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[東雲P♀]幸せそうなお人

全体公開 1812文字
2019-07-31 15:10:20

「ほんま……よう寝てはるわ」

事務所で残業して力尽きて寝るPさんを見つけた東雲さんのお話です。

Posted by @toasdm

「はあ」
 荘一郎のため息はいつものことだったし、彼女がお行儀悪くデスクに突っ伏したまま居眠り残業をするのもいつものことだった。あらかたいつものように仕事がいいところまで片付いたあたりで一気に気が抜けて、そのままバタンキューで朝までコースの予定だったのだろう。腰いわしますよだとか不用心だとか、何度も口を酸っぱくして耳にたこができるまで言って聞かせたのだが、その度に彼女はえへへと笑って反省の色を見せない。
 そもそも、彼女は荘一郎に怒られ慣れていたし、荘一郎は彼女の顔に弱かった。照れたように笑うその表情は幼子のようで、それとは対照的に仕事の時などはこの上なく頼りがいのあるきちんとした人物だった。ため息と共に彼女愛用のブランケットをそっと肩にかけてやってから、荘一郎は事務所の中を見回した。
 節電目的なのだろう、彼女の真上の電灯しかつけられていない薄暗い事務所は、どこかうら寂しい気がした。殺風景ということはなかったものの、シン、と静まり返った空気の中に、彼女の寝息はよく響いた。薄暗い深夜の首筋に、多少男心をくすぐられたがそこはぐっと堪えて、荘一郎は彼女の隣に椅子を寄せて腰掛けた。
「ほんま……よう寝てはるわ」
 うひひぃ、と寝ながら笑って、彼女の意識は夢の中、さぞかし楽しいのだろう。よだれまで垂らしたにやけ顔にそっと手を伸ばし、荘一郎も彼女と同じように、デスクに頬をくっつけて彼女と頭を並べた。
「幸せそうなお人」
 メイクの崩れかけた額、落ちたリップ、まつげばかりはそのままだったが、そういえば彼女は自前だけで盛ったり植えたりしていないのだ、と以前聞いたことがある。抱かれる時にまで化粧をしようとした彼女を「そのままのプロデューサーさんを抱かせてください」と止めたことを思い出して、荘一郎は目を閉じてくすくすと笑った。
「思い出し笑いは助平の証拠、やったろか」
 男なんてみんな助平ですよ、と胸に言い訳を組み立てて、荘一郎は頬にかかる彼女の髪をそっと耳にかけてやった。
「んん~……
 心臓に悪い。リアクションがあるとドキリとする。起こしてしまったかと思ったが、あともう少し休ませたら起こすつもりだったから別にいいか、と荘一郎はそっと声をかける。
「プロデューサーさん」
「んぅ~~~……っふふふ……また、ですかぁ?」
 または貴女です、と荘一郎は苦笑する。こないとこでよお寝はるわ、と頬を軽く叩いてみたが、にやけた頬は柔らかそうにぷるんと揺れるだけだった。
「寝言まで……
 どんな夢を見ているのだろうか、と気になって、荘一郎はじっと彼女の寝言の続きを待った。むにゃむにゃと口を動かして、にへら、と笑ったその顔は、なんとなく見覚えがあるような気がしたが、今一歩、データが足りない。思い出せないまま荘一郎は、ザ・無防備で絶賛爆睡中の彼女を見守った。
「作り、すぎって……
…………?」
 またむにゃむにゃと口元を動かして、にへら、と幸せそうに笑う。聞き覚えのある言葉に胸がまたドクンと高鳴って、知らず荘一郎は呼吸を止めたまま彼女を見つめた。

「ほんとは、わたしのため…………なんでしょ……

 ああ、そうか。この顔は。
 そこまで言われて漸く、荘一郎は思い出した。作りすぎたケーキやカットしたあまりなど、遠慮なく荘一郎のスイーツをむしゃむしゃと頬張る時の幸せそうな顔が、それだった。ということは彼女は、夢の中で荘一郎のケーキでも食べているのだろうか。夢にまでお邪魔してますわ、とこそばゆくなった胸はトクントクンとリズムを刻んで、荘一郎の頬を染めるのに十分な量の血液を全身に送り出す。
「そぉいちろぉ……
「ここにおるわ」
 寝言に返事をするのはよくない、などという迷信もあったが、愛しさに甘く包まれた荘一郎には関係なかった。またむにゃむにゃと夢のケーキを貪って、彼女はくぅくぅと寝息を立て続けた。
「はあ……なんや、こっちまで眠なってきたわ」
 眠気は伝染る、とはよくいったものだと荘一郎はあくびをする。幸せな夢に遊ぶ彼女の手をそっと握って、荘一郎も気がつけば、彼女と一緒に眠りへと落ちていった。

 そんな事情だったものだから、ん、と目を覚ました彼女の目の前には当然、荘一郎の寝顔があるわけで、荘一郎の眠りを破ったのは彼女の「ぎゃあ! 顔がいい!」という品も何もあったものではない絶叫だった。


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