明と不透明が混ざり合って落ち着いたオレンジセピアになって、もったいないなぁ、とまだ名残惜しそうにしながら彼女は一口吸い上げた。
……あ、おいし」
「よかった」
 ぱっと咲いた彼女の笑顔が、神谷にとってはなによりも嬉しいお礼になった。先ほどの聞き間違いの気恥ずかしさを流し込むように、向かいで同じものを飲む神谷の前の彼女は本当に幸せそうで、復活したなら大成功か、とほっと胸を撫で下ろす。
「はぁー……私、これ好きですよ! 夏も好きになれそうです!」
「そっか。ありがとう」
 二度目の好きは意味を履き違えずに素直に受け取ることができたので、神谷は無事、オレンジアイスティーを吹き出さずに済んだ。
 オレンジジュースと紅茶の苦味は程よく、それぞれ二人を色々な意味でクールダウンしてくれたようだった。


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