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IF 獅子の騎士時空 勧誘回3

@sin_niya_b
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2019-08-11 14:49:23


 キャンプ地から少し離れ、ひとり火をおこして眺めている男がいる。ヘルムート・チェルハ、壮年の黒騎士だ。眠たげな垂れ目が炎を眺めていて、そうして、振り返りもせずに口を開いた。
「来ると思ったよ」
 さくさくと草を踏んで近付いてくる足音。炎が照らす範囲に足を踏み入れた青年に、ようやくヘルムートは視線を寄越した。
 そこにいたのはウォルター・ブラッドフォード。元聖騎士で、今は……国を乱す大罪人。金色の目が炎を映して燃えるように輝いている。
 無防備に近付いてくる彼を出迎えるべく立ち上がったヘルムートは手に持っていた細い枝をへし折ってから焚き火へと放り込み、一瞬後には相手の目前まで距離を詰めてその体を地面へ突き倒すと馬乗りになりその首をとらえていた。勿論ウォルターも無抵抗だったわけではない。だが、体術においてヘルムートと彼とでは圧倒的な経験の差があった。月でさえその攻防を追えなかった。
 胸の上に乗り上げられ、首を掴まれ、それでもウォルターはヘルムートから目を逸らさない。下手に暴れもしない。ヘルムートが低く囁くように降らせる言葉をただ聞いていた。
「ついに俺にも命令が来たぞウォルター、ウォルター・ブラッドフォード。王国に弓引く愚か者を捕らえよと」
「……そうか」
 ウォルターの喉を掴んでいるヘルムートの手は猛禽の足に似ている。ウォルターが喋る度てのひらに伝わる振動を、その体温を、確かに感じている。
「おれを捕らえるべきだと思ったならそうすればいい。殺して連れて行っても多分問題はない筈だ。あんたはそのどちらだって簡単に出来るだろうに、こうしておれの喉を可愛がるだけで、っ」
 ほんのわずかにヘルムートの手に力がこめられただけでウォルターの言葉は途切れる。気道が狭まる。苦しげにもがく体はヘルムートにしっかり押さえ込まれていて、逃れることは出来そうにない。
「ウォルター……その通り、俺はお前を殺せる。『皆殺し』として、騎士として、お前の命を奪うことは正しい。……正しい、が」
 そっとウォルターの喉が解放された。ひとしきり咳き込んだウォルターはヘルムートの顔を見上げ、ぱちぱちと瞬きをした。
 ヘルムートは笑っていた。苦笑ではなく、自嘲でもなく、普段の、いつもの彼の顔で笑っていた。
「お前がしつこく誘ってくるからさ、悪いことしちゃおうかなって思っちゃったんだよね。責任取ってもらわないとなあ」
 言葉の意味を理解したウォルターは、一瞬驚いたような表情をしたあと、じわじわと喜色をその顔に浮かべた。
「ありがとうおじさん! それはそれとして、そろそろ退いてくれないか」
「なかなかいい眺めなんだけどなあ」
 ウォルターの上から降りたヘルムートは、片手を相手に差し伸べた。それを掴んで起き上がったウォルターはどこか上機嫌である。
「あんたがいてくれれば百人力だ、よろしくな」
「ま、百人は無理でも並の奴らの五人分くらいは働いてやるよ、任せとけ」
 ヘルムートは不敵に笑い、それからキャンプ地の方へ顔を向けた。
「……そういうわけだから悪いな、俺はここで離脱する」
 闇の中から現れたのは若い騎士だった。腰の剣に手をかけているのを見て、ヘルムートはゆるく頭を振る。
「やめておけ、お前じゃ俺には勝てない。敵う見込みのない相手に剣を抜くのは馬鹿のすることだって教えなかったか?」
 その騎士はどこか悔しげに剣の柄から手を離すと、ヘルムートとウォルターを交互に見て、それから改めてヘルムートを見る。若々しいまっすぐな目。ヘルムートは眩しげに目を細めた。
「その男につくんですね」
「ああ」
 短いやり取り。若き騎士は諦めたように溜め息を吐き、深く一礼すると踵を返しキャンプ地の方へ戻っていった。
「……さて、追っ手が来る前に移動するか」
 物言いたげにこちらを見ているウォルターに気付いたヘルムートは、軽く肩を竦める。
「お前につくってことはこういうことだ、ちゃんとわかってる」
 ほら、早く行くぞ、と促されてウォルターはヘルムートを案内するべく先に歩き出す。その後に続くヘルムートの足取りは散歩にでも行くかのように自然だ。
 後に残されたのは揺れる焚き火の炎だけで、ぱちん、と小枝のはぜる音がした。


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新矢 晋@企画用
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